これまで河村氏は、「お互いの命を守る社会つくり」というスローガンを掲げ、一般市民への「自動体外式除細動器(AED)と心肺蘇生法の普及活動」を積極的に行っている。活動の場は講演会や学校など多岐に渡り、多くの市民が参加している。いわゆる人命救助の心肺蘇生法は、すでに一般市民にも浸透しているが、同じくAEDを広めるために、河村氏が最も重要視しているのは学校教育の場だという。河村氏は、市民への啓発活動によって地域ごとに温度差のないAEDの普及を目指していることを説明し、一般の市民が、倒れている人を見つけたときに、「大きな声を出し、助けを呼ぶ」ことが重要だと訴えた。
講演者の発言内容は、本ワークショップ開催当時(2004年6月23日)のまま記載しております。このため、記事では、AEDは基本的に医療従事者のみ使用可能であることを前提としておりますが、その後、7月1日に厚生労働省から通達が出され、医療従事者以外の一般市民にも使用が認められています。
学校から始まる人命救助の教育
河村氏が、心肺蘇生法を教育することの重要性をあらためて痛感したのは、1986年に開催されたバレーボールの試合中に、ある外国人選手が突然の心臓発作で倒れ、そのまま亡くなってしまった出来事である。当時の日本人は、心肺蘇生に対する意識が低く、このバレーボール選手は適切な処置を受けることができなかった。この一件で、河村氏は多くのアメリカの人々から日本人の心肺蘇生に対する意識の低さを指摘され、心肺蘇生が学校教育に組み込まれているアメリカ人とそうでない日本人の、人命救助に対する認識の違いを感じたという。当時の日本では、倒れている人を見つけたとき、すぐさま意識の確認を行い、意識がなければすぐさま救急車を呼ぶ「命の教育」が行われていなかった。しかし、このことに疑問を感じた河村氏は、「一般市民による心肺蘇生法」を普及させるため啓発運動を開始した。また近年では、一般の市民でも簡単に使用できる自動体外式除細動器(AED)が救命装置として開発され、河村氏はこれも教育の内容に取り入れている。
河村氏は、心肺蘇生法やAEDの普及を妨げている原因が、日本人の意識にあることを指摘した。それは、「人の命に対する関心の無さや、大声で助けを呼ぶ勇気のなさ」である。河村氏は、こうした日本人の意識の改革をするため、とくに学校教育での普及に尽力し、養護と体育の教師を中心に、心肺蘇生法の指導を行っている。その結果、兵庫県では教師みずからが生徒に心肺蘇生法の実習を行う実習形式が誕生した。
同時に、教師自身に命の危機管理の意識を高めることにもなり、教育委員会が県民運動に参加し、学校での心肺蘇生法の普及が実現した(図1)。
心室細動は、市民が唯一救える心臓病
アメリカ心臓協会(AHA)は、心肺蘇生法国際ガイドライン2000のなかで「心臓突然死は心室細動などの不整脈が原因であり、この対処法として最も有効な手段は、除細動(電気ショックを与えること)である」と定義している。電気ショックを与える機器(除細動器)さえあれば、心臓突然死を救うことができるのである。
河村氏はこのことから「心室細動は、市民が唯一救える心臓病」としている。ガイドラインでは、発作がおきてから5分以内であれば、まずはAEDで除細動を行うことを推奨しており、もしAEDがない場合でも8分以内に心臓マッサージをすれば救命率が上昇するとしている(図2)。つまり除細動は、いかに早く行うかがポイントになる。突然の心臓発作に対しては、早急に除細動か心臓マッサージをすることがいかに大事であるかということになる。
すすんで救命活動ができる社会つくりが必要
今後、AEDを一般市民に浸透させるためには、まず使用に対する規制をやわらげることが必要になる。善意からAEDを使用し救命活動を行った人に対しては、罪を問わないという方針をもたないといけない。一定の機関が教育した有資格者にだけAEDの使用を許可するのでは、一般市民に普及するのは難しい。それぞれの自治体や教育機関などが独自の講習会を行う必要があり、内容は従来の心肺蘇生法にAEDの使い方を加えた程度の簡単なもので十分である。
2006年に兵庫県では国体が行われる。河村氏は現在、会場すべてへのAED配備や、医師会が中心となった一般市民へのAED講習会の実施を働きかけているという。そして、これを機にAEDが温度差や地域差がなく、社会の共通理念として全国に普及することを期待しているという(図3)。「お互いの命を守る社会つくり」のためには、AEDをあらゆる場所に設置することが必要である。そして、河村氏は「意識のない人には、まずAEDを使用する」という一般市民への意識改革の必要性を強く訴えた。