講演5:循環器疾患の課題と対策
~自己管理を自分の望む生活の一部にするために 看護師からの働きかけ~
10年前の循環器疾患の状況と現在
10年前の循環器疾患の課題を、「虚血性心疾患」「各種不整脈疾患」「心不全関連疾患」の3つの疾患別に考えてみます。10年前と比べ、「虚血性心疾患」は、カテーテル治療や外科治療の発展、CCU病棟での管理や心臓リハビリテーションの重要性が認識され、救命率・予後改善効果は高くなってきていました。
また「各種不整脈疾患」は、植込み型不整脈デバイス治療、カテーテルアブレーション治療などの発展により、以前は治らなかった心房細動が治るなど、治療が進歩したと考えます。
しかし、「心不全関連疾患」は患者数も増加傾向にあり、退院後早期の再入院率も高く、入退院をくり返しながら最終的に亡くなることも多いため、対策が必要な疾患群と考えられました。
課題がいまだ多く残されている「心不全関連疾患」
当院では、循環器疾患全体の年間入院患者数が1,200件程度あり、そのうち心不全患者は300~350件と、約4分の1を占めていました。心不全患者は、ほかの循環器疾患より入院期間が長く、入院死亡率も高い状況にありました。また再入院率も高く、全心不全入院患者の35%以上が再入院患者でした(図1)。印象だけでなく、数値的にも心不全の患者さんへの対策が必要な状況であったことが分かります。図1 2014年4月~2019年3月における自施設の心不全入院患者数(提供:小林 志津江氏)
「広島県心臓いきいき推進事業」開始
2012年、広島県では行政と医療が一体となって県内の循環器疾患患者への対策を講じる「広島県心臓いきいき推進事業」が立ち上がりました。広島大学病院に全国初の大学病院内心不全センターを設立。続いて広島県二次保健医療圏内に、当院を含む「心臓いきいきセンター」と称する関連施設が発足しました。この事業の立ち上げにより、広島県・心不全センター・各心臓いきいきセンターが連携し、循環器疾患、特に心不全患者への対策の検討が開始されました。
当初、具体的な方策として、「心不全患者に対応できる医療者の人材育成」、「県内心不全患者の把握」、「各心臓いきいきセンターにおける心不全再入院抑制マイナス 50%」といった大きな目標設定をしました。「心臓いきいきセンター」に与えられた使命としては、まず、心不全で入院された自施設の患者さんの退院後の早期再入院を抑制したいと考えました。
こちらは「広島県心臓いきいき推進事業」のロゴマークです(図2)。広島県の形をモチーフにしており、バッチ等を作成。研修受講者などに配布を行っています。
図2 「広島県心臓いきいき推進事業」の拠点とロゴマーク(提供:広島県)
当院における心不全患者の再入院抑制施策
心不全増悪による再入院の原因としては、塩分・水分制限の不徹底、治療薬服用の不徹底、過労など、患者側の要因が上位を占めるというデータがあります1)。このことから、自己管理をサポートできれば、再入院を抑制できる可能性があると考えました。当院の再入院心不全患者における退院後から再入院までの日数を調査すると、90日以内に再入院となった患者さんが約50%を占め、そのうち30日以内に再入院となっている患者さんが25%と最も多いことが分かりました。この結果から、退院後1カ月以内の介入が再入院の予防に有効な可能性があると考えました。
心不全看護外来の開設
再入院予防のための介入として、2015年より心不全看護外来を開設しました。心不全看護外来の目的は、心不全患者の患者教育によるセルフモニタリングおよびセルフケアの強化、増悪徴候の早期発見を行い、再入院予防と入院期間の短縮を図ることにあります。退院2週間後に面接、電話訪問を行い、かかりつけ医の受診を確認、増悪徴候・セルフモニタリングの状況確認、帰宅後に気付いた心配事の相談などを行っています。
2017年に行った心不全看護外来の効果検証では、心不全看護外来で介入した患者さんは、100日目までのイベント発生率が有意に低い結果となりました。100日目以降のイベント発生率は、両群ともにほぼ同じ結果をたどっています(図3)。このことから、看護外来での介入は、100日目までのイベント抑制の一助となっている可能性があると考えられました。
図3 心不全看護外来介入における効果検証(小林ら: 慢性心不全看護認定看護師による看護外来の心不全再入院抑制効果. 第22回日本心不全学会学術集会)
「心筋梗塞・心不全手帳」による自己管理支援
また、同時期に「広島県心臓いきいき推進事業」の一環で、セルフケア・セルフモニタリングのツールとして「心筋梗塞・心不全手帳」が作成されました。現在は、日本心不全学会等でもこのような手帳が多数ありますが、当時はお薬手帳や糖尿病の管理手帳などが一般的で、心不全手帳は存在していませんでした。
当院でも心不全の治療目的で入院した患者さんに対し、入院中からこの心不全手帳の使用を開始。入院中に自分で体重・血圧を測定し、自覚症状等と合わせて、手帳に記載する習慣をつけ、退院後もこれを使用継続していただいています。この手帳を当院外来、かかりつけ医外来、看護外来受診時に持参していただき、医療者もコメントを記載するという仕組みです。手帳は、自己管理だけでなく、急性期病院、かかりつけ医、多職種の連携ツールとして使用しています。
心不全手帳による再入院抑制の検討
手帳導入が実際に再入院抑制に有効であるかの検証を、2020年に行いました。心不全治療の目的で入院し、自宅退院した患者102名に手帳を配布し、かつ1年間心不全手帳を活用できた48名を「手帳使用群」とし「不使用群」と比較検討しました。 退院後1年間手帳を継続使用できた「手帳使用群」は、有意にイベント発生率が低い結果となりました(図4)。このような自己管理支援を継続していく中で、2018年度には心不全再入院率が低下しました(2017年度33.6%→2018年度25.9%)。広島県が掲げた目標である心不全再入院患者抑制マイナス 50%まではいきませんが、マイナス25%程度を達成できました。 その後、再入院率は2018~2020年度まで継続的に抑制できていましたが、2021年度からは、再び上昇傾向に転じています。これは、患者総数の増加、平均年齢の上昇、在院日数の短縮化などの影響によるものですが、それでも20%台で維持できています。また、患者層が高齢化・ハイリスク化しているにもかかわらず、入院死亡率は低下傾向となっています。 しかしながら、まだ20%以上の心不全患者さんが再入院されており、この点は現在の課題です。図4 心不全手帳導入における効果検証(小林ら. 入院時の心不全手帳導入および退院後の継続使用は、心不全の再増悪を抑制できる. 第26回日本心臓リハビリテーション学会学術集会)
在宅療養者支援強化体制の構築
心不全は療養が長期にわたり、完全に治癒することがなく終わりがないため、自己管理のモチベーションの維持が難しい疾患です。長期的なサポートをするためには心不全増悪中である入院中の支援だけでなく、退院後の在宅での支援が重要になってきます。例えば、患者さん自身やご家族によるセルフケアの継続、かかりつけ医での定期的な状況確認、介護保険が利用できる場合にはデイケア・デイサービスでの状況確認、訪問看護師による訪問、訪問薬剤師の定期的な内服確認などです。「心臓いきいき連携病院」「心臓いきいき在宅支援施設」の認定と研修会
このような背景から、「広島県心臓いきいき推進事業」では、急性期・回復期を担う地域の中核である「心臓いきいき連携病院」21施設、在宅を担う診療所・保険薬局・訪問看護ステーション・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所などの「心臓いきいき在宅支援施設」388施設を認定し、互いに連携を取りながら心不全患者支援の構築を目指しています。また、地域の医療・介護従事者とともに知識向上のための研修会「心臓いきいきキャラバン研修会」を開催し、病院と地域医療の顔の見える関係の構築にも努めています。ともに症例検討し、お互いの立場を理解しながら意見交換をすることで、地域全体で心不全患者を支援しているという一体感も感じています。
また、広島大学の心不全センターでは、地域中核病院を対象とした「心不全対応力向上研修会」を開催。他施設の取り組みを共有したり、心不全センターの多職種カンファレンスを見学したり、事例検討会などを行って「心臓いきいき連携病院」を認定しています。
今後の課題と対策
心不全患者は急性期・回復期・在宅・終末期のすべての病期で支援が必要な疾患です。急性期病院、地域中核病院、かかりつけ医、介護施設を含めた在宅支援施設が、それぞれの役割を認識し、各病期に応じた介入を行うことが重要と考えます。 そのために、お互いがタイムリーな情報共有を行い、継続した長期的支援を行うための知識を向上させる教育システムの構築が必要です。また、在宅の自己管理困難な患者さんの支援体制の強化も必要と考えます。通院・通所が可能な場合は、その施設への通院・通所時のセルフケアの確認、訪問系のサービスのみの場合は、訪問看護、訪問薬剤師、訪問リハビリなどによる在宅で過ごす自己管理困難患者への支援、入所系サービス使用者は入所中の介護・福祉施設でのセルフモニタリング支援、異常の早期発見などがあると考えられます。
1) Tsuchihashi M. et al.: Jpn Circ J. 2000; 64(12):953-959