温熱療法は心不全などさまざまな疾患の症状改善に有効な治療法として、最近注目されている。また、費用対効果も高く、経済的な先進医療技術としての期待も大きい。しかし、いまだ保険適用は承認されておらず、臨床現場での普及には障壁も多い。1989年、日本で初めて温熱療法を開発した鄭忠和氏が、同療法の効果や臨床導入への問題点について解説した。
温熱療法の始まり
1989年、鄭氏は鹿児島大学霧島リハビリテーションセンターにて、温浴が科学的に心臓や血行動態に及ぼす影響について研究を始めた。鄭氏が温熱療法を始めたそもそものきっかけは、「死ぬまでに一度、お風呂に入りたい」と言っていた拡張型心筋症の末期心不全患者に、自動昇降式の浴槽を用いて入浴させたことにある。その後、温浴を治療法の一つとして検討するため、さまざまな検査を行い、入浴時間、温度、深さなどにより体への影響が大きく異なることを発見した。さらに、温浴では水圧が心臓に及ぼす負担が避けられないため、翌1990年、乾式サウナ浴が開発された。
この乾式サウナ浴の温度は60℃が基本である。通常のサウナは交感神経を刺激する80〜100℃だが、「60℃なら熱いと感じずに快適なサウナ浴が可能」だという。さらに鄭氏は、室内温度を60℃均一に維持できるポータブルのサウナ装置も開発した。
温熱療法は均等遠赤外線乾式サウナ療法と呼ばれ、医師や看護師の監視下での加療を前提として処方される。まず、60℃で15分間サウナ浴を行い、サウナから出た後は30分間保温安静にする。サウナ浴により深部体温は1℃上昇、保温により効果は持続する。その後、適度な水分補給を行う。これを1日1回、少なくとも週3〜5回継続して行う。鄭氏によれば、「温熱療法は開始以来、副作用を起こして問題になったケースはなく安全性は高い」という。
では、有効性に関してはどうだろうか。温熱療法が有効な疾患は数多いが、今回鄭氏は、その中から心不全、閉塞性動脈硬化症(ASO)、慢性疲労症候群(CFS)の3種類について紹介した。
有効性に関する成績
心不全治療においては、運動療法が血圧や心拍数を上げる増負荷療法であるのに対し、温熱療法は血管を拡張させる減負荷療法である。前者は運動耐用能や日常生活動作の改善という点では効果的だが、重症例には行うことができない。それに対し、温熱療法は「軽症から重症まで適応可能で、特にその効果は重症例ほど著明である。また、骨関節障害や運動が困難な例にも有用であり、適度な発汗により精神的ストレスの改善も期待できる」と鄭氏は話す。図1. 不整脈に対する改善効果(ホルター心電図)
1990年に、現在では心移植の適応になる拡張型心筋症末期の女性患者(53歳)に温熱療法を行った結果、71%だった心胸比(正常値50%以下)が1カ月で67%にまで低下した。また、治療前のホルター心電図で不整脈回数9,980回/日だった患者は、2週間後に346回/日へと改善された(図1)。そのほかにも、心室性期外収縮の改善など、数多くの効果が確認されている。最近では糖尿病の激増に伴い、ASOによる足の壊疽や切断も増加している。今年4月号の日本心臓病学会誌『JOURNAL of CARDIOLOGY』に掲載された「Successful Thermal Therapy for End-Stage Peripheral Artery Disease」では、血行再建術を行うも小指以外すべての足の指を切断し、母趾の付け根部に大きな深い潰瘍が残る末期ASO患者が紹介された。鄭氏によると、「この患者は最先端の再生医療を担う大学病院でも下肢切断しか方法がないといわれていたが、温熱療法15週後、その潰瘍はほぼ治り、現在も外来通院で温熱療法を続けている」という。ほかの患者でも、疼痛や6分間歩行距離、下肢血流量などで改善が認められており、本療法は新しい再生医療として期待される(図2)。
図2. ASOに対する6分間歩行距離と下肢血流量の改善効果
次にCFSだが、これは他に原因疾患がないにもかかわらず、生活が著しく損なわれるような強い疲労が少なくとも6カ月以上持続している状態で、微熱や頭痛など10の小基準のうち8項目以上に該当する場合に診断される。日本の15〜65歳でこの基準を満たすのは1,000人に3人の割合といわれている。発症機序としては、さまざまなストレスにより中枢神経や免疫、内分泌に異常を来し、そこにウイルスや細菌などが感染することで引き起こされるという仮説がある。11名のCFS患者を対象に、温熱療法による疲労度や疼痛、自覚症状数、NK(ナチュラルキラー)細胞活性の変化を観察した研究では、11例中10例に改善がみられた(図3)。このことから鄭氏は、「温熱療法はCFSの症状を改善するだけでなく、視床下部−下垂体−副腎系の調節作用など、ホメオスタシスの維持にも貢献しているのではないか」と考察した。
図3. 慢性疲労症候群(CFS)に対する疲労度と疼痛の変化
費用対効果に関する評価
費用対効果に関しては、鹿児島大学総合病院情報システムを用いた評価が行われた。2003年4月1日〜2005年12月31日の間に入院履歴のある心不全患者64名を対象とし、温熱療法群33名、非温熱療法群(薬物療法実施)31名に分け、入院期間、コスト(全費用、1日当たりの費用、投薬、注射、検査、手術、処置、放射線、その他)について平均値を比較した。その結果、非温熱療法群の医療費率(医療収入に対する医療材料費の割合)は45.5%、1日当たりのコストは45,682円、それに対し、温熱療法群はそれぞれ35.9%、22,197円となり、温熱療法を行う方が費用対効果が高いという結果となった。また、鄭氏は「1990年に作られたサウナ治療室は15年以上経った今も使用されており、装置そのものの経済性も高い」と述べ、本療法の費用対効果の良さを強調した。
高度先進医療および先進医療への申請
2001年12月、鄭氏は温熱療法を高度先進医療に申請したが、審査が終了したのは2年後で、結果は不承認。その理由は納得するには不十分なものだったという。鄭氏は「適応症については多数の症例を持っていたが、届出書類の記入欄は7例分しかなかったため、温熱療法の効果が正しく評価されず、安全性すら認めてもらえなかった」と当時の状況を説明する。そこで、昨年8月、今度は先進医療の届け出を行ったところ、結果が出たのはわずか2カ月半後の10月末で、今回は「温熱療法としての治療効果は認められたが、薬事法の承認を得ていないという理由で却下された」。鄭氏は「温熱療法は、安全性、有効性、費用の点では、先進医療としての必要条件を満たしていると考えられる。しかし、医療機器として薬事法の承認が必要であるならば、それに対する手続きを迅速に進める必要がある。数々の学会が温熱療法の心不全に対する治療効果を認知しており、実施可能な施設を増やすためにもできるだけ早い承認を目指したい」と締めくくった。