『高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)』では、高齢者においても収縮期血圧140mmHg/拡張期血圧90mmHg未満を最終降圧目標とした積極的な降圧治療をすすめている。降圧目標値はJSH2004から変更されていないが、高齢者の高血圧治療に関する新たなエビデンスが盛り込まれるなど、ガイドラインの背景は変化している。島田氏は、ガイドラインの“行間”から読み取る高齢者の高血圧治療の考え方について解説した。
高齢者の高血圧治療の考え方
「高齢」は、どんな背景を持つ人にとってもオールマイティな危険因子である。たとえ健康であっても、心血管疾患リスクは加齢とともに上昇し、高齢者はあらゆる病気にかかりやすくなっている。よって、高齢者の高血圧治療を考えるときには、降圧だけを念頭におくのではなく、他の病気や体の状態を考慮しつつ、健やかに生きるための体の「機能」をいかに保つかが重要となる。
高齢者でも積極的な降圧を:下げすぎによる有害事象の増加はなし
JSH2009では高齢者の降圧目標値を一律に140mmHg/90mmHg未満とした。ただし、緩徐な降圧を行うこととしており、75歳以上の後期高齢者で収縮期血圧160mmHg以上のII度およびIII度高血圧では150mmHg/90mmHgを中間目標として慎重な降圧をすすめている。
複数の臨床試験の結果から、高齢者における高血圧治療が有用であることが示されている(表)。ただし、降圧目標値140mmHg/90mmHgの妥当性について、明確な答えはまだない。なぜなら、この目標値は疫学研究から導きだされたもので、高齢者を対象とした臨床試験では140mmHg/90mmHg未満に降圧した場合の予後が、それ以上の血圧値の場合の予後と比べて必ずしもよいという結果は出ていないためだ。たとえば、わが国で実施された臨床試験JATOSでは、平均73.6歳のII度高血圧患者4,418名をCa拮抗薬で2年間治療し、厳格降圧(収縮期血圧を140mmHg未満に維持)群、緩和降圧(収縮期血圧を140〜159mmHgに維持)群に分けて予後を比較した。その結果、両群間に心血管疾患リスクで大きな差は認められなかった。一方、高齢者の血圧を下げすぎるとかえってリスクが増すというJカーブ議論は、近年の複数の臨床試験(INSIGHT、ALLHAT、VALUE、JATOS、CASE-Jサブ解析)で、降圧による有害事象の増加がなかったことから否定された。つまり、140mmHg/90mmHg未満という降圧目標値に確固たるエビデンスはないが、その数値未満だと予後が悪いというエビデンスもない。この点について島田氏は、「高齢者の降圧目標値は臨床試験で確認されたわけではないが、現在の高血圧研究に基づいた妥当なもの」と述べた。
80歳以上の高齢者の高血圧治療に新たなエビデンス
80歳以上の高齢者で高血圧治療を行うメリットについては議論が続いていたが、大規模臨床試験HYVETによってメリットありと結論された。HYVETでは平均83.6歳のII度高血圧患者3,845名を対象に、利尿薬±ACE阻害薬で約2年間治療した群とプラセボ群の予後を前向きに比較した。その結果、主要評価項目である脳卒中リスクが治療群で低下傾向を示し、総死亡リスクも21%低下した(表)。この結果から、80歳以上の高齢者で高血圧治療を行う意義が明確に示された。しかし、治療後の収縮期血圧は144mmHgで今回のガイドラインの目標値には達しておらず、JSH2009では治療の意義はあるものの140mmHg未満に下げることの有用性を示唆するものではないとして、注意深い降圧を呼びかけている。
高齢者の降圧薬治療の概要
高齢者の高血圧治療も、まず生活習慣の修正から実施する。降圧薬治療では、Ca拮抗薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、ACE阻害薬、少量の利尿薬が第一選択薬とされ、一般に常用量の1/2から投与する。降圧が不十分な場合は、これらを併用することとしている(図)。また、高齢者の高血圧治療では、積極的な治療を進めるが、QOLにも配慮するよう指摘している。
島田氏は、「JSH2009では、新しいエビデンスに基づき高齢者における高血圧治療の意義が確認された。一方で、降圧目標値の妥当性をめぐる議論を“行間”から読み取ることができる」と述べ、講演を締めくくった。