講演6:「身体イベントと、日常の生活」
~高齢者の介護現場からのご報告~

及川 ゆりこ氏(日本介護福祉士会 会長/介護福祉士)

介護現場の現状と期待されていること

超高齢社会と介護ニーズの増大

厚生労働省社会保障審議会「令和3年度 介護報酬改定の概要」で「介護人材の確保・介護現場の革新」が挙げられているように、少子高齢化社会、超高齢社会といわれる中で、介護ニーズは増大しています。介護職員は毎年増え続けているものの、人材不足の課題は解決できておらず、デジタルテクノロジーの活用や人員基準・運営基準の緩和などが始まっている状況です。また同概要では、「地域包括ケアシステムの推進」として、医療と介護の連携の推進や、医療機関との情報連携強化などが明文化されています1)
そして、介護人材に求められる機能として、介護サービスの利用者がさらに増加していく中で、利用者のニーズの複雑化・多様化・高度化が見込まれ、そのニーズに的確に対応する介護職がグループで関わることが重要になるとされています2)。人材の確保が進められ、外国人人材(外国人介護人材や介護助手)が増える一方で、その指導・育成も必要になっています。

重要度が増している生活支援

介護現場の状況を見てみると、認知症高齢者は増加を続けています。認知症は、高齢者が在宅生活の継続を断念する要因の一つとなっています(図1)3)
また、高齢者の暮らしも変化しています。65歳以上の世帯の中で、独居高齢者は28.8%、高齢者夫婦世帯は32.3%と、高齢者だけの世帯が増加しています4)
また、図2は、高齢者の介護が必要となった原因を示したものです5)。様々な疾患や骨折等のイベントにより要介護状態となっていますが、これらの複数のイベントを有している方も多い現状があります。
一度、身体イベントが発生すると、イベントの大きさにもよるものの、治療のための長期入院や安静の時間が生じる場合があります。身体機能の回復を促進するためのリハビリテーションが行われ、元の生活に復帰されたり、治療等を継続される場合は、悪化防止・再発防止のためのサービスを導入したりします。
介護は、継続して行う治療や障害を持って生活される方々の生活支援となります。その介護は、尊厳の保持、QOLの維持・向上を目指し、医療職との連携の中で多職種によるチームを形成して進められます。

図1 「認知症高齢者の日常生活自立度」II以上の高齢者数について(厚生労働省. 老健局高齢者支援課 認知症・虐待防止対策推進室「認知症高齢者数について」)3)


図2 介護が必要となった原因(内閣府. 令和3年版高齢社会白書)5)


受診介助における役割

例えば受診介助の場面においては、介護職員は代弁機能を発揮します。診療室の中で医師に対して、本当のことを伝えられる方ばかりではないことを私たちは知っているからです。
食事摂取、排泄状況、短期間に処方された薬の効果や副作用の出現等を含む服薬状況を伝えることができます。反対に、医師からの所見や指示を把握し、利用者にしっかり伝え、生活の場面で留意すべき事項を支援に活かすことも可能です。

ここで、心疾患をもつ方への生活支援の事例を3つ紹介します。

事例1: 90歳/女性/在宅/要介護3
大動脈弁狭窄症、弁置換術後、慢性心不全でペースメーカー装着、病院受診は家族が対応しています。
私たちは身体介護として週に2回、入浴支援が目的で生活支援を行いました。入浴介助が目的であっても、体温・血圧・酸素飽和度の測定などのバイタルチェックや、末梢の皮膚の色や浮腫の有無など皮膚の観察も行います。また、痛みの有無、睡眠の状況、転倒の有無、家族関係等を本人に聞き取りをします。
多職種との連携という点では、この方の場合、訪問看護は支援内容に入っていなかったため、主治医との連絡はケアマネジャーが随時行っていました。そこでケアマネジャーに対して、観察項目や家族の介護負担の定時報告を行い、バイタルチェックの異常値等があった場合は随時、これを報告していました。家族に対しては毎回、支援内容を報告し、バイタルチェック等の数値は連絡帳に記載しています。

事例2: 90代/女性/施設入所中/要介護5
お風呂に入ることが大好きな方です。慢性心不全でペースメーカーを装着しており、終末期の対応の支援に入っていました。生活全般に介助が必要で、食事は胃ろうによる経管栄養、排泄・入浴・その他は全介助の状態でした。
施設の介護職員、家族、看護師とともに、私たちは何とかこの方が入浴できるよう検討してきました。当初は特別浴槽にて入浴を支援していましたが、終末期における入浴は負担が大きいとのことで全身清拭の回数を増やして対応していました。しかし、ご家族の希望もあり、体調が良い日には入浴をということになり、ある日、看護師や介護職員が介助し、家族と一緒に入浴をされました。残念ですが、翌日に亡くなられました。

事例3: 88歳/女性/ひとり暮らし/在宅/要介護1
アルツハイマー型認知症かつ高血圧症の方です。支援内容は服薬支援だけでしたが、そのうち入浴ができていないことが分かり、入浴支援、さらに受診介助も行いました。認知症の進行により、排泄の失敗や、食事や水分を摂ることを忘れることが増えました。さらに、見当識障害で曜日や日時が分からなくなったり、昼夜逆転も見られたりしたことから、施設入所となりました。認知症の進行による在宅生活の限界というのを、まざまざと見せられた事例です。
なお、この事例において私たちは、観察項目を増やすために支援内容に食事準備、トイレ掃除の支援という項目を追加依頼しています。冷蔵庫の中の食物の残りから食事の状況を、トイレ掃除から排泄状況を観察できるからです。

身体イベント発生後の生活は、病院から自宅に帰る場合や、施設に入所する場合など様々です。特に心疾患を持つ方への生活支援には、様々な配慮が必要です。同時に他のイベントの発生や、同じ症状を繰り返すこともあると理解しています。関わる専門職は、そのイベント後の状況に合わせた生活支援に取り組んでいます。

地域包括ケアシステムにおける介護職の役割

地域包括ケアシステムにおいては、地域とともに専門職がその役割を発揮して、クライアントのQOLの向上を目指すことが大切です。介護職の役割は一人ひとりの自立した生活を支援、並びにその方の尊厳を保持することだと考えます。
現在、在宅生活の継続の困難さをつくづく感じるのが認知症高齢者です。身体イベントに気付きにくく、生活活動を覚えていないことで食事や排泄の問題が現れ、そのことが在宅生活の限界につながっているからです。
私たちが医療従事者の方々とともに予後予測し、なるべく長く在宅生活が続けられるようにしたいと切に感じています。

介護職の目指すべき姿

施設での生活、在宅生活の支援はいずれも個別的です。生活環境や家族の介護力なども様々です。そのような中、介護福祉士は、エビデンスに基づいた介護実践を行う者であると考えます。
日本介護福祉士会では、介護福祉士の専門性を、「介護過程の展開による根拠に基づいた介護実践」「環境の整備・多職種連携」「指導・育成」の3つの輪で表現しています(図3)。
多職種連携の要を担う必要性を理解しつつ、目の前の業務等に追われることが多いのも事実です。しかし、目の前の利用者様のQOL向上を担保し、多職種と連携しながらその方らしい生活を支援していくことが、介護に携わる者が目指すべき姿であると考えています。

図3 介護福祉士の専門性

文献
1) 厚生労働省. 社会保障審議会(介護給付費分科会)「令和3年度介護報酬改定に関する審議報告の概要」(令和2年12月23日)

2) 厚生労働省. 社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会「介護人材に求められる機能の明確化とキャリアパスの実現に向けて」(平成29年10月4日)

3) 厚生労働省. 老健局高齢者支援課 認知症・虐待防止対策推進室「認知症高齢者数について」 (平成24年8月24日)

4) 内閣府. 令和3年版高齢社会白書

5) 厚生労働省. 平成28年 国民生活基礎調査の概況(平成28年)

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