高血圧治療ガイドラインの改訂は、2004年以来5年ぶりである。その間、国内外で高血圧治療に関するエビデンスが蓄積し、メタボリックシンドロームや慢性腎臓病(CKD)などの新たな危険因子の存在がクローズアップされるなど高血圧治療を取り巻く環境は変化している。本講演では、それらの変化に対応するべく改訂された『高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)』のポイントについて、松岡氏が解説した。
血圧分類値は変更なし、メタボリックシンドロームやCKDなどの危険因子を重視
JSH2009では成人における血圧分類を表1のとおりとしており、分類値はJSH2004から変更はない。しかし、これまで軽症高血圧、中等症高血圧、重症高血圧としていた高血圧分類の呼称を、JSH2009ではそれぞれI度高血圧、II度高血圧、III度高血圧へと変更した。それは、軽症高血圧であってもリスクの層別化で高リスクと判定され、重症高血圧と同程度の治療が必要になる可能性を想定しているためである。
次に、高血圧のリスク層別化は表2のとおりに改訂された。特徴的なのは、JSH2004では治療対象とならなかった正常高値血圧が追加されたことである。その背景には、正常血圧でも高値の場合には心筋梗塞などの発症または死亡リスクの上昇が、国内外の疫学研究によって示されたことがある。また、危険因子にメタボリックシンドロームが加わり、慢性腎疾患はCKDに変更されリスク層別化のキーファクターとなっている。日本の血圧水準は1965年あたりをピークに低下傾向にある。それに伴い、脳卒中による死亡は減少しているが、近年はその減少が鈍化しており、心血管疾患による死亡は一時の減少から上昇に転じている。その要因は、メタボリックシンドロームやCKDなど、新たな危険因子を有する人が増加した結果、総合的なリスクが上昇しているためと考えられている。
そのほかにJSH2009では、白衣高血圧と仮面高血圧を見逃さないため、診察室血圧だけでなく家庭血圧、24時間自由行動下血圧を重視しており、それぞれの測定場所による高血圧基準を明記している。
治療方針:降圧目標値は従来どおり、生活習慣の修正を強調
降圧目標は表3のとおりでJSH2004から大きな変更はない。初診時の高血圧管理計画(図)は、リスク層別化後、まず生活習慣の修正を指導し、次にリスク別の治療方針を示している。食生活や運動などの生活習慣を修正すると、収縮期血圧は最大で6mmHgの低下が見込まれる。収縮期血圧が2mmHg下がると、脳卒中による死亡を約9,000例、虚血性心疾患による死亡を約4,000例も減らせることを考えると、生活習慣の修正による降圧がいかに効果的で重要かがわかる。松岡氏は、「生活習慣の修正に遅すぎるということはない。何歳でも、どのリスク層であっても、生活習慣の修正が必須」と強調した。
降圧薬治療:患者に応じた適切な薬剤選択で厳格な降圧を
生活習慣の修正によっても降圧目標値に達しない場合、降圧薬治療が考慮される。JSH2009では、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、ACE阻害薬、利尿薬、β遮断薬の5種類を主要選択薬と位置づけた。α遮断薬はエビデンスに乏しいという理由で除外された。また、併用療法の組み合わせが示され、さらに少量の利尿薬が他の降圧薬の効果を高めることが追記された。
現在のところ、どの薬剤がどの疾患の予防に効果的かということを明確に示すエビデンスはないが、合併症や患者のバックグラウンドによって適切な薬剤を選択することが重要である。JSH2009でも、臓器障害を合併する場合、他疾患を合併する場合など、代表的な合併症に応じた治療方針が述べられている。
松岡氏は、「日本全体の血圧水準の低下には、国民全体で早い時期から生活習慣の修正に取り組むことが必要」と訴え、講演を締めくくった。