循環器病のトピックス

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"しなやか"な血管と生きる

2024年08月08日 心臓病の予防虚血性心疾患

第60回日本循環器病予防学会学術集会 市民公開講座
"しなやか"な血管と生きる

座長:大久保孝義 先生(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座 主任教授)
演者:冨山 博史 先生(東京医科大学 客員教授)

 2024年5月11~12日に開催された第60回日本循環器病予防学会学術集会(会長:大久保孝義 帝京大学教授)において、市民公開講座「"しなやか"な血管と生きる」(共催:日本心臓財団)がウェブ公開されました(配信期間:2024年5月7日~2025年1月6日)。
 ここでは、その内容を紹介いたします。

 動脈硬化とは

日本人の死亡原因の第1位はがん、第2位は心臓病、第3位は脳卒中です。しかし、心臓病と脳卒中を心血管病として合わせると、がんより多くなります。そして、心臓病と脳卒中のほとんどは動脈硬化が原因です。ですから、すこやかに生きる(健康寿命の延伸)には、動脈硬化の予防が非常に重要となります。
動脈硬化とは、厚生労働省のウェブページ(e-ヘルスネット)によれば、「動脈の血管が硬くなって弾力性が失われた状態」「内腔にプラークがついたり血栓が生じたりして血管が詰まりやすくなる」と書かれています。
図1のように、高血圧や糖尿病、喫煙などにより内皮機能が障害され、動脈硬化が進行します。血管の内腔にプラークがついたり、血栓が生じたりして血管が詰まりやすくなります。そしてこれが心臓の血管(冠動脈)であれば心筋梗塞や狭心症、脳の血管であれば脳卒中などが発症します。
動脈が硬くなって弾力性が失われた状態とは、血管が老化し、硬くなって、「しなやか」でない血管であるということです。
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血管は心臓から全身に血液を介して酸素や栄養を運搬しています。滞りなく血液を全身に送るには、以下の条件が血管には必要です。
1)動脈は必要以上に移動しないこと(動脈の固定)。
2)外部・内部からの衝撃に耐える(血管腔の維持と血管の保護)
3)必要血液量の運搬(血流の分配)
すなわち、立ったり座ったりしたとき血管が移動してしまうと、血液はうまく流れていきません。また、血管を曲げたり伸ばしたり物がぶつかったりしたときに、その衝撃に耐えないと出血したり血管が折れてしまいます。血液が多く必要な臓器やそうでない臓器に血流を調節して運搬するのも血管の役割です。
血管は三層構造により、これらの条件を維持しています(図2)。内膜では血管を開いたり閉じたりする物質を産出して血液の流れを調節しています。中膜では血管のしなやかさを保ち、血管の動脈腔が折れたり曲がったりしないように維持しています。そして外膜では体が動いたりしても血管が移動しないように固定しています。
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 血液を全身に上手に運ぶ役割

しなやかな血管には、二つの大切な役割があります。一つは血液を全身に上手に運ぶこと、もう一つは血管を保護することです。
まず、血液を全身に上手に運ぶことについて説明します。「血管は第二の心臓」という言葉があります。しなやかな血管は心臓の拡張期(心臓が全身に血液を駆出していないとき)に、全身に血液を送っているのです。
すなわち、算数のようなたとえをすると、心臓は収縮期に100の血液を動脈に送り出しますが、拡張期には血液を送り出しません。そのままだと、脳や腎臓に血液が流れたり流れなかったりしてしまいます。しかし、心臓から出た血液のおよそ半分は太い動脈にストックされます。収縮期に心臓は100の血液を出しますが、実際は動脈に半分貯留されるため、末梢の脳や腎臓には50流れます。そして拡張期には心臓から出る血液はゼロですが、動脈にストックされた残り50の血液が流れるために、脳や腎臓は安定した血流を得ることができるのです。
しなやかな血管は、心臓の収縮に伴ってたくさんの血液が動脈に蓄えられます。しかし、しなやかでない血管は、血管が硬くて拡がらないために、動脈は血液を十分に蓄えることができません。ですから、収縮期には脳や腎臓に血液が70流れますが、拡張期には血液の供給が30と減ってしまいます(図3)。こうした影響を一番強く受けるのが、冠動脈、すなわち心臓です。
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心臓には冠動脈という太い血管が3本あります。そこから血管は心筋の中を細かく枝分かれをして、心臓の筋肉(心筋)に酸素と栄養を運んでいます。収縮期には心筋が収縮しますので、心筋内の末梢血管を圧迫し、抵抗が高まって、血液が流れなくなります。一方、拡張期にはこの圧迫がありませんから、たくさんの血液が流れます。ですから、心臓は収縮期に全身に血液を送り出しますが、心臓自身が血液を受けるのは拡張期ということになります。
そのため、血管がしなやかでないと、収縮期に血管に十分な血液が貯留されず、拡張期に心臓自身への血液の供給が少なくなり、心臓の酸素不足、栄養不足が起こります。その結果、いわゆる心不全の症状、むくみや息切れが出たり疲れやすくなったりします。実際にアメリカの疫学研究では、血管のしなやかな人と硬い人を比較すると、10年後に心不全になる人が血管の硬い人で明らかに増加しました。血管がしなやかであるということは、心臓を悪くしない、心不全を起こさないための大事な要因の一つです。

 血管を保護する役割

次に血管の保護についてです。
血圧140/90mmHgは高血圧の基準値ですが、この140 mmHg(ミリメーター水銀柱)とはどのような意味でしょうか。これは、水銀を140mm持ち上げる力ということですが、水銀の比重は水の13倍ですから、140 mmHgを水に換算すると140x13=1820、すなわち水を1.8メートル吹き上げる大きなエネルギーとなります。心臓は1日に10万回も動きます。毎日、水を1.8メートル吹き上げるほどのエネルギーが1日10万回、そして一生、心臓から血管に駆出されているのです。しなやかな血管は血管が拡がって柳に風のようにこの圧のエネルギーを吸収してしまいます。しかし、しなやかでない硬い血管はうまく拡がることができませんから、このエネルギーを十分吸収することができなくなります。そうしますと末梢の、特に血液の流れの豊富な脳や腎臓の血管にエネルギーが直接ぶつかってしまい血管の障害が起こります。私たちの研究で、2000人の都内の健康診断の患者さんを6年間追いかけた結果、血管がしなやかでないと2倍、慢性腎臓病に罹りやすいことが確認できました。また認知症についても、オーストラリアや日本からも血管が硬いと認知症が進行するということが報告されています。
このように血管が硬い、しなやかでないと、心臓病(心不全)、腎臓病、認知症が発症、増悪することと関連しているようです。ですから、血管がしなやかであるということは非常に重要です。

 動脈硬化の因子を知る

では、どうしたら血管が硬くならずにしなやかでいられるのでしょうか。そのためには、血管がしなやかでなくなる因子、すなわち動脈硬化に悪い影響を与える因子を知ることが必要です。私たちは都内の会社員3000人を12年間、健康診断の時に血管がしなやかか、しなやかでないか、動脈硬化度を観察しました。その結果、タバコを1日1本以上吸っているだけで血管は硬くなりました。また、適量のお酒はよいのですが、1日3合以上の飲酒は血管を硬くしました。血圧、血糖、脂質も関係していました。
これらの動脈硬化の因子である禁煙、飲酒制限、血圧や血糖、脂質の管理は、いつごろから始めればいいのでしょうか。フランスの研究データでは、高血圧の患者さんに対し、通常の降圧治療群と動脈硬化度を下げる降圧治療群に分けて脳卒中や心臓病の発症について比較したところ、大きな差はありませんでした。その理由は、降圧治療をしっかりやっても硬くなった血管はしなやかにならなかったからです。つまり、病気になって血管が硬くなってしまうと、血管はしなやかに戻らない、若返りは難しいということがわかりました。
では、もう病気になってしまってからでは遅いのか、といいますと、そういうわけではありません。それ以上、動脈硬化を進行させないので、疾患の発症予防には治療として大変重要です。
非常に興味深い研究発表がデンマークから出ています。年齢とともに少しずつ血管が硬くなっていく通常群、年齢の割に血管が硬くなる群、通常より血管がしなやかな(Health Vascular Aging)群を比較しますと、年齢のわりに血管が硬くなる群は、8年、10年とみていきますと、脳卒中や心臓病が起こりやすいことがわかりました。そして血管のしなやかなHealth Vascular Aging群は、脳卒中や心臓病の発症がより少ないことがわかりました。

 しなやかな血管を保つために

これらのことをまとめてみますと、動脈硬化がある程度進行した、すなわちしなやかでない状態で服薬や生活習慣の改善をすれば、それ以上悪化しないという効果はあります。しかし、元の状態に改善するのは困難です。ですので、動脈硬化が進行していない、まだ血管がしなやかな状態から服薬や生活習慣の改善により動脈硬化の進行を予防する、先手必勝こそが大事であることがわかると思います(図4)。「防火に勝る消火なし」です。
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よくない生活習慣とは、運動不足、過食・塩分過多、喫煙、飲酒、ストレスなどで、これらの改善が必要です。禁煙は重要で、現在喫煙している人でも禁煙すればそれ以上悪くなりません。お酒は適量にして、1日3合以上は飲まないようにしましょう。食事は、塩分は控えめ(1日6g未満推奨)、野菜や果物の繊維質をたくさん摂りましょう、コレステロールや飽和脂肪酸を控え、魚(魚油)を積極的に摂りましょう、魚は積極的に摂りましょう、そして適切な体重を保つことが重要です。
運動も大切です。65歳以上は毎日40分運動すること、18~64歳の人は少し汗をかく程度の運動をできれば毎日60分しましょう(図5)。今まで多くの運動に関する研究がありますが、それらをまとめてメタ解析すると、運動は血管をしなやかにする方向に作用するという結果が出ています。
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まとめますと、健やかに生きる、健康寿命の延伸のための大事なポイントは、血管が詰まること(心筋梗塞や脳卒中)を予防するのが最も重要です。しなやかな血管であることも重要です。なるべく早期から血管をしなやかに維持することは、心不全、慢性腎臓病、認知症などの予防になります。そして、血管が詰まらない、しなやかであるためには、好ましい生活習慣(禁煙、節酒、運動、適正体重維持、減塩)の維持が重要です。

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