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今月のトピックス

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微小血管狭心症をご存じですか。

微小血管狭心症をご存じですか。
樗木晶子(九州大学大学院医学研究院 保健学部門)
 
1.いわゆる狭心症と違う微小血管狭心症
 狭心症という病気は皆様もよくご存じだと思います。図1のように心臓を栄養する血管である冠動脈に動脈硬化がおこり内腔が狭窄して血流が乏しくなるためにおこります。労作性狭心症は身体的活動や精神的興奮時に胸の圧迫感が生じますが、安静にして心身が落ち着くとその症状もおさまります。心筋は血液の流れが乏しい状況が短時間(数分〜数時間)であれば傷害は残りませんが、動脈硬化の粥腫が破れ血管の内腔を急激に閉塞し、6時間以上、血流が途絶すると心筋が壊死をおこし心筋梗塞という病気となります。樗木図1.jpg
 高度成長期に食生活も欧米化し、このような動脈硬化性の虚血性心疾患が日本人においても増えてきました。
 一方、動脈硬化の強い欧米人には少なく日本人に多い冠攣縮性狭心症というタイプの狭心症があります。これは心臓に負荷がかかってないときにも起こる狭心症で、喫煙、睡眠不足、精神的ストレス、大量飲酒の翌朝、寒冷刺激などが誘因となります。
 図2に冠攣縮性狭心症患者さんの心臓カテーテル検査中の写真を示しています。左図は症状の無い時の左冠動脈の造影写真で、ほとんど狭窄のない血管です。真ん中の写真は冠攣縮を誘発するのに使う薬物(アセチルコリン, Ach)を冠動脈に注入した時のもので矢印のところなどはとても細くなり、胸部圧迫感も出現しました。すぐに血管拡張薬(硝酸イソソルビド, ISDN)を投与しますと血管がどこの部位も拡張し症状も消失しました。まったく正常な方では、このように誘発できないことが多いので、この方は冠攣縮性狭心症と診断されました。樗木図2.jpg
 このような冠動脈造影ではっきり分かる部位の冠攣縮狭心症や動脈硬化による狭心症は女性より男性に多くみられます。女性ホルモンであるエストロゲンには、心血管系に対する種々の保護的作用(血管弛緩作用・脂質代謝改善作用・抗酸化作用など)があり、閉経前の女性で男性と比べ動脈硬化による虚血性心血管疾患が少ないのはエストロゲンの抗動脈硬化作用によるものと考えられています。閉経後にはエストロゲンの保護作用を失い、女性でもこのような虚血性心疾患が増えてきます。
 さて、前置きが長くなりましたが、ここでお話しする微小血管狭心症という狭心症はこのような大きな冠動脈の血管で起こる狭窄ではありません。発作時の心電図の変化も少なく、心臓カテーテル検査による冠動脈造影でも画像として検出できません。非常に細い末梢の血管が一時的に収縮するために起こるもので、更年期前後の女性に見られることが多い狭心症なのです。
 
2.微小血管狭心症の特徴とその原因
 微小血管狭心症の定義は、弁膜症や心筋症などの心臓の病気がまったくない方で、直径が100μm以下(髪毛の直径にほぼ等しい)の微小な冠動脈の拡張不全、収縮亢進のために心筋虚血が一時的に起こることによって胸部圧迫感が労作と無関係に安静時にも起こる狭心症とされています。その70%は女性が占めるといわれています。
 発症する年齢は30代半ばから60代半ばで動脈硬化による狭心症に比べると若く、最も多いのは40代後半から50代前半の女性です。この時期はエストロゲンが減少し始めるとともに人生においても様々な問題をかかえ心臓に限らず心身の不調を感じる時期とも重なっています。
 冠攣縮狭心症と同じように喫煙、寒冷、精神的ストレスなどが誘因となることも知られています。まだまだ、はっきりとした原因解明には至っていませんが、女性ホルモンが関与していることは確実なようです。
 
3.症状と診断・鑑別
 微小血管狭心症では、大きな冠動脈の攣縮と異なり、典型的なみぞおちを中心とした短時間の胸部圧迫感ではなく、呼吸困難感、吐き気、胃痛などの消化器症状、背部痛、顎やのど、耳の後部などへの放散痛、動悸など多彩な不定愁訴であることが多く、その持続時間も数分ではなく数時間に及ぶこともあります。
 発作時も心電図の変化に乏しく、心臓カテーテル検査による冠動脈造影によってもはっきり冠動脈の狭窄がみられないことが多いので診断に時間を要しますし、診断されてないこともあります。
 鑑別する病気としては心疾患としては不整脈、食道や胃などの消化器疾患、胸部の整形外科的疾患、心身症があります。診断がつきにくいときには、診断的治療といって亜硝酸剤(ニトロペンなど)の舌下を発作時に試してみて症状が良くなれば狭心症と考えて対応することがあります。しかし、冠動脈の大きな部位の攣縮には特効薬である亜硝酸剤が微小血管狭心症には効きにくい方もおられ、また、カルシウム拮抗薬であるジルチアゼム(ヘルベッサー)などのほうが特効薬であることは必ずしも広く循環器専門医の常識とはなっていません。そのために、亜硝酸剤の舌下が効かないときには狭心症と診断されず、症状を抱えたまま消化器内科や整形外科、心療内科、精神科にかかってしまうこともあります。
 今後、微小血管狭心症の基礎研究がさらに進んで確実に診断できる検査法の開発がのぞまれます。現時点では研究的検査として心臓カテーテル検査における冠血流予備能の測定や心負荷時の心筋から代謝される乳酸の測定、positron emission tomography (PET) を用いた検査などがあり、今後の展開が待たれます。
 
4.予後
 女性の微小血管狭心症の多くは、カルシウム拮抗薬に反応が良く症状も軽快し、その後、心筋梗塞や脳血管障害などを起こすことは少ないといわれていますが、中には、比較的リスクの高い患者さんがおられます。
 微小血管狭心症と診断され、薬を予防的に服薬しても症状がなかなか収まらない場合には、専門的に診断治療を行っている施設で詳しい検査をうけて、冠動脈末梢血管の血管反応性の異常、心筋の虚血状態を調べてもらい、さらに強化した治療(血管拡張薬の追加、高脂血症の治療、血管内皮反応性の改善薬、女性ホルモンの補充)を受ける必要があります。
 
5.治療と予防
 治療の第一歩は、医師も皆様も更年期前後の女性にこのような診断のつけにくい微小血管狭心症があることを知っておくことだと思います。双方に知識があることによって誤診や診断の遅れを回避することができます。
 更年期症状は多かれ少なかれすべての女性が避けて通れない体調の変化です。更年期の症状に過剰に反応しすぎることも心身の不調とその悪循環をきたしますので、上手に症状を受け入れて適切な治療にアクセスすることが必要であると思います。
 最も大切なことは予防です。微小血管狭心症の病気の主体は血管の内腔を覆っているとても大切な一層の膜である血管内皮と考えられています。ですからこの血管内皮に障害をきたす原因になる高血圧、脂質異常症、糖尿病、メタボリック症候群などを適度な運動と食事で予防し、大量飲酒や喫煙をしないこと、ストレスをため込まないことで微小血管狭心症の発症も避けることできると思われます。
 エストロゲンに似た作用を持つイソフラボンは大豆などの食品に多く含まれ、わが国の伝統的な和食には多くの大豆食品があります。サプリメントなどをのまなくても日頃の食生活を見直すだけでも健康に近づくことができます。遺伝的な素因があっても、日常生活の習慣の是正はそれを上回ります。
 また、社会的に女性は適切な医療にアクセスできにくい状況がまだまだ見られます。男女の体の違いを知って医療において性差をふまえた診断や治療が普及してゆくことを願っています。
 
参考資料
・天野惠子 微少血管狭心症の特徴と診断のポイント 新薬と臨牀,65巻,8号,42-53頁
・循環器領域における性差医療に関するガイドライン,Circ J 74; Suppl. 11, 1085-1160, 2010 
2016.9.20掲載
 
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