第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
日本は現在、急速に高齢化が進んでいる。特に2025年は団塊の世代が後期高齢者となり、3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という超高齢化社会を迎える。それに伴い様々な問題が生じるであろうことから「2025年問題」と呼ばれている。この問題に対応するためには、団塊の世代が前期高齢者となる「2015年」から予防を視野に入れた取り組みを行う必要がある。
日本循環器病予防学会理事長でもある山科章氏は、かつてない超高齢化社会に対峙し、健康寿命を延伸するために必要な項目について概説した。
循環器疾患の予防により死亡に至る疾患の発症を防ぐ
医学や医療技術の発達に伴い、脳卒中や心筋梗塞といった循環器疾患を発症した患者の救命、あるいは重症化の阻止は可能になった。しかし、本来はそのもっと手前、すなわち発症自体を防ぐことが重要である。
「健康日本21」の予測による「日本国民全体の平均収縮期血圧低下による脳卒中死亡・発病の変化」では、国民の平均血圧をわずか「1mmHg」下げるだけで、死亡率は3.2%低下し、約4,500人の死亡と約1万人の脳卒中発症を防ぐことができるとされている(図1)。
わが国では平均寿命が伸び続けているが、超高齢化社会においては、医療や介護にかかる社会保障財政をいかにおさえるかが重要な課題のひとつであり、そのためには単に寿命が延びるだけではなく、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる」、すなわち日常生活動作が自立した「健康寿命」の延伸が望まれている。
「健康日本21」の予測による「日本国民全体の平均収縮期血圧低下による脳卒中死亡・発病の変化」では、国民の平均血圧をわずか「1mmHg」下げるだけで、死亡率は3.2%低下し、約4,500人の死亡と約1万人の脳卒中発症を防ぐことができるとされている(図1)。
わが国では平均寿命が伸び続けているが、超高齢化社会においては、医療や介護にかかる社会保障財政をいかにおさえるかが重要な課題のひとつであり、そのためには単に寿命が延びるだけではなく、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる」、すなわち日常生活動作が自立した「健康寿命」の延伸が望まれている。
図1.日本国民全体の平均収縮期血圧低下による脳卒中死亡・発病の変化
平均寿命と健康寿命の関係
平成22(2010)年度における日本人の平均寿命は、男性が79.55歳、女性は86.30歳である。そこに厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」で得られたデータを当てはめてみると、男性の健康寿命は70.42歳、女性は73.62歳であり(図2)、男性における平均寿命の健康寿命の差は9.13年、女性は12.68年だが、平均寿命の延びが健康寿命の延伸を上回っており、その差は徐々に拡がる傾向にある(図3)。
図2. 平均寿命と健康寿命(2010年)
図3. 平均寿命と健康寿命の推移
平均寿命は、特定の年の年齢別死亡率を基に計算される。10万人が誕生したとして、0歳、1歳、2歳と年齢別死亡率から生存数を計算し、生存数曲線を描いて寿命の平均値を計算する。一方、健康寿命は、健康の定義を「日常生活に制限のない人」、「自分が健康であると自覚している人」、「日常生活動作が自立している人」として、国民生活基礎調査によるアンケートをもとに算定されている。QOLの低下や社会保障費を軽減させるためには、平均寿命と健康寿命の「差」を縮め、健康寿命をより延伸させること、すなわち「発症してから治療、発見して治す医療」から、「疾病発症を予測し、予防する医療」へとシフトすることが重要である。
健康寿命を阻害する「要支援・介護」状態となる原因の約30%は、メタボ関連疾患、すなわち脳卒中や心臓病、糖尿病といった心血管病である(図4)。
図4. 要介護になった原因
健康な生活をおくるために必要なものとは
心血管病を防ぐためには、まず動脈硬化の危険因子を減らすことが必要で、高血圧、糖尿病、脂質異常、喫煙、肥満をなくし、生活習慣を改善すること、とくに適切な運動を行い、栄養をきちんととって睡眠時間を確保することが大切である。運動は、心血管病の予防のみならず、寝たきりになる主因のひとつ、骨折の予防にもつながる。高血圧や糖尿病、脂質異常症、そして喫煙、肥満といったリスクファクターは、血管の機能不全から血管性疾患へ移行し、心筋梗塞や脳卒中、腎不全、末梢動脈不全といった組織障害を発症する。このような心血管疾患の連鎖(図5)を、早期から防ぐことを考えなければならない。
図5. 心血管疾患の連鎖
PWV、ABIを活用した予防も有用
しかしながら、増加傾向にある心血管系疾患の発症を防ぐには、古典的なリスクファクターのみでの評価は十分ではない。リスクファクターを有さずに動脈硬化が進展する場合もあるため、血管の硬さと詰まりが分かる検査であるPWV/ABI(血圧脈波)を指標とした診断により、予防することも有用である。こうした検査はいわゆる「血管年齢」を調べる検査として知られているが、脳・心血管系疾患、心不全や高血圧から、急性冠症候群の予後予測指標としての有用性も明らかになっている。このような予測指標を積極的に活用することも、心血管病の発症を予防し、健康寿命の延伸につながるといえよう。
生活習慣の改善によって、循環器疾患を防ぐ
循環器疾患を防ぐためには、まず基盤として適切な栄養と食生活、若年時からの運動、適切な薬物療法があり、これらの生活習慣改善に伴い、高血圧や脂質異常症、喫煙、糖尿病といった危険因子が低減して、最終的には脳血管疾患の減少、許悦精神疾患の減少に至る(図6)。
図6. 生活習慣の改善と循環器疾患の予防効果
山科氏は最後に、「健康寿命を延ばすために、まず疾病に対しては早期発見と治療を続けることが重要」であり、特にリスクが高い症例に対しては、「効率的な発見・予防的介入を行う」こと、またリスクが決して高くない対象も含め、「運動や栄養、睡眠、禁煙などの生活習慣を、行政のみならず医療機関や学校においても多面的に見直すことも必要」と述べ、「医師は、医師法・第一章の総則・第一条にある通り、“医療及び保健指導を掌ることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するもの”を銘記し、行動しなければならない」と強調し、講演を結んだ。
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」