日本心臓財団HOME > 日本心臓財団の活動 > 循環器最新情報 > 「心臓」特別号「弁膜症 大動脈弁狭窄と逆流」 > 序文
弁膜症は古くて新しい病気である。かつて僧帽弁狭窄症などの弁膜症は、代表的な循環器疾患の一つであった。その弁膜症もリウマチ熱の減少により将来的に激減すると言われたが、現在再び症例数を増やして大きな注目を集めている。しかし、現在注目されている弁膜症の病態や治療法は、様々な点においてかつての弁膜症とは異なる点を有している。
現代の弁膜症の特徴の一つとしてあげられるのが、リウマチ性弁膜症が減少し、かわりに高齢化社会に伴い弁の硬化変性を原因とする弁膜症例が増加したことである。高齢患者の増加により、様々な合併症をもつ症例も増加した。さらに、高齢者に多い「左室駆出率が正常で圧較差が小さい高度大動脈弁狭窄症」など、様々な新しい病態概念が提唱されるようになった。こうした高齢患者の増加にもかかわらず、侵襲的治療の恩恵を受けられる弁膜症患者は増えている。外科的弁置換術においては、より性能の良い人工弁が開発されて周術期の管理技術が向上し、手術リスクは改善した。また、自己弁温存弁形成術、経カテーテル的弁置換術など様々治療法が発展した。こうした技術的進歩により、これまでハイリスクのために外科治療を受けられなかった症例にも治療の恩恵がもたらされることとなった。
一方で、適切な治療を受けられなかったために、不幸な転帰をたどってしまう弁膜症例が今でもいることは事実である。このような事態を避けるためにも、第一に現代における弁膜症の病態を正しく理解し、適切な治療へ導く基本的な知識を身につける必要がある。特に高齢患者の治療方針決定にあたっては、侵襲的治療のリスクとベネフィットを正しく評価してその適応を決める必要がある。また、多様化した治療選択肢の中から、最適な治療法を正しく選択するには様々な知識が必要とされる。多くの治療法の発展には心エコーやCT、MRIなどの画像診断技術の進歩が大きく貢献しており、これらを正しく理解した上で診断を行い、臨床的判断をする必要がある。
このように、弁膜症の診療にあたる医師に必要とされる知識は、以前に比べて格段に多くなっている。しかしながら、臨床で忙しい全ての若手医師に、このような知識を身につける十分な機会が与えられているとは言いがたい。現在でも古典的な弁膜症の解説に終始している教科書も多く、多忙なために十分に研究会や講習に参加できないこともある。
こうしたことを鑑み、今回エドワーズライフサイエンス基金の助成を受け、循環器研修医を対象に、現代における弁膜症診療に関する基本的な知識を効果的に学んでいただけるよう本誌を企画した。本号では、高齢化社会に伴い増加している大動脈疾患の診断法や治療法についていくつか重要なトピックを選び、それぞれのエキスパートの先生方に解説していただいた。どの著者の先生方も臨床の第一戦で弁膜症診療にあたられている専門家であり、大変充実した内容となっている。医療の第一線で弁膜症診療にあたる若手医師達に、本書を用いて大動脈弁膜症の診療に必要な知識を身につけていただき、より良い弁膜症診療に役立てていただければ幸甚である。
2016年3月
大門 雅夫(東京大学医学部附属病院検査部/循環器内科)