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月刊心臓

編集後記 (2012年)

2012年12月号

 スウェーデンのカロリンスカ研究所は,2012年のノーベル医学生理学賞を京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50歳)らに授与することを発表しました.共同受賞者は,英国のJohn Gurdon卿です.
 山中伸弥先生,おめでとうございます.日本人の医師の一人として心から嬉しく思い,また,非常に誇りに思います.受賞テーマは,"for the discovery that mature cells can be reprogrammed to become pluripotent"であります.これから将来に,この研究が臨床的に応用される基礎科学的な成果を評価されたものであります.日本人研究者(医師)が,決して恵まれた研究環境でない日本国内で行った研究成果が評価されたことにも,心を打たれました.
 iPS細胞研究は,50年前のJohn Gurdon卿の体細胞の初期化の概念を提唱した研究と,わずか6年前に新たに生まれた新技術が受賞対象となったとのこと,科学の進歩の年月を考えても,これまた感激でありました.細胞の"初期化"によって開発されたiPS細胞は,生命科学に臨床的にも,また,科学研究の手法にも革命的な進歩をもたらすことでしょう.循環器系分野では,心筋再生が大きなトピックの1つですが,近い将来この臨床応用が現実なものとなり,重症心不全の治療体系の中に入ってくることを期待します.
 山中伸弥先生,おめでとうございます.
(四津良平)

2012年11月号

 先天性心疾患(CHD)はわが国で毎年12,000人程度が出生し,心臓外科の全手術リスクも2%前後まで改善していることから,多くは成人期grown-up congenital heart disease(GUCH)へと移行する.2003年以後,欧米でも成人adult CHDの数が,小児CHDを超えるようになった.つまり,生直後から管理してきた子が成長し,学童期,思春期,青年期を越え,壮年期に入ってくることが稀ではなくなったということである.しかし,一部の複雑心奇形の術後は,おおむね30歳に近くなると,手術縫合線からの不整脈,心筋変性に伴う心機能低下,そして弁逆流か弁狭窄で,また外来通院に戻ってくる.障害枠の場合もあるが社会に出て仕事に追われ,人間関係のストレス,飲酒,結婚・出産・子育て,時には離婚などが加わり,さらに成人病の影響,CKD,肺高血圧,長年のチアノーゼによる合併症により,Re-do手術,ablation(ABL),interventionの助けを借りて人生を再生させようと必死に努力する.HBV,HCV感染も発見されるし,長年のうっ血により肝硬変・肝線維化も出現する.
 月々の外来で診察を続けていると,赤ちゃんの頃からの人生が診察の数分の間によみがえってくる.逆に,「先生も若かったね」と母親に返され,昔の自分を振り返ることもある.黎明期に"よくあんなことができたなぁ",と.この子よく頑張ったなぁ,と.
 先月,40歳のACHDの女性を見送った.出生時よりチアノーゼがあり,当時の高名な教授に,右胸心,単心房,右室性単心室,肺動脈閉鎖と診断され将来の余命を宣告された.4歳BTS,6歳Waterston,学校はB~C区分で管理され,都内の有名女子中高を卒業,22歳でPSVTのため初めてDC経験.以後再三の頻脈発作で救急へ搬送されてきた.右胸心に合併したATとVTに対して当時最初と思われるABLを施行した.23歳で念願の結婚を果たしたが2年で自宅に帰って来た.結婚式に招待されたがAEDはない頃だった.時々の外出,旅行に伴いAT再発.33歳時,大きな脳膿瘍にて痙攣重積,開頭術施行.再度のABL施行,その後AVB出現.CKD stage-・,抑うつを伴う適応障害発症.38歳時,ICD/PMI施行し,CRTによりBNPは4桁から一時的に300台に改善した.40歳になってすぐ最後の入院となった.回診ではいつも可愛く辛さを見せず微笑んでくれた妹のような子だった."私は永遠に28歳よ"といっていた.長くて辛かったが,ハンディキャップを持ちながらでも充実した人生を母と一緒に歩んできたACHDの一経験である.
(佐地 勉)

2012年10月号

 植込み型補助人工心臓(iVAD)治療の進歩には目覚ましいものがある.わが国では,2011年春に国産のEVAHEARTおよびDuraHeartが保険償還された.それに伴い,iVAD実施施設として2011年に12施設,2012年に11施設認定された.植込み総数は2012年7月までに約80例とまだ比較的少ない.世界ではiVADは急速に小型化へ向かいつつある.HeartMate ・は植込み総数10,000例を超え,米国では年間1,500例以上の植込みが行われている.さらに小型のHeartWare HVADは欧州で植込みのシェアが最も多くなり,米国でもBridge to transplant(BTT)の治験が終了し,今後の期待感が非常に大きいことが伝えられている.植込み適応については,欧米でも従来はBTTが半数以上を占めていたが,FDAがHeartMate IIのdestination therapy(DT)使用を承認して以来,BTT目的が減少するとともにDT目的植込みが増加し,2011年上半期ではDT使用が34%を占めるまでになった.HVADのDT治験(ENDURANCE)の患者登録がすでに完了し,結果がどのようになるか楽しみである.さて,わが国では早ければ年内にHeartMate IIが製造販売承認を受け,成人用iVADとしては世界最小のJarvik 2000も年度内には承認される見通しとなってきた.BTTという条件は当面は続くものと思われるが,iVADの植込みの恩恵を受けることができる患者の体格の制限が今より小さくなる.今後は,植込み施設数の増加も相まって植込み患者数は倍増すると思われる.では,わが国におけるDTはどうなるのであろうか.昨今国会を騒がしている「税と社会保障の一体改革」という言葉が象徴しているように,1つで1000万円以上もする医療機器を次々に植込む治療を新たに無条件で保険適応するというのはなかなか社会的コンセンサスが得られにくい.しかし,わが国の心不全治療が世界から取り残されないためには,DTを導入することは避けることができない.今後,わが国にどのようにしてDTを導入していくか,循環器病学に携わるわれわれ一人ひとりが真剣に考えていく必要があると思われる.
(小野 稔)

2012年9月号

 まず今回も充実した内容となったことを編集委員として関係者に感謝したいと思います.さて,今回のテーマとは直接関係のない話題であるが,最近,特に心不全領域で治療の最適化(optimization)という言葉がよく用いられる.ガイドラインなどで要求される治療薬が最適量用いられているかどうかという意味に用いられることが多いが,何をもって最適化とするかについては実のところ曖昧である.ACE阻害薬やβ遮断薬には予後改善効果が明らかとなった大規模臨床試験が複数あり,これらの臨床試験で用いられた用量を目標として増量されることが多い.例えば,β遮断薬の1つであるカルベジロールでは,1日50~100mgという日本人からみるととてつもない高用量が目標用量として設定される.しかしながら,欧米においてすらreal worldの心不全患者へのβ遮断薬投与量は標的用量にはるかに及ばない.また,最近の慢性心不全に関する大規模臨床試験,例えばSHIFT試験においては,β遮断薬が標的用量まで投与されていた症例は全体の約1/4に過ぎなかった.一方,目標用量まで投与することが必ずしも重要ではないということを示唆する報告も多い.わが国で行われたJ-CHFではカルベジロール1日2.5mg,5mg,20mgの3つの用量が比較されたが,3群間に差がなく,β遮断薬titration時の心拍数の低下が有意な予後規定因子であった.最近のβ遮断薬のメタ解析でも,β遮断薬が目標投与量まで投与されているかどうかよりもβ遮断薬投与に伴う心拍数の低下が有意な予後予測因子であったと報告されている.このようなことから,β遮断薬を一律に何mgまで増量するというよりは,心拍数をみながら,例えば心拍数が60台に下がるまでは増量するという方法が現実的であると思われる.その心拍数の目安は,しいて言えば上記のメタ解析結果を参考にすると60台後半ということになる.さらに,薬物療法最適化に先行して非薬物療法(例えばCRT)を行い,心機能の回復を得たうえで薬物療法の最適化を行うということも,場合によっては選択しても良いと思われる.
(百村伸一)

2012年8月号

 今月号のHEART's Selectionは「進歩する大動脈ステントグラフト」である.ステントグラフトは,近年目覚ましく進歩し,大動脈瘤治療の概念を一新した.治療成績が向上し適応も広がっている.Up to dateな内容をわかりやすくコンパクトにまとめてあり,読者の皆様のお役に立つことと思う.病変部位,分枝,血管性状といった解剖学的な特性,脊髄虚血等の合併症などを個々の症例ごとに十分に考慮し,最適な治療法を選択すべきである.トラブル時に緊急手術対応ができる体制は必須である.新しい治療法が広く認知され普及するにはデータの蓄積とエビデンスの構築が欠かせない.
 また,本号には「臨床研究」 1編,「症例報告」 9編が掲載された.いずれも示唆に富んだ内容であり,実地臨床の現場で活躍している先生方からの投稿であった.
 医師になり最初の学会発表が症例報告であった先生方は多数いらっしゃるはずだ.発表しただけで終わりにするのではなく,論文として形に残すのは大切なことであると思う.医師は教科書やマニュアルよりも経験した症例から多くのことを学ぶ.一例一例を大切にし,積み重ねて行くことが重要だろう.自身で経験した症例について診断と治療を振り返り,文献を調べて,書くことにより自分の知識として整理することができる.執筆したことは,読んだことより記憶に残る.自ら書くことの大切さはIT時代になっても変わらない.臨床医としての今後の診療に活きてくる.
 「心臓」は4月から日本心臓財団と日本循環器学会の共同発行となった.本誌には山口編集長のご尽力により毎月約10編の投稿論文を掲載している.症例報告を掲載する雑誌が減っている中,循環器内科だけでなく,心臓血管外科,小児循環器を専門とされる多くの先生方にも,論文を発表する場として「心臓」を大いに活用していただければ,編集委員の一人としてうれしく思う.
(竹石恭知)

2012年7月号

 ここ10年前より,英語で記載した研究論文が重視され,特にimpact factorはその雑誌のレベルを評価する指標として話題となることが多い.残念ながら,日本語で記載した論文ではimpact factorの対象とならず,業績評価という点からは不利になる.このようなことを反映してか,最近では日本語で記載する学術誌への応募が少ない現状がある.筆者は大学病院に勤務するが,若い医師は研究成果をまとめ英語論文を作成することを目標としていることが多い.しかし,臨床医学は1人の患者さんと向き会うことから始まるヒューマンサイエンスあり,自らが遭遇した症例が診断や治療,およびその病態に特筆すべきことがあると認識した場合には,症例報告をすることが望まれる.適切な症例報告をするためには,病歴,身体所見,検査所見が洗練されており,読者の理解を深めるのに有用なものでなくてはならない.このため,初めて症例報告する医師は,このような所見を提示できるためには常日頃から的確な病歴の聴取,正確な身体所見の把握,精度の高い検査所見を得る努力が必要であることを理解すると思われる.私は,研修医に白い紙の上で黒い点を見つけることは容易だが,灰色が濃くなればなるほど黒い点を見つけることは難しくなると話す.すなわち,画像診断では画質の良い像が得られることで診断能も向上し,ひいては患者さんの利益になる.逆もまた真なりである.診断や治療方針に関しても症例報告の論文化は論理の展開をより的確にするトレーニングになると思われる.このように症例報告をすることは医師のスキルを上げることに貢献するとともに,比較的稀な疾病や病態を読者と共有できるという機会が得られる.New England Journal of MedicineやCirculationなどの欧米の一流誌にも画像を主とした症例報告が掲載されていることは,この報告の重要性を示しているものとも思われる.症例報告においても,前述のように的確で論理的な考察が重要であり,母国語の日本語で十分に推敲された投稿を期待する.
(木村一雄)

2012年6月号

 東京大学第三内科の初代教授の冲中重雄教授は,「教科書に書かれた医学は昨日の医学であり,明日の医学は,患者さんの中にある」とおっしゃられた.医学研究のこれからの方向性を考えるうえで,この言葉の意味を改めて噛み締めている.私が卒業した1981年頃は,分子生物学や遺伝子工学が臨床医学に応用されてきた時期であり,今日までの臨床医学の発展に,分子生物学がどれほど貢献してきたかについては,異論がない.病態生理の解析,遺伝子診断や診断薬の開発,生物学製剤や分子標的薬の開発,また再生医学の発展など,具体例をあげれば枚挙にいとまがない.また,発生工学的な手法を用いた研究によっても,画期的な研究がなされてきた.今後もこうした,遺伝子,分子,細胞,そして動物レベルでの生命科学研究が医学,医療の進歩をもたらしてくれることに疑いはない.しかし,最先端の技術を駆使しても,多様な原因によって発症する疾患で,環境因子と遺伝的素因が複雑に影響して形成される疾患の病態解明は困難である.確かに,実験モデルは病態解明の糸口を与えてくれるが,動物実験での結果を,ヒトの病態解明に応用することには大きなギャップがある.こうしたヒトの複雑な病態を解析する手法として,DNAマイクロアレイ,あるいはトランスクリプトームなど網羅的な探索方法があるが,残念ながら成果は限定的であるといわざるを得ない.
 例えば,心不全や動脈硬化の病態の理解はこの2~30年の間に大きく進んだが,ブレークスルーともいえる次の成果を求められている.こうしたハイテク時代にあっても,臨床症状,検査データ,あるいは病理組織を詳細に解析することによって,病態を解明する貴重なアイデアを得ることができることを忘れてはならない.そして明日の医学に貢献できる人材,新たな臨床医学の領域を創造できる人材は,こうした研究臨床医(physician scientist)の中から育つと信じている.
(倉林正彦)

2012年5月号

 今号の「急性心不全薬物療法」を見て思ったことがある.心不全におけるエビデンスに基づいた治療の困難さである.「わかっていること・わかっていないこと」という副題こそEBMの難しさを表している.特に重症の急性心不全はコントロール試験をするのが難しい疾患である.薬効や病態理解に基づいて経験的に集積された知見が多いのはやむを得ない.心不全にかかわる分類も次々と新しく発表される.Forrester分類,Killip分類,NYHA分類,ステージ分類(ACC/AHA),Nohria/Stevenson分類,Clinical scenario,Intermacs profile,いずれも現状で頻繁に使われている心不全の臨床的分類である.学生や研修医もフォローするのに大変である.病態が複雑で,個々の患者毎の個別な事情による違いが大きいことを反映しているのだろう.それぞれの分類に基づいて,異なった治療法の優劣が研究されるので,発表されたエビデンスを理解するのにも時に苦労する.EBMを提唱したSackett自身も「EBMは料理マニュアルではない.臨床研究による根拠を参考としつつも,医療者の経験に,患者の状態,考え方,選択などを統合して行うものである」と書いている.病態に基づく理解と統計に基づく推測の下に,患者個別の事情を勘案して行うのがEBMである.「わかっていないこと」があっても常に最善のアウトカムを目指して工夫をする中で診療を行うことが求められる.その意味でも大変中身の濃い今号の企画である.
(磯部光章)

2012年4月号

 先日,日本医師会主催の市民公開フォーラム「脳卒中から身を守ろう~予防から治療・リハビリまで~」にパネリストとして参加した.メインテーマが脳卒中なので,パネリストの主役は神経内科医とリハビリテーション医であったが,筆者は,予防という観点からいくつかの話をした.「脳卒中は危険な崖から落ちてしまうほど恐ろしい病気です.私たち医療者は脳卒中になって崖から落ちそうになった人を治療で丘に引き上げることをしています.なんとか引き上げてもこの病気は再発しやすいので,崖の上にいることには変わりありません.ですから,そもそもこの崖に近づかないようにすることが大切です.崖に近づくまでには,長い道のりがあり,そこには,高血圧,糖尿病,脂質異常症,肥満,喫煙など多くの『危険!崖に近づくな』という注意書きがあります.危険を予知し,崖に近づかないようにしましょう.」と,絶壁の崖のイラストを見せながら,予防の重要性を強調した.崖の話は参加者に受け,理解も得られたように思う.我が国には,高血圧4,000万人,脂質異常症5,000万人,糖尿病は耐糖能異常を含めて2,000万人,喫煙者2,600万人,肥満者2,500万人がいると報告されている.国民全員が,その先にある崖を意識しながら,崖に近づかないようにする必要がある.
(山科 章)

2012年3月号

 先月号でお知らせがあったように,雑誌「心臓」のJ-STAGEでの閲覧が始まった.全く嬉しい限りだ.J-STAGEは,独立行政法人科学技術振興機構(JST)が運営する無料公開の電子ジャーナルシステムであり,文部科学省が推進している科学情報の電子化プロジェクトの1つである.1,000弱のジャーナル,予稿集が収載され,その約20%が和文誌のようだが,昨年3月末に「心臓」もJ-STAGE登載の優先誌に選定された.それを受けて,過去のすべての「心臓」を電子閲覧できるように,アーカイブ化もJSTへ申請した.商業雑誌の形態ではあったが,心臓財団が発行する和文投稿誌として価値が認められ,8月にアーカイブデータ作成対象誌にも選定された.発刊後1年後から掲載され,ネットで閲覧できるようになる(ほとんどの雑誌が1年後から掲載).現在42巻(2010年)からの電子化作業を鋭意進めており,順次掲載の予定である.平行して進められている創刊号(1969年)からのアーカイブ化が完成すると,Supplementも含めてすべてネットで閲覧できるようになる.電子化されたアーカイブがJournal@rchiveに約500誌公開されているが,1969年からの収載は古い順でいうと前から1/4くらいであろうか.因みに,日本循環器学会の旧誌,Japanese Circulation Journalは1960年からアーカイブ化されている.
 e-journal化が進む中で,「心臓」の電子化も大きな課題であったが,1969年の創刊号に遡っての電子ジャーナル化が一気に達成できたことは誠に喜ばしい.同時にこれは,「心臓」が電子化に値する学術誌としてJSTに認められたことをも意味している.創刊以来,本誌の編纂に多大な情熱を注いでこられた諸先輩方に,心より感謝申し上げたい.J-STAGE掲載を契機に,さらに論文投稿が増え,研究会のSupplementとしての活用が増えることを期待している.
(山口 徹)

2012年2月号

 臨床現場で用いられるほとんどの心電計にコンピュータによる自動解析プログラムが組み込まれて以来,患者の心電図を記録した後,自分の目でしっかりと所見を確認しない医師が多くなっていることが指摘されてきた.心電図の自動診断システムの開発に多少関与してきた者としては,内心忸怩たるものがある.近年,電子カルテが広く導入されるようになってからは,この傾向がさらに強まっているように思う.特に大病院においては,コンピュータ端末から心電図記録のオーダーを入れれば自動的にシステムが稼働し,患者が検査室に出向いて心電図を記録するのと同時に所見と診断名が端末の画面上に表示される.担当医はこの診断を確認すれば事足りるわけで,便利で効率的といえば確かにそのとおりであるが,ここに大きなピットホールがあることを忘れてはならない.コンピュータは万能ではないのである.
 
 心電図に限らず,すべての臨床検査に共通して言えることであるが,検査所見はあくまで患者の持つ病態のサロゲートマーカーに過ぎない.種々の疾患に伴って患者自身が発しているさまざまな症状・症候・病態をくまなく把握し,得られた検査所見が病態生理学的にどのような意義を有するのかを考察しなければ,その検査をする意味がなく,適切な個別の治療計画に結びつけることはできない.そのためには,コンピュータに頼らず,刻々と変化する患者の状態・病態をしっかりと観察しながら,自分の目と頭で心電図を判読し,評価しなければならないのは自明の理である.そのような見方で患者の心電図を見直してみると,コンピュータの読み過ぎ,読み違い,読み落としが如何に多いかがすぐにわかる.
 
 医学・医療が凄まじい勢いで進歩し専門分化が著しく進んだ結果,効率のみを求めて自分の専門領域以外には手を出さないというような風潮が広まっているようであるが,もう一度医療の原点に戻って,病んだ臓器のみを診るのではなく,患者を一人の人としてしっかりと総合的に診ることの重要性を再認識してもらいたいものである.
(加藤貴雄)

2012年1月号

 最近,心に響く演説を聞くことは本当に少ないが,昨年11月に来日されたブータンのワンチェク国王の国会での演説は,私たち日本人の心を少なからず揺さぶった.まだ31歳の青年の言葉とは思えない,謙虚で慈愛に満ちた,そして親日家らしい言葉と振る舞いに,国会もいつもとは違った賞賛の拍手で埋まっていた.演説中のいくつかの文章を引用してみると,"3月11日の震災に続く大きな災難から,再びより強く立ち上がる国があるとすればそれは日本であり,日本国民である.""私はブータンの先代の人たちが,かつて日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っている.""日本は開発途上であったアジアに自信と進むべき道を示し,アジアの国々に希望を与えて来た.""日本国民もブータンの国民も共通して誠実さを大切にし,個人の希望よりも社会や国家の望みを優先し,公益を高く位置づける強い気持ちを持っている.""このグローバル化した世界において,日本は技術力,勤勉さと責任,強固な伝統的価値における模範であり,これまで以上にリーダーにふさわしいのです."などである.国賓で来日したとはいえ,震災以降,あるいはその前から,アジアの中で,そして世界の中で苦戦を強いられている私たち日本人を元気づけ,奮い立たせてくれる言葉であった.逆に,日本の現況を考えさせられる演説ともいえるかもしれない.
 話は変わるが,最近の臨床研究・臨床治験における日本の位置づけはどうだろうか.今回のHeart Selectionでは新しい抗血栓治療薬が特集されている.これらの新しい抗凝固薬や抗血小板薬の開発においては,いわゆるglobalの治験の中に日本人やアジア人が対象の一部として入った介入試験が通例になってきたことは大きな進歩である.もう少し環境が整えば,アジアから発信されるアジア人を中心としたエビデンスも次第に多くなるだろう.事実,AHAやACC,ESCのlate braking clinical trialsでも日本からの演題がかなり取り上げられるようになった.ブータン国王の演説ではないが,アジアでのリーダーシップを示す臨床研究が今後さらに活発に行われることが望まれる.一方で,最近の韓国や中国などの臨床研究の動きも急で,質の良い臨床研究が行われていることも見逃せない.アジアの中で友好的で効率的なネットワーク作りも重要な課題である.
(代田浩之)

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