知って安心!新しい抗凝固薬のリスク&ベネフィット
日本医科大学多摩永山病院院長 新 博次
1 血液をサラサラにするお薬とは
血液をサラサラにするお薬は、血液が固まる機序の違いに応じて、2種類に分けられます。
血液が固まる機序の一つは、怪我をしたときに、血小板が集まってかさぶたを作り止血する作用です。血管内でも同じようなことが起こります。血管が老化してくると血管の内壁にコレステロールなどが溜まりプラークという老廃物の膜のようなものができます。これが動脈硬化です。そのプラークが破けると血小板が集まって固まりを作ります。これが冠動脈で起こると血小板の固まりで血管内の血流が遮断されて心筋に血液が行かなくなり、心筋梗塞が発症します。傷口を塞ぐ作用が血管内で起こると血流を遮断してしまうのです。
この血小板を集まりにくくするのが抗血小板薬です。代表的なお薬がアスピリンや、心筋梗塞治療の後に使われるクロピドグレル(プラビックス)などです。心筋梗塞の治療後、ステントと呼ばれる金属を血管内に留置すると、そこに血栓ができやすくなるため、抗血小板薬で予防するのです。
もう一つの血液が固まる機序は、体外で顕著にわかりますが、血液を放置しておくとゼリー状になって固まります。これはフィブリノーゲンという物質がフィブリンに変化して起こるものですが、体内でも何らかの理由で血流が停滞すると血液が固まって血栓を作りやすくなります。このフィブリンの生成を防ぐのが抗凝固薬です。代表的なお薬が、ワルファリンや、後で紹介する新しい抗凝固薬です。心房細動による脳梗塞の予防や静脈血栓による肺塞栓の予防に使われます。
2 心房細動とは
今日、話題になっている心房細動という不整脈は、心臓の心房部分が細かく震えるものです。心臓は心房と心室が上手いタイミングでずれて収縮することで血液を押し流していますが、そのメカニズムの一部である心房が収縮しないと血液の流れがスムーズでなくなり血栓ができやすくなります。さらに心房内の内皮が加齢や高血圧や糖尿病などによって変化を起こすことも、血栓をできやすくする原因になるといわれています。
こうしたことで心房内にできた血栓が、血液の流れに乗って脳まで飛んでいくと脳の血管に詰まって脳梗塞を起こします(心原性脳梗塞)。これが心房細動の怖いところです。
心房細動は動悸などの症状を感じる人もいますが、まったく症状を感じない人もいます。心房細動だけでは命にはかかわりません。心房細動に気づかず、まったく治療をしないまま人生を全うする方も多くいらっしゃいます。
しかし、もし血栓ができて脳梗塞を起こすと命に関わるので、心房細動と診断された患者さんは、その予防として抗凝固薬を飲むのです。
3 ワルファリンと新しい抗凝固薬
心房細動のある患者さんが脳梗塞を予防するために飲む薬として有効なのが、ワルファリンという抗凝固薬です。日本で60年も使われている古い薬で、処方する医師も、どのような患者さんにどのように使ったらよいか熟知しているお薬です。よく効く反面、フィブリノーゲンをフィブリンに変化させるさまざまな凝固因子の働きの4箇所に影響を与えるため、止血凝固の作用機序を広く抑制することになり、体内で起きているさまざまな出血に影響し、出血の合併症が多くなります。そのため、ちょうどよい効き具合をいつもチェックしている必要があります。
さらに、ビタミンKが抗凝固作用を抑制するため、納豆などビタミンKを多く含む食品を食べると効かなくなります。また、解熱鎮痛剤や抗菌薬など、ワルファリンの代謝に影響を与える薬の種類も多く、これらの薬と一緒に飲むと代謝が阻害されて効き過ぎてしまいます。
最近出てきた新しい抗凝固薬は、凝固因子の働きを抑えるポイントを1箇所に絞り、効率よく効くようにしたため(図)、ワルファリンに比較して出血の合併症も少なく、また食事の影響を受けず、限られた薬剤以外の影響も受けません。
このように、ワルファリンの煩わしさがなく、効果は同じかそれ以上と報告されているので、日本循環器学会のガイドラインでも同じ条件であれば新しい抗凝固薬の使用を推奨しています。
では、新しい薬に問題点はないのでしょうか。ひとつはワルファリンに比べて非常に高価であるということがあります。もうひとつは新しいゆえに医師の使用経験も少ないということです。現在、4種類の新薬(表)が使われるようになり、臨床の現場で成績が集積されておりますが、悪い情報は今のところありません。今後、さらに広く使われることによって処方する医師の経験が積まれていくお薬です。
表 新しい抗凝固薬
種類 |
一般名 |
商品名 |
剤型 |
通常用量(成人) |
推奨
CHADS2スコア* |
トロンビン阻害薬 |
ダビガトラン |
プラザキサ |
カプセル(75mg、
110mg) |
1回150mgを
1日2回 |
≧1 |
第Xa因子阻害薬 |
リバーロキサバン |
イグザレルト |
錠・細粒(10mg、
20mg) |
15mgを
1日1回 |
≧2 |
アピキサバン |
エリキュース |
錠(2.5mg、5mg) |
1回5mgを
1日2回 |
≧1 |
エドキサバン |
リクシアナ |
錠(15mg、30mg、
60mg) |
体重60kg以上
60mgを1日1回 |
≧2 |
体重60kg以下
30mgを1日1回 |
*推奨CHADS2スコアは日本循環器学会 心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)より
また、新しい薬は、弁膜症性(リウマチ性)心房細動や弁置換患者さんの凝固予防には効果が検証されておらず、使用できません。これらの場合にはワルファリンが適用になります。
ワルファリンも新薬も重要なことは主治医の指示に従ってきちんと服薬することです。途中で勝手に中断すると大変危険なお薬です。
4 心房細動の患者さんは必ず抗凝固薬を飲むべきか
もし心房細動で脳梗塞を予防する抗凝固薬を飲まないと、年間で3~5%、脳梗塞を発症するというといわれています。日本の大学病院で、心房細動でワルファリンを飲んでいない患者さんの脳梗塞発症率を調査した結果では、2年間で3%と、もっと少ない発症率でしたが、対象がリスクの低い患者さんであった可能性もあります。いずれにしても、それほど高い発症率ではありません。
しかし、脳梗塞を発症すれば、その6割が寝たきりか命を落としてしまいます。現在の医療では充分に救えないために、抗凝固薬の服用による予防を推奨しています。ワルファリンを服用していれば、脳梗塞の発症率を6割減らすという研究結果が出ています。
では、心房細動と診断された人すべてが服用すべきでしょうか。
現在、日本では健診などで心房細動が見つかった人の数は70~100万人といわれています。しかし、発作性のように、医療機関で心電図を測ったときに見つからない人も多く、そういう人も含めると300万人はいると推測されます。
日本循環器学会のガイドラインでは、心房細動の患者さんの中でも、脳梗塞を発症しやすい危険因子を持っている人に抗凝固薬を服用することを推奨しています。
これらの危険因子をスコア化したものがCHADS2スコア、CHA2DS2-VAScスコアと呼ばれるものです。
心房細動以外に脳梗塞を起こす危険因子を持っているかどうかで、抗凝固薬の服用を推奨するものです。C(心不全)H(高血圧)A(年齢75歳以上)D(糖尿病)は1点、S(脳梗塞・一過性脳虚血発作の既往)は2点です。
日本のガイドラインでは、1点以上で新規抗凝固薬の服薬を推奨、2点以上で新規抗凝固薬またはワルファリンの服用を推奨しています。さらにV(血管疾患)A(年齢65歳以上74歳以下)Sc(性別:女性)を加えたスコアもありますが、日本では性別は危険因子としては有意ではなく、CHA2DS2-VAスコアが優れているという研究成果が出ています。
5 どの薬がよいのか
新しい4種類の薬とワルファリン。どの薬が一番よいのでしょうか。
新しい4種類の薬でどれが優れているかは、まだわかりません。今のところ、どの薬剤もそれぞれ優れた効果が報告されています。今後、臨床現場での結果が集積されていくことでしょう。
使い分けという視点では、一日1回の服薬と2回の服薬があります。剤型によって飲みやすさもあるかもしれません。
ワルファリンは煩わしいという欠点はありますが、微調整が可能です。新しい薬剤は2種類の用量しかなく、海外の大規模研究の結果から用量が決定されているため、日本人に適した用量かどうか、これも今後の研究を待たなくてはなりませんが、現在のところは副作用などに悪い結果は出ていません。
いずれにしましても、医師の処方通りに正しい用量を服薬し、勝手に中止したりしないことが重要です。
2015.11.16掲載