講演3:理学療法士から見た循環器病の課題と対策
はじめに
「理学療法士」「循環器疾患」この2つのワードから、皆さんはどのような言葉を連想されますか。おそらく多くの方が「心臓リハビリテーション」という言葉を思い浮かべるのではないでしょうか。われわれ理学療法士は、運動療法という手段を用いて患者さんに対し、心臓リハビリテーションを行うため、この関連性は決して間違いではありません。しかし、心臓リハビリテーションは、様々な職種が心疾患患者の再発予防やQOL向上のために実施する全ての行為を表す言葉です。「リハビリ」という言葉が付くため、心臓リハビリテーションは理学療法士だけがやっている、「心リハ=運動」と思われる方がいまだに多いのが現状です。この固定概念を変えていくことが、まず1つ目の理学療法士から見た循環器病に対する課題だと考えています。
心不全における心臓リハビリテーション
近年、心リハの中でも対象疾患が多く、高齢化に伴い介入が難渋することが多いのが心不全です。理学療法と心不全を考えていく中で、心不全ステージの理解は必要不可欠です(図1)1)。ステージAからDまでの4つのステージをさらに大きく分けると、心不全発症前のステージ A/B(発症予防の段階)、発症後のステージ C/D(増悪予防の段階)の2つに分けることができ、本日はこの2つに分けて考えてみます。図1 心不全とそのリスクの進展ステージ(厚生労働省.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会. 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について(平成29年7月)1) より改変
発症予防の段階:ステージA/B
心不全の発症予防が重要である理由は、ステージ C以降の予後が非常に不良であることが報告されているからです。「心不全のステージ分類ごとの予後」を調べた研究によると、ステージ AとステージB間においては死亡率について有意な差はないものの、ステージ BとステージC間においては、HR(ハザード比)が9.6と予後が非常に不良であるということが報告されています2)。このことから、心不全ステージ A、Bから、いかにCへと進展させないか、心不全発症を予防することが重要であるといえます。予防介入の難しさと重要性
ここで、予防という観点から理学療法を考えてみます。理学療法は「身体に障害のある者に対し、基本的動作能力の回復を図るために実施される」と定義されています。つまり、疾患を予防する目的ではなく疾患発症後に対する介入であるため、心疾患における予防的介入は重要であることを認識しながらも、なかなか介入できないという現状があります。
この現状を踏まえ、どうすればよいかを考えた時に重要となるのが、今回のテーマでもあるチーム医療や多職種連携です。 入院中に心不全に関する疾病管理指導を受けていない群と比較して疾病管理指導を受けた群では退院後の再入院率が低下し、さらに看護師、薬剤師、栄養士のうち、1職種の介入より3職種での疾病管理指導を実施した群において再入院率が低値であることが報告されています。3)つまり、入院中の疾病管理指導、特に多職種による介入が有効であります。 現在、日本各地において入院中の心不全患者に対する疾病管理指導は数多く行われていますが、心不全の発症予防を考えると、入院中だけでなく外来期における介入も必要不可欠です。しかしながら、現在、収益性、人員、場所、時間といった問題から、外来での疾病管理指導が十分に普及しているとはいえません。
相談窓口の必要性に関するアンケートの実施
心疾患の患者さんが「疾病管理指導を受けたい」、「心疾患に関する情報を得たい」と思っているのか、心疾患患者の疾病管理指導に対する需要の有無が分からない現状があったため、当院でアンケートを実施しました。「外来での相談窓口の必要性に関するアンケート」と題して行った調査では、当院の循環器内科通院中の外来患者を対象とし、2カ月間で467名の回答を得ました(図2)。
「心臓の病気について、相談したり情報を得たりする場所は多いと思いますか?」という問いに対して、「はい」と答えたのが29.8%。「心臓の病気のことで相談できる場所があれば相談したいですか?」という問いに対しては、71.3%の方が「はい」と回答されました。現在の自分の症状や予防、増悪時の対応について聞いてみたいという声がありました。この調査結果から、実際に相談できる場所は少ないと感じているものの、相談できる場所があれば相談したい、つまり外来での疾病管理指導の需要があるということを再認識しました。
そこで現在、外来での疾病管理指導を行うべく、心不全療養指導外来のシステムを構築しているところです。理学療法士を含む心不全療養指導士等の資格を持つ専門職種が、主治医から依頼のあった患者に対し、外来で疾病管理指導を行い、その後必要に応じて栄養指導や心リハへの紹介を行う心不全発症予防のハブとなる場所をつくるべく、活動しています。
図2 外来での相談窓口に関するアンケート(提供:笠井 健一氏)
増悪予防の段階:ステージC/D
心不全増悪予防のために理学療法士ができることは、運動療法を実施し身体機能や運動耐容能を維持・向上させることです。心不全の進展ステージを見ると、心不全を繰り返すたびに低下していくのは身体機能であると明記されています(図1)。この低下していく身体機能に注目すると、一度心不全を発症すると心不全発症前の身体機能まで回復しないということが読み取れます。
そこでわれわれ理学療法士は、この低下幅を少しでも小さくすること、元のレベルまで回復することを目的として、早期離床、エビデンスに基づいた運動療法を実施していきます。
運動時の血行動態評価
理学療法士にできることとして、運動時の血行動態の評価があります。BNP、心エコー図検査、胸部X線画像検査等はあくまで安静時の評価です。人は生活をするために動く必要があり、全身の筋肉や臓器に対し、酸素を供給するために心臓は働き続けます。この労作時に増加した心負荷に対し全身がどのように反応するのか、運動時の血行動態を評価し、主治医に報告することも、理学療法士の非常に重要な役割です。
頸静脈評価
その所見の1つが、運動負荷後の座位での頸静脈評価です。安静座位で鎖骨上に内頸静脈の拍動を視認しない症例が運動負荷を行うと、安静座位では視認しなかった内頸静脈の拍動を視認することがあります。これは動作に伴い心負荷が増強し、頸静脈圧・中心静脈圧が上昇していることを示唆している所見です(図3)。
われわれは心不全患者に対し、退院時に6分間歩行試験を行い、安静座位で内頸静脈の拍動を視認しなかった症例が、6分間歩行試験後に安静座位で内頸静脈の拍動を視認した場合、予後が非常に不良であるということを報告しました4)。つまり、運動負荷後の頸静脈評価は心不全患者のリスク評価として有用であり、この頸静脈評価を含む運動負荷後の血行動態の評価は、理学療法士にしかできない評価であると考えます。
図3 運動負荷後の座位での頸動脈評価(提供:笠井 健一氏)
心不全管理に欠かせない心不全療養指導士
心不全で入院した患者さんに対して、退院後に可能な限り外来心臓リハビリテーションを導入します。「急性・慢性心不全診療ガイドライン」では、HFrEFに対する外来心臓リハビリテーションは高いエビデンスを有する1)と記載されています。そのため、われわれも可能な限り外来心臓リハビリテーションを導入するように介入しますが、実際のところ急性心不全で入院された約5万人を対象とした調査では、外来心臓リハビリテーションを実施できたのは全体の約7%のみであったことが報告されています5)。
このエビデンスの高い心臓リハビリテーションですが、交通の面、併存疾患、認知度の面から、まだまだ十分に普及しているとはいえません。
疾病管理指導と患者教育
では、外来心臓リハビリテーションに通えない方をどうするのか。入院中に疾病管理や患者教育を行うしか方法はありません。「急性・慢性心不全診療ガイドライン」でも、疾病管理、患者教育は高いエビデンスレベルを有しています1)。入院中には可能な限り患者本人に対し疾病管理指導を行いますが、ガイドラインにも記載されているように、家族や介護者に対する指導・支援も必要不可欠です。入院中に院内で実施した疾病管理指導が、退院後、自宅やクリニック、施設で継続して実施できるか、ここが心不全管理において非常に重要なポイントとなります。
この点をサポートする役割として、日本循環器学会が認定する心不全療養指導士があると考えます。心不全療養指導士に求められる役割として、地域との連携、チーム医療の推進ということが挙げられています。病院と地域、患者と社会資源をつなぐ心不全の管理・サポートに、必要不可欠な資格だと考えます。
現在、当院では10名を超える心不全療養指導士が在籍しており、入院中には可能な限り早期に多職種が集まり、情報を共有します。病態だけではなく、自己管理ができそうか退院後の受診行動が守れそうか、その他の社会的情報も共有します。そして問題点を洗い出し、介入方法を模索します。また、ショートカンファレンスの実施も重要です。小さなコミュニケーションがチームワーク形成のためには必要であり、ひいては心不全の再発予防に繋がると考えています。
まとめ
今回は循環器病に対する理学療法士の役割についてまとめさせていただきました。理学療法士としてこの心臓リハビリテーションという言葉を、現在よりも広く深く浸透させる必要があると考えます。また、理学療法士は循環器、心不全チームの中で唯一動いている心疾患患者を診ることができる資格です。皆さんが今勤務されている施設の理学療法士に、ぜひ一声かけていただければ大変うれしく思います。1) 厚生労働省.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会. 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について(平成29年7月)
2) Ammar KA. et al.: Circulation. 2007; 115(12): 1563-1570
3) Kinugasa Y. et al.: BMC Health Serv Res. 2014; 14: 351
4) Kasai K. et al.: Am J Cardiol. 2020; 125(10): 1524-1528
5) Kamiya K. et al.: Circ J. 2019; 83(7): 1546-1552