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月刊心臓

編集後記

2018年5月号

 日本人の平均寿命の延伸は著しい。その要因として、国民皆保険制度、衛生環境の整備、急性期治療の進歩、医療機関へのアクセスの向上、低脂肪の日本食など数々あげられるが、高血圧の管理を中心とする予防医学の進歩の寄与は極めて大きい。今回の特集で改めて高血圧研究と診療の進歩を振り返ってみると、如何にその進歩が圧倒的であったかを実感する。今から73年前、アメリカ第32代大統領フランクリン・ルーズベルト( 1933年 - 1945年)はヤルタ会談の2か月後、ウォーム・スプリングスで温泉保養をとっている最中に、300/190mmHgという異常な高血圧から広範な脳出血を起こし死亡した。当時は高血圧に対する治療薬はほとんどなく、1950年代になって、レゼルピン、アプレゾリン、サイアザイド系利尿薬が開発され、降圧治療の黎明期となった。
 この70年間、疫学的な研究の進歩も目を見張るものがあった。精度の高い、長期間のコホート研究、ランダム化比較試験(RCT)、メタ解析などからの知見は高いレベルのエビデンスとしてガイドラインに反映されている。日本においても然りである。そして、従来よりも積極的な降圧治療の有用性を示した米国でのSPRINT試験が2015年に発表され、日本のガイドラインに今後どのように反映させるか大きな関心となっている。
 また、レニン・アンジオテンシン系を構成する各因子の同定や代謝経路の解明、そして、高血圧による臓器障害の病態生理やメカニズム研究も長足の進歩を遂げた。さらに、難治性高血圧に対して腎デナベーション治療の有効性を示唆する報告が発表され、現在、その検証やデナベーション手技の評価法やレスポンダーの同定方法が急務となっている。
 これからの医学は予防医学に大きなウエイトが置かれる。そして、EBMに基づく医療とともにプレシジョンメディシンあるいはパーソナライズドメディシンといわれる個々人のデータに基づく医療も発展することは間違いない。いまから、人工知能(AI)とのつきあい方を学んでおく必要がありそうだ。
                                   (倉林正彦)

2018年4月号

 心臓弁を手術の際にじっくりと観察すると、この見事な造形はどのようにしてできあがったのかと畏敬の念を抱くとともに、普段学生らに説いている私自身がそのどれだけを理解しているのか甚だ心許なく思う。大動脈弁は、交連で程よい高さに釣り上げられた絶妙な立体構造を持つ三尖が、収縮期には隠れ、拡張期には支え合い、腱索も無いのに翻転することなく負荷に耐えている。アランチウス結節は三弁が閉じたときにその間を密にすると成書にはあるが、乱流防止や、振り子の重りの役割のような血流シミュレーションなどで明らかになる秘密がまだ隠れていそうに思う。対照的に僧帽弁はダイナミックで、左室、乳頭筋、腱索、弁輪の複合体として見事な一つの器官を形成しており、閉鎖時の表情は症例ごとに微妙に異なる。
 雑誌「心臓」発刊50周年を記念する特集として、今回は弁膜疾患におけるわが国の歩みをテーマにその変遷と進歩を5つの項目に分けて第一線の先生方に執筆頂いた。通読すると、現在何気なく行っている診療行為の一つ一つが、先達の方々のたゆまざる工夫と努力の上に成り立っていることを改めて認識し、身の引き締まる思いがする。さらに国内外のイノベーションが弁膜疾患診療の進歩に深く寄与していることが年表からもわかる。
 2016、2017 の両年、ICI Meeting:Innovations in Cardiovascular Intervention (テルアビブ、イスラエル)に発表の機会を得て参加した。GDPの8%がヘルスケアに割り当てられ、医療機器の特許数が世界一の国だけあって会場は活気に満ちていた。肺水腫を体表センサで測定するベスト、被弾緊張性気胸に対するトロカールキットなど、ユニークな製品が多数発表されていた。AVR+CABG術後MRに対する心尖部アプローチでのTMVRや、カテーテル的に挿入された僧帽弁リングから鉤爪が出てきて僧帽弁輪を掴む弁輪形成術(AMEND)の臨床をライブで見学し、わが国の近未来を見た気がした。
 今後のわが国の弁膜疾患診療の方向性として、今回執筆頂いた皆様が「低侵襲化」と「ハートチーム」による総合的診療の重要性に言及されている。今後は薬物療法を礎に、低侵襲単弁治療からカテーテル的二弁置換術(TDVR:EuroIntervention 2017 ; 20:1645-1648)や、TAVI+MitraClip、TAVI+AMEND、TAVI+AMEND(+MitraClip or NeoChord)等が導入され、再生医療を用いた自己組織や生体材料の使用も重要な役割を果たすだろう。内科外科の壁は一層低くなり、弁を総合的に熟知したカテーテル循環器医がハートチームの軸となり将来の弁膜疾患診療を担うであろうことは想像に難くない。
                                 (窪田 博)

2018年3月号

 まずは、雑誌「心臓」の発刊50周年記念、おめでとうございます。
 編集者は50年前はまだ高校生で、医師になりたいという希望は持っていたものの、その専門性についてはまだ全く決まっていな状態だった。その後無事医学部に入学することができ、医学を学ぶうちに心臓の機能が障害される心不全に興味を持つようになったが、当時は今から見ると、心不全の診断法も治療法もまだまだ不十分であった。しかしながら医局の先輩から動物実験に誘われ、心機能について学ぶ機会を得てさらに心不全に対する関心が高まった。そのころはまだ心機能あるいは血行動態が全盛期で動物実験で左室圧をカテーテル先端型マノメータで測ったり、左室の壁運動を超音波クリスタルでモニターしながらドブタジンやプロプラノロールの心機能への影響を目の当たりにすることができた。心不全の治療の原則は心筋収縮力を強めたり血管を拡張したりしてポンプ機能を高めることであるとされていたので強心薬や血管拡張薬に大きな期待がもたれていた。一方で1975年にWaagsteinらが臨床例でβ遮断薬の心不全改善効果を発表した。注目はしたもののそれが将来の治療の主流になるとは勿論その時は考えていなかった。ところが、その後2000前後にβ遮断薬の大規模臨床試験が立て続けに発表され、それまで心不全に禁忌であったβ遮断薬が収縮機能の低下に基づく心不全に対して使わなくてはならない薬剤となり、いわゆる心不全治療におけるパラダイムシフトが起きた。一方で心不全の概念でもパラダイムシフトが起きた。すなわちHFpEFの概念の登場である。勿論、拡張機能障害の概念はかなり前からあったが、それは著明な左室肥大をきたす肥大型心筋症や収縮性心膜炎などの特殊な病態に伴うHFpEFという概念がHFrEFと肩を並べる存在になるとはだれもが予想しなかったと思う。それが今や、高齢化とともに増加の一途をたどり心不全パンデミックをもたらす主役であり、しかも治療の決め手に欠ける扱いにくい厄介な心不全として広く知られるようになった。
 このように、心不全の診療は50年前からは想像できない状況となっているが、さらに25年後、50年後に心不全診療はどのように変貌しているのであろうか?この50年の変化を考えるとさらに50年先には想像もつかない世界が展開していると確信する。
                                   (百村伸一)

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