今年4月、日本内科学会でメタボリックシンドロームの診断基準が発表された。メタボリックシンドロームとは、肥満があり、さらに高血圧や高脂血症、高血糖のうち2つ以上が集積している状態である。一つ一つの病態は重症にいたらなくても、複数が重なると動脈硬化が発症、進展しやすく、心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが大きく上昇する状態といわれている。古くからその危険性が指摘されていたが、世界的に統一されたメタボリックシンドロームの見解はなかった。しかし、今回発表された日本版診断基準をはじめ、国際糖尿病連合(IDF)の診断基準においても、腹腔内に脂肪がたまる内臓脂肪型肥満を基盤とする複合的な症候群であることが明言された。本講演において宮崎氏は、肥満とメタボリックシンドロームの関係を中心に、メタボリックシンドロームの概要について解説した。
メタボリックシンドローム診断の目的は心血管病の予防
メタボリックシンドロームの診断基準を設けた目的は、心筋梗塞や脳梗塞などの発症、進展のリスクを減らすことにある。メタボリックシンドロームの人とそうでない人を12年間追跡した調査によると、メタボリックシンドローム群は、非メタボリックシンドローム群よりも心血管病や全ての原因による死亡率が高かったことがわかっている(図1)。また別の調査では、メタボリックシンドローム群においては、動脈硬化によって引き起こされる心筋梗塞や脳梗塞といった動脈硬化性疾患の発症率が、非メタボリックシンドローム群と比べて非常に高いことが報告されている(図2)。このように、メタボリックシンドロームは心血管病の発症リスクが極めて高まっている状態であり、これらを予防するためにも、早い段階でメタボリックシンドロームと診断して、適切な治療を行うことの意義は大きい。
*p<0.001 Botnia Study:Metabolic consequences of a family history of NIDDM
メタボリックシンドロームの概念に世界的なコンセンサス:
内臓脂肪蓄積が基盤
今年4月、日本内科学会をはじめとする国内8医学会によって策定されたメタボリックシンドロームの診断基準が発表された。この診断基準では、ウエスト周囲径が男性で85p以上、女性で90p以上の場合を、内臓脂肪が蓄積している腹部肥満であるとして必須項目とした。それに加えて、(1)空腹時血糖値が110mg/dL以上、(2)トリグリセリド(中性脂肪)が150mg/dL以上、あるいは善玉コレステロールであるHDLコレステロールが40mg/dL未満、(3)収縮期血圧が130mmHg以上、拡張期血圧が85mmHg以上という3項目のうち、2項目に当てはまればメタボリックシンドロームと診断される(表)。
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*日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本肥満学会、日本高血圧学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会、日本内科学会
一方、日本版メタボリックシンドローム診断基準から1週間後に発表された国際糖尿病連合(IDF)の診断基準でも、ウエスト周囲径で測る腹部肥満を必須項目としており、それ以外の項目も日本版とほぼ同様であった。これでメタボリックシンドロームが内臓肥満を基盤とする病態であることが、世界的なコンセンサスになったといえる。一方、IDFの診断基準が日本版と大きく異なっているのは、女性よりも男性のウエスト周囲径が大きい(女性80cm以上、男性94cm以上)点で、日本版とは逆転している。この逆転が生じたのは、日本では内臓脂肪を直接計測できるCTスキャンが普及しており、そのデータが豊富にあることから、CTスキャンで測定した内臓脂肪面積100p2にあたるウエスト周囲径を基準値としたのに対し、IDFでは肥満度判定の指標であるBMI値30の人のウエスト周囲径を、内臓脂肪蓄積の間接的な基準値に採用したためと考えられる。
内臓脂肪面積100p2以上で合併症の数が激増
肥満は、脂肪の分布によって、下半身を中心に皮下脂肪が蓄積する皮下脂肪型肥満と、腹腔内に脂肪が蓄積する内臓脂肪型肥満に分けられる。皮下脂肪型肥満は女性に多く、内臓脂肪型肥満は男性に多い。皮下脂肪型肥満に合併しやすい健康障害は、脂肪組織の重量が増加することによって起こる変形性関節症や腰痛症などの整形外科的な疾患が中心である。一方、内臓脂肪型肥満の場合、糖尿病や高血圧、高脂血症など、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高める合併症の発症が多いことがわかっている。
前述のように日本版診断基準のウエスト周囲径、男性85p以上、女性90p以上は、CTスキャンで測定した場合の内臓脂肪面積100p2に当たる。この値に設定されたのは、内臓脂肪面積が100p2を超えると、内臓脂肪蓄積が正常の場合に比べて合併症の数が1.5倍以上に激増するためである。
内臓脂肪とメタボリックシンドローム発症の関係
このように内蔵脂肪の蓄積が問題視される背景には、これまでの研究で脂肪細胞がメタボリックシンドローム発症に果たす役割が明らかになってきたという状況がある。
脂肪細胞の働きは、主に細胞内に中性脂肪を蓄えることだと考えられてきた。しかし最近の研究から、脂肪細胞が、細胞間の情報伝達を行う様々な生理活性物質(アディポサイトカイン)を分泌していることがわかってきた。たとえば、TNF-αという物質は耐糖能障害を起こし、脂肪細胞から大量に放出される遊離脂肪酸は、脂質代謝異常を引き起こすことがわかっている。また、善玉のサイトカインで、インスリンの働きを助け耐糖能障害を予防していたアディポネクチンは、肥満が進み脂肪細胞が肥大化すると分泌が低下し、結果として耐糖能異常を引き起こす。これらの他にも脂肪細胞は、動脈硬化を促進するPAI-1という物質や、高血圧を引き起こすアンジオテンシノーゲンといった物質を分泌することがわかっている。
正常であれば、体の機能を保つために重要な役割を担っているこれらの物質が、脂肪細胞が肥大化するに伴って異常分泌され、様々な健康障害を引き起こすと考えられている。
メタボリックシンドロームの治療の基本はライフスタイル修正
メタボリックシンドロームの治療の基本はライフスタイルを修正することである。すなわち運動指導や食事療法によって、約1年で体重の5〜10%減少を目指すことが重要である。肥満学会では、3〜6ヵ月で体重を5%減少させることをすすめている。米国の研究では、肥満者が5%ほど減量した場合、糖尿病への移行が50%近く低下することがわかっている。
一方、ライフスタイルの修正だけでは高血圧や高脂血症など、個々のリスクファクターの軽快が見られない場合、個別の疾患に即した薬物治療が必要となる。しかし、宮崎氏は、メタボリックシンドロームが、過栄養と運動不足による内臓脂肪の蓄積を基盤に、複合的なリスクが集積している状態であることを考慮すると、薬物治療だけで内臓脂肪の蓄積という根本的な原因を解決することはできないとして、真の治療となるライフスタイル修正の重要性は変わらないことを強調した。