日本心臓財団HOME > 日本心臓財団の活動 > 日本心臓財団刊行物 > 月刊心臓 > 編集後記 > 2013年
今年は20年に一度行われる伊勢神宮の式年遷宮にあたり,秋の伊勢路は参拝客で大変な人出であったと聞く.約1,300年前から連綿と続いている重要行事で,本殿の建て替えのみならず,式典に必要な道具類から神職や関係者の装束・持ち物にいたるまで,すべて新調するらしい.この式年遷宮に関わる人数,準備に要する時間と費用は膨大なもので,クライマックスのご神体を新しい本殿に移すご遷御の儀の様子は,ニュースで大々的に報道されていた.20年毎に場所を移して本殿を真新しいものに建て替えるのは,いささか勿体ないような気がするが,古い殿舎の資材などはすべて他の目的に再利用されると聞いた.また,20年に一度というタイミングで式年遷宮を行うことによって,社殿の造営に携わる宮大工をはじめとする様々な職人さんの持つそれぞれの高度な技術を,親から子へ,子から孫へと一子相伝として次世代に伝承していくことが可能になるという.このような行事を通して,まさに日本という国とそこに暮らす日本人のアイデンティティを見つめ直す機会になっているともいえよう.
翻って,我々が携わっている医学・医療の世界はまさに日進月歩のスピードで,日々刻々と変化し続けている.20年に一度などと悠長なことは言っていられず,自らの研究成果や新しい医療技術あるいは貴重な臨床経験を論文化し,1日も早く,一子相伝ではなく世代を超えて広く国内外に伝えてゆくことが極めて重要である.それが将来の人類の幸福に少なからず寄与するであろうことに疑いはない.医学・医療に関する最先端の情報を伝承する場として,『心臓』をはじめとする多くの医学雑誌の存在意義は決して小さくない.日本循環器学会の和文誌として位置づけられるようになった『心臓』はもちろん,それぞれの医学雑誌には,インパクトファクターの高低のみでは量ることのできない大きな価値があると思う.
(加藤貴雄)
今月の特集「失神」は,めまいや立ち眩みの延長線上にある最終的な意識障害である.何かの重篤な出来事の事前の兆候であることが多い.小児期にはてんかん発作も含め,血管迷走神経反射や起立性調節障害,低血圧,頻脈性不整脈のほか,肺高血圧による運動時失神に遭遇することが多い.印象的だった経験は,まずPAH症例でテレビを観ている途中にふわっと意識を失った2歳児,採血前に啼泣して失神した3歳児,Flolan開始のため渡航し,LA空港到着後飛行機から降りる直前に機内の出口で失神した8歳児は,ホテルの部屋に着いた後も再度失神し,翌日の入院予定を変更して緊急でICUに入室させてもらった.ミニバスケットで何回倒れても見つけられなかったPAHの7歳女児,トレッドミル最中に失神したカテコラミン誘発VTの11歳男児,LQTSで夫婦喧嘩して大声で泣いた時失神し回復できなかった28歳女性,朝ご飯を食べず夏の体育館で朝錬して失神した女子中学生,JRのホームで卒倒しAEDで蘇生された成人先天性チアノーゼ性複雑型心奇形(A-CHD)のVTの30歳女性,風呂場で何回も転倒しablation後にも再AT発作を起こしたA-CHDの34歳女性例,これらの多くはなんとか蘇生され,抗不整脈薬かICDで社会復帰できている.診断までにずいぶん遠回りをして,脱力発作や失神てんかんとして抗てんかん薬をもらっていたり,低血圧として昇圧薬を処方されていた子どもたちもいた.TIAとしてまずはASD閉鎖をと,紹介された成人もいた.
失神は再現性を確認するのが難しく,小児における確定診断は困難を要することが多い.誘発はいろいろと危険が伴う.失神には心原性のみならず,多因子的な発想で診断手順を組む必要がありそうだ.この特集でまた勉強させられた.
偶然だが,今日届いたNEJMのClinical Solvingの症例は"A patient of syncope, 35 years old, male"であった.興味ある疾患が隠れている注目すべき症例だ.
(佐地 勉)
今月号のOpen HEARTは岩手医科大学の森野教授に寄稿いただいた.東北地方に勤務する筆者も類似の問題を抱えており,共感できる点が多い.研修医制度導入後,大学医局の人員不足から派遣医師数が減少し,残った医師がさらに疲弊する悪循環.全国の地域医療に共通の現象であるが,東北地方では震災が追い打ちをかけた.地方大学の課題の1つに,若手医師に医師としてのキャリアを形成していく過程において医局に帰属するメリットをどれだけ提供できるか,がある.これまでの負の連鎖を断ち切り,正のエネルギーを好循環させる体制の構築が必須であり,森野教授であればやり遂げると確信している.
HEART's selection は東邦大学長の山崎純一先生の企画による「心臓核医学の最新動向」である.心臓核医学は201Tl心筋血流イメージング以来,画像診断の1つとして循環器診療に定着している.心臓核医学検査は多くの臨床的なエビデンスが確立された検査法である.アメリカでは近年,検査件数が増加し続けている.わが国ではDPC導入や冠動脈CT,心臓MRIの進歩と普及により心臓核医学検査件数は減少しているが,それぞれの画像診断モダリティの特徴をよく理解し,有効に活用されるべきである.FAME試験では,fractional flow reserve(FFR)による冠動脈の機能的狭窄の評価がPCI後の予後改善に有効であることが示され,多くの循環器内科医に注目された.しかし,これは元来,機能画像を示す心臓核医学検査が得意とするものである.Courage試験の核医学サブ解析でも,PCIによる予後改善に核医学検査による虚血の判定が重要であることが再認識された.
本号には10編の症例報告と査読者の先生方による7編のEditorial Commentがあわせて掲載された.常日頃,ていねいな査読をしていただいている先生方に,この場をお借りして御礼を申し上げたい.
(竹石恭知)
2011年4月のEVAHEARTとDuraHeartの植込み型補助人工心臓(VAD)の保険償還に続き,2013年4月にHeartMate(HM)・も保険償還となった.HM ・の導入に伴い体表面積1.2~1.3m2の患者までの植込みが可能となり,末期重症心不全の治療戦略の幅がさらに広がった.植込み型VAD全例に対してJ-MACSと呼ばれるレジストリ登録が義務付けられており,2013年6月までに144例の登録が行われたことが医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページに掲載されている.今や,植込み型VADを装着した患者が高校や大学に通い,病院で医師として復職する時代となった.その一方で,わが国における小児重症心不全に対するデバイス治療は大きく立ち遅れている.2010年7月に臓器移植法が改正され,小児における心臓移植が国内で実施できるようになったが,長期の安全な待機を可能とするデバイスがなかった.これを解決すべく,関連学会から小児用補助人工心臓Berlin Heart Excor Pediatricの治験の要望が湧き上がった.これを引受ける企業がなかったために,筆者が調整管理医師を拝命し,所属する施設が調整管理施設となり,2010年に医師主導治験として開始した.医師主導治験とは,臨床ニーズが高いものの,さまざまな事由のために企業が治験の担い手にならない医薬品や医療機器の場合に行われる.医薬品については多数実施され,すでに保険収載にいたったものもある.医療機器については現在数件が進行中であるに過ぎない.ご存じの方も多いと思われるが,医師主導治験であっても,企業治験と全く同じで薬事法で定められたGCP基準に準拠して行うことが必須である.この小児用VADは2011年12月にFDAの承認を得たが,日本の治験はIDE治験とのharmonizationおよびデータ提供を前提に治験を進めることが要求された.院内臨床研究支援センターの協力を得ながら,IDE治験資料の読解,プロトコール作成に始まり,各種手順書の作成,治験施設間の調整等々進めてきたが,心臓外科の最前線の臨床を担いながら医師主導治験を動かすことは並大抵のことではないと痛感した.PMDAでは治験審査の迅速化を図るべく改革が進められていると聞く.新しい医療機器が次々と開発される時代にあって,今後は臨床現場に負荷のかからない治験の形態を含めた発想の転換が必要であろう.
(小野 稔)
最近,adaptive servo ventilation(ASV)が我が国において心不全治療機器として急速に普及しつつあります.最初は心不全に合併するチェーン・ストークス呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸の治療機器として開発されました.ところが,心不全診療の現場で重症慢性心不全患者への使用経験が増えるにつれて,心不全自体を改善することが実感されるようになってきました.しかし,現時点ではASVにはいくつかの問題があります.まず非常に高価な治療機器であるということで,保険本人が外来で使用する場合,月々の自己負担が2万5,000円以上となってしまいます.次は保険適応の問題で,このASVは極めて効率的にチェーン・ストークス呼吸・中枢性無呼吸を治療でき,同時に閉塞性睡眠時無呼吸の治療もできるにもかかわらず,睡眠時無呼吸への適応が通っていません.まして,心不全の適応も認められていません.チェーン・ストークス/中枢性無呼吸に対する効果については無作為試験やメタ解析を含めてすでに多くの研究があり,保険承認に足るエビデンスがそろいつつあります.さらに現在,ASVがチェーン・ストークス呼吸を伴う心不全患者の予後を改善することができるかどうかということを検証するための大規模臨床試験が進行中で,これらの臨床試験がポジティブな結果となれば保険承認に向けて大きく前進すると思われます.第3の問題点は,睡眠呼吸障害の有無にかかわらずこの治療機器が心不全に対して有効であるかどうかという点です.これを示唆するいくつかの研究結果が我が国を中心に発表されており,また実際に臨床の現場では無呼吸と関係なく重症心不全の治療に用いられていることは,最初に述べたとおりです.私たちは,このことを検証するための無作為対象試験を進めています.もし,ASVが睡眠呼吸障害の重症度にかかわらず心不全を改善できるということが証明できれば,将来のASVのコストダウンにもつながると考えています.
ASVの使用経験のある医療従事者はこの治療機器の効果を肌で感じているはずです.何よりも大事なのは,少しでも多くの患者さんがこの治療機器の恩恵に浴することができるようになることで,われわれはそのためのさまざまな努力を続ける必要があります.
(百村伸一)
今月号の特集テーマは心エコー図による心機能評価となっている.筆者が学生時代経験した初めての心エコー法はM-modeのみの記録であった.国家試験の予想問題で心エコー法が出題された場合,回答は僧帽弁狭窄であり,ほかの疾病の画像が問題となることはないとまことしやかにいわれていた.実際,なぜ僧帽弁狭窄症であのようなパターンを呈するのかは2Dエコー法をみることで初めて実感した.1980年代に筆者が国立循環器病研究センターでレジデントとして勤務した時代は,心エコー法による心臓全体の解剖や弁逆流や収縮能や拡張能機能の評価が確立されつつあり,心エコーグループは活気にあふれていた.臨床現場では,心臓疾患の診断に病歴,身体所見,心電図,胸部単純X線撮影に加え心エコー法がルーチンワークとして加わった.そのうえで本誌の特集からは心エコー法の臨床的意義がさらに着実に高まっていることがうかがえる.実際,安定した患者では上述の詳細な評価をする場合には一定の時間を要するが,循環器救急では短時間での評価において初期診断としての心エコー法の有用性を感じることが多い.バイタルサインが不安定で胸痛を訴え急性心筋梗塞を疑う患者の場合,まず心エコー法を行うことで,副交感神経過緊張状態にある下壁梗塞,心筋原性ショック,機械的合併症の有無のほか,肺血栓塞栓症や大動脈解離などが鑑別でき,速やかに病態に応じた治療が可能となる.しかし,典型的な所見がないことがその疾患を否定するものではなく,画像描出が不十分なことやわずかな異常をとらえられていない可能性もある.この際,本誌に記載されている新たな評価法が役に立つことも少なくないと考えられる.心エコー法は循環器疾患において普遍的な検査法となって久しいが,その奥は深いことを本特集は示している.
(木村一雄)
スタチンほど,臨床面でも基礎面でも,詳細に研究されている薬剤はないといってよいと思うが,残念ながら,スタチンによる冠動脈疾患の抑制効果がLDL-C低下作用と抗炎症作用とのいずれが大きく寄与しているのかは,いまだに不明である.JUPITERの結果を詳細に統計解析しても,LDL-C低下作用と切り離して抗炎症作用自体の効果を算定するのは難しい1).動脈硬化を慢性炎症と捉える妥当性は確立しているが,LDL-C低下作用はなく,抗炎症作用を発揮する薬剤が果たしてどれだけ動脈硬化を抑制できるのか,大変に興味のあるところである.この問題に答えを出そうと計画され,現在,進行中の興味深い研究が2つある.どちらもハーバード大学のRidker先生が主任研究者である.CANTOS(Canakinumab Anti-Inflammatory Thrombosis Outcomes Study)とCIRT(cardiovascular inflammation reduction trial)であり,前者はIL-1β阻害薬(canakinumab),後者はごく低用量のメトトレキセート(20mg/week)を用いている.対象は冠動脈疾患患者の既往のある患者で,スタチンを含む標準治療にてもCRPが高値のハイリスク患者である.これらの薬剤をスタチンと併用する群が,スタチン単独群よりも心筋梗塞,脳卒中や心血管死のリスクが低下するのかを前向きに検討する試験である.今年3月,日本循環器学会でRidker先生と個人的に言葉をかわす機会があったが,低用量とはいえ,IL-1β阻害薬やメトトレキセートを使用してまで,徹底的に「炎症仮説」を科学的に実証しようとする凄さを改めて感じた.また,CIRTはNational Heart, Lung, and Blood Institute(NHLBI)からの研究費で行われているもので,米国においてどれほど動脈硬化撲滅の必要性が高いかを示す研究といえよう.この試験の結果が今から楽しみである.
(倉林正彦)
文 献
1)Ridker PM, Danielson E, Fonseca FA, et al : Reduction in C-reactive protein and LDL cholesterol and cardiovascular event rates after initiation of rosuvastatin: a prospective study of the JUPITER trial. Lancet 2009 ; 373 : 1175-1182
巻頭に掲載された「心房性ナトリウム利尿ペプチド」の発見,発展に関する北村教授の御高文は読みごたえがある.世界に誇る日本での発見であり,特に我々循環器内科医にとって検査薬としても治療薬としても欠かすことのできない利尿ペプチドの発見に携わった先生の言葉として大変興味深く拝読した.医学の世界には時代を変える発見,発明によって診療の在り方が一変することがしばしばあるが,ANP,BNPの発見はその好例であろう.今では当たり前のように科学的に説明できることが,一時代前にはミステリーのように不思議な現象として存在していた.発作性の頻脈性不整脈を起こした時に尿意を感じる患者がいる.専門医であれば皆知っている症状である.私が駆け出しの循環器内科医だったころは全く原因がわからなかったが,ANPが頻脈発作時に心臓から分泌されることが発見されて,その理由が明快に説明された.心臓粘液腫に伴ってみられる発熱や関節痛などリウマチ様の症状も然りである.長く原因が不明であったが,IL-6が発見され,粘液種がIL-6産生腫瘍であることが判明してその疑問が氷解した.いずれも日本人が発見した生理活性物質である.いまなお人間の身体や病気には「不思議」が満ちあふれている.不思議な現象を不思議に感じる感性が発見をもたらす原動力ではないだろうか.トランスレーショナルリサーチこそ臨床医の行うべき研究である.これから循環器の臨床を目指す若い医師は,是非リサーチマインドを持って臨床の「不思議」に挑戦していただきたいものである.
(磯部光章)
平成24年度も残りわずかになった.先週末には所属する大学の卒業式,謝恩会があった.それぞれに思いは違うだろうが笑顔で卒業していった.今週には,兼任で校長をしている看護専門学校の卒業式がある.学生にとっても教員にとっても卒業式は一大イベントであるが,学生にとって式のクライマックスは卒業証書授与であろう.80名余りなので卒業生全員に,壇上で卒業証書を授与している.腰痛持ちの私にはつらい時間ではあるが,楽しみがある.学生は,壇上に上がり,名前を読み上げるまでは緊張しているが,手渡すときには全員が全員,瞬間的に最高に素晴らしい笑顔になる.校長の特権だろうが,この笑顔は壇上の私と副校長にしか見ることができない.ご家族にもこの最高の笑顔を見せてあげたいものだといつも思っている.
昨年の卒業式では,その後の校長の式辞の中で,アドリブでその笑顔について話をした.2回目だったので校長の私にも少し余裕がでた.壇上の最高の笑顔についても話したが,普段の笑顔の大切さも話した.多忙になるほど,気難しい顔になる.気難しい顔では患者も不安になるし,心を開いてくれない.コミュニケーションの第一歩は笑顔であるが,その程度も大切で,"quarter"が良い.Full smileでもなくhalf smileでもない.日本語でいうと,"ちょっぴり笑顔"quarterである.医療や看護だけでなく,すべての良いコミュニケーションはquarter smileで始まる.普段からの心がけが必要である.外来で待ち時間が長くても,こちらがquarter smileで,"おはようございます.お待たせしました"というと,ほとんどの患者さんは,"先生も大変ですね"といって,逆に笑顔で慰めてくれる.今年の卒業式でもquarter smileの話をしよう,quarter smileで.
(山科 章)
今月号のHEART's Selectionは心臓移植と人工心臓,特に植込み型補助人工心臓がテーマとなっている.わが国で初めての植込み型補助人工心臓,Novacorが保険収載となった時,日本医師会の疑義解釈委員会に循環器の委員として参加していたので,格別の思いがある.この最初の植込み型補助人工心臓が登場した時,当時の出月康夫委員長から,これほどの高額な医療機器(1,400万円程)を保険で面倒みたのでは保険制度が危機に瀕すると反対された.血液透析患者3人分の費用であり,対象症例も極めて限られることを考えれば,高額といっても問題はない,と出月先生の出張先まで電話をしたことを思い出す.2004年に保険適応となったが,2年後には日本から撤退してしまった.今回の新しい植込み型補助人工心臓が登場するまで,わが国では1994年に保険適用をうけた体外式補助人工心臓(東洋紡製)が日常的に使用されてきたことは驚くべきことである.現在も体外式で命をつないでいる患者が少なくない点を,早く改善できないものであろうか.
わが国のdevice lagも注目を集めるようになって改善しつつあるが,一方で国民皆保険制度の維持を必須とする医療界にとっては,その費用負担の問題は小さくない.Lagなくすべてのdeviceが速やかに保険収載されねばならないのであろうか.新しいタイプのステントの認可が遅いといっても,そのためにわが国での虚血性心疾患の治療成績が悪いわけではない.多少旧式であろうと,すべての国民が使用できることのメリットのほうが遙かに大きいからであろう.医療費の自然増が止まらない現在,いつまで高額のdeviceを,認可が遅れても,保険適応とすることが可能であろうか,いや保険適応にすべきであろうか.難しい問題である.心肺の停止も医学的には克服することが可能となった現在,答えを出さねばならない時が近づきつつあるのではないか.
(山口 徹)
先日,ある患者さんの息子さんから母上が亡くなられたとの手紙をもらった.心筋梗塞で急性期治療を受けた後,外来通院しておられたが,通院が難しくなっ たために自宅で療養を希望され,近くの病院に紹介をした91歳の女性である.手紙によると亡くなられる前の晩に息子さんがビールを飲んでいると,"私にも 少し頂戴"と言われて,一口飲まれたその深夜に"消え入るように"亡くなられたとのことであった.言い方が適当かどうかわからないが,素晴らしい亡くなり 方だと思う.高齢者社会を迎えた我が国はすでに人口の4分の1が高齢者である.必然的に循環器疾患の絶対数は多くなり,超高齢者の心不全や心筋梗塞の増加 は多くの循環器医が実感しているところである.超高齢者の治療をどこまで積極的に行うのか時に悩むことがあるが,特に末期心不全治療をどこまで行うのか迷 うことが多い.日本循環器学会でも野々木 宏先生が中心となって循環器における終末医療についての提言がされている.末期心不全から救急医療,脳卒中そし て補助循環まで各病態において末期的な状況に対する治療介入,あるいはそれを差し控える可能性についても議論されている.循環器疾患の終末医療の議論は今 後,我が国の医療システムの中で重要な課題となるのは間違いない.現実には,すでに多くの医師がこの問題に直面をしながら,それぞれの立場と考えで対応し ているのが現実である.この場面でも医師だけでなく,看護師やソーシャルワーカーも含めた,いわゆる"Heart Team"の形成が重要で,それら医療を提供する側と,患者,そしてその家族が一体となって相談していく姿勢が,病状の早い時期から求められている.さら に社会の中で広くこの議論を続けてゆくことも大切な課題である .
(代田浩之)
新しい年を迎えたが,国内外経済の停滞,近隣諸国との外交問題,原発の是非を含むエネルギー問題など喫緊の課題が山積するばかりで,わが国を取り巻く状況 はますます厳しく複雑になる一方のようである.国の進むべき方向がなかなか見えてこないことにも大きな不安と苛立ちを感じる.東日本大震災からの復興にも より一層のスピード感が求められているにもかかわらず,次代を担うべき若い人たちの間にまで,なんとなく閉塞感,停滞感が漂っているように思う.
そんな中,昨秋の京都大学・山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞は,わが国の医学研究レベルの高さを世界に示すまさに快挙で,同じ日本人として大変誇 らしいことであった.このiPS細胞研究のみならず,世界をリードする最先端の優れた科学研究がわが国から数多く発信され,日本人研究者の名前がたびたび ノーベル賞候補として取り沙汰されることからも明らかなように,新しい学術研究の着想,研究計画のきめ細かさ,研究遂行における真摯さ勤勉さ,失敗を繰り 返しても諦めない粘り強さ等々,われわれ日本人は世界に誇るべき特性を有している.これは,医学研究のみならず,さまざまな分野の学術研究活動に携わるす べての職種に共通していえることで,どの分野をみても決して諸外国に引けを取ることはない.日本人は各々が自分の仕事やパフォーマンスにもっと自信と誇り を持ってよいと思う.
世界に類のない少子高齢化時代の到来を踏まえ,これからは経済成長率やGDPの多寡を競う従来型の経済大国の復活を目論むのではなく,民族の特性を活かし た学術立国,技術立国を目指すことこそわが国が進むべき道であり,日本国ならびに日本人の世界における立ち位置であると思う.未来を背負う若者や子供たち に,「教育」を通して学問や技術をしっかりと伝承し将来の方向性を示すことが,一時期アメリカに次ぐ経済大国として高度経済成長やバブル経済を経験してき たわれわれの世代に課せられた重要な役目ではないだろうか.
(加藤貴雄)