笑いと心臓病
2015年10月15日 ストレス心臓病の予防
笑いと心臓病
榊原記念病院顧問 住吉徹哉
笑うという行為は、人間だけに見られるものです。他の動物には見られません。写真を見ると、いかにも笑っているような、かわいらしい動物の写真もたくさんありますが、形が笑顔に見えるだけで、実は怒っているのです(図1)。
ただし、霊長類は笑うという説もあって、以前、知能指数の高いチンパンジーとして有名なアイちゃんの赤ちゃんが、生まれて間もなく笑ったという、いわゆる新生児微笑の記事が話題になりました(図2)。
一方で、インドのジャングルで狼に育てられたアマラとカマラという少女は、その後、牧師に育てられ、二本足で立ち、きちんと食事もできるようになり、言葉も話せるようになりましたが、最後まで笑うことができなかったという話もあります。赤ちゃんの時代から、母親とのアイコンタクトで笑うことが大切だということです。
笑うことで病気を予防したり、治療効果があることが知られています。それは、ストレスが病気を作るといわれ、そのストレスが身体にもたらす悪い作用を笑いによって防ぐことができる可能性があるからです。
ストレスは大脳の前頭葉などに働いて、視床下部から下垂体を介して副腎皮質ホルモンであるコルチゾールを分泌させます。またナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性を抑制して、免疫力を下げます。さらに自律神経系に働いて交感神経を緊張させ、アドレナリンなどの分泌により血圧や心拍数を上げます。
このストレスによる悪循環の経路は、笑うことによってブロックされるといわれております(笑いの脳内リセット理論)。(図3)
笑いが健康に繋がることは、昔から経験的にも知られていて、世界中の国々に同じようなことわざがあります。
日本では「笑う門には福来たる」「笑いは百薬の長」、ドイツでは「三べん薬を飲むより一ぺん笑うほうがよい」、アイルランドでは「たんと笑ってたんと寝れば医者はいらない」など。
そして中国には「一笑一若一怒一老」(いっしょういちじゃくいちどいちろう)、すなわち、笑えば1歳若返り、怒れば1歳老いるという言葉があります。
笑いに治癒力があることを最初に発表した人は、ノーマン・カズンズ氏というアメリカのジャーナリストです。彼は強直性脊椎炎という難病に罹り、入院してさまざまな薬を投与されましたが、まったく効果がありませんでした。そこで彼は自ら調べて、二つのことを主治医に提案しました。一つはビタミンCの大量投与、もう一つは大いに楽しく笑うことによって自然治癒力を高めることでした。
そして最終的には退院することができ、テレビのお笑い番組を見て10分笑うと、その後2時間は痛み止めが必要なくなったなど、その時の経験をもとに笑いの効果を発表し、全米で話題になったのです。
笑い、すなわちポジティブな感情が心臓病に効果があるという可能性を示唆した論文もあります。
カナダでは、1700人余りを対象に、ポジティブな感情を持っている人と、そうでない人で心筋梗塞・狭心症の発症率を調査したところ、前者で発症率が下がり、後者で上がるという結果が出ました(図4)。
また、日本でも8万8千人を12年間追跡調査し、「あなたは生活をエンジョイしていますか」という質問に対し、「していない」「しっかりしている」「どちらともいえない」という回答によって心臓病罹患率、死亡率を調べた結果、「していない」と答えた人で高いことがわかりました。
アメリカでは、20分ユーモラスなビデオを鑑賞した人と、ホラー映画を鑑賞した人とでは、動脈硬化を予防する血管内皮機能が前者で向上し、後者で低下したという報告があります。
また同じくアメリカで、日常生活で笑いを体験する機会が少なかった人に冠動脈疾患が多かったという報告もあります。
さらにアメリカの学会報告では、一日30分陽気に笑えば心筋梗塞の患者さんの薬の量が減らせる可能性があるという発表もされています。
このように、笑いは病気の予防や治療に効果がありますが、そうは言っても、笑えないときもあるでしょう。しかし笑う表情を作る、つまり作り笑いでも同等の効果があるという研究結果もあります。
チャップリンは「辛いときには笑いなさい」と言っています。
「幸福論」でアランは「幸福だから笑うのではなく、むしろ笑うから幸福なのだ」と言っています。
私は患者さんに、薬の処方箋と一緒に「笑方箋」を渡しています(図5)。そこには「1日5回、1分以上笑うこと」と書かれています。副作用は「笑い過ぎるとお腹が痛くなること?」ですが、心臓病には大変効果があると思っています。
(第63回日本心臓病学会学術集会市民公開講座より)
2015.10.15掲載