講演1:循環器病患者ニーズを明らかにする
~日本循環器協会 患者連携の輪~

神吉 佐智子氏(大阪医科薬科大学/医師)

はじめに

私は、心臓血管外科医として、希少難病の患者さんの診療に関わることがあります。マルファン症候群、ロイス・ディーツ症候群、血管型・関節型・古典型エーラス・ダンロス症候群などです。こうした疾患に馴染みのない方も多いかもしれませんが、これら希少難病の患者さんとの出会いがきっかけで、患者会の活動をするようになりました。本日は、希少難病の診察から始まった患者連携活動の取り組みの経緯と、活動状況についてお話しします。

希少難病の患者さんとの出会い

3年間の米国留学から帰国した2010年の10月、20歳代の男性で座った状態で腰をひねっただけで仮性大動脈瘤を発症した入院患者さんに出会いました。既往歴はなく、点字ブロックに乗るだけで、足の底に皮下出血ができる状態です。家族歴としては、「エーラス・ダンロス症候群の疑いあり」と言われた20歳代の姉がおり、彼女は「下肢静脈瘤の手術を受けた時に出血が止まらなかった」ということでした。
エーラス・ダンロス症候群は血管型の場合、手術をしてはいけないので、この患者さんの治療を考えた時、早く診断に結び付けないといけないと思いました。最終的には、遺伝子検査と培養線維芽細胞コラーゲン分析により、血管型エーラス・ダンロス症候群の確定診断をしました。

患者さんの悩みを通して患者会のニーズを知る

この方の診察をきっかけに、マルファン症候群などそのほかの希少難病の患者さんの診断・治療に携わるようになりました。その中で難病の患者さんから診察の場で言われたのが、患者会のニーズについてでした。
患者さんからは、疾患に詳しい医師の診療を受けられない方がいたり、重篤疾患が見逃されて複数の病院に行きドクターショッピングと言われたり、必要な検査や適切な治療を受けられない、といった声を聞きました。さらに、周囲の方に疾患の特性を理解してもらえない、学校や職場の人がどう対応していいか困っている、障害年金や身体障害者手帳の申請がよく分からない、疾患の詳細が分からず通学、運動、就職のことなど相談する相手がいないということがありました。また親御さんも、自分が原因かもしれないと思い悩まれている方もおられるようでした。

難病と難病法

難病というのは、発症の機構が明らかではなく治療法が確立していない希少な疾病であり、長期の療養を必要とするものです。その中で医療費助成の対象となる疾患が、「難病の患者に対する医療等に関する法律」、いわゆる難病法において詳しく定められています。
2014年まではバージャー病や高安動脈炎等を含めた56疾病しかありませんでしたが、その後の難病法の改正により、現在では338疾病が難病支援を受けられるようになりました。この法改正によって遺伝学的検査を受けられるようになった点も、大きな進歩です。

患者会での私の活動

希少難病の患者会の皆様と携わる中で、患者交流会の開催場所を確保するのが難しいことから、私の方で個人的に利用できる場所があったため、そこを提供しました。私自身も、医療アドバイザーとして参加しています。
欧米には「Aortic Disease Awareness Day(世界大動脈デー)」という大動脈解離の啓発活動があります。ある時、同じようなイベントを国内で開催したいという話が患者会で出ました。大動脈解離という病気をより多くの人に知ってもらい、いつどこで発症しても必要な治療が受けられるように、救急車で適切な医療機関に迅速に搬送し適切な手術を受けられる環境を整え、助かる命を増やしたいという思いからです。こちらは、個人的に交流会を開催し、現在では日本マルファン協会主催の下、継続的に開催されています。
また、大動脈緊急症が起こった時に、「急性大動脈スーパーネットワーク」という仕組みがあれば救える命が増えることも、患者会で知りました。そして、この仕組みは東京にはあるのに大阪にはないと聞き、「何とかしたい」と大阪府議会議員や大阪府庁職員への陳情に同行したこともあります。
このように患者さんたちと様々な活動をしていくうちに、一昨年の世界的なイベント週間に乗じて開催した大動脈シンポジウムは、「Aortic Disease Awareness Week」において、日本での活動として広報してもらえるまでになりました(図1)。本シンポジウムは、希少難病の一般の方や医療従事者への啓発活動として、大動脈解離発症のリスクを伝え、自分自身や家族の既往歴などにも目を向けていただく機会にしたいと考えています。

図1 「Aortic Disease Awareness Week」における日本の活動の紹介(提供:神吉 佐智子氏)


「脳卒中・循環器病対策基本法」の制定

このような活動を続ける中、2019年に「脳卒中・循環器病対策基本法」(健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法)ができました。この法律は、国民ならびに医療従事者の責務の1つとして、予防への積極的な関与が明記されています。私は医療従事者の責務として、大動脈の疾患、希少難病を皆さんに知ってほしいと感じていますが、一国民としても同じ思いです。また患者会の方々には、啓発的役割を担っているという思いがあり、これらの活動を目にした方々の思いの変化にもつながると思います。もちろん、国や地方自治体、医療保険者の責務も明記されており、法律を遂行するための施策の実施が求められています。
先ほどお話しした「急性大動脈スーパーネットワーク」の構築も、この法律の下で行われていると聞いていますし、一医師である私が声を挙げただけでは進まない事柄が、今後大きく進展するのではないかと期待しているところです。
そして、この法律に則った具体的施策を実施する組織として、一般社団法人日本循環器協会が設立されました。

患者会活動をきっかけに知った日本循環器協会

日本循環器協会を知ったのは、患者会活動がきっかけです。患者会の方々は自分たちの資金で患者会の開催や啓発活動をしており、大動脈シンポジウムなども患者会の方に自らやっていただいている現状がありました。学会や医療従事者の方などからのサポートもなく、どうしたら良いものかと私自身とても歯がゆい思いをしていました。そんなとき石津智子先生(筑波大学)から「日本循環器協会の患者連携委員会で、今までの活動を発展させていってはどうか」というお話を頂戴したのです。
日本循環器協会は、患者・ご家族と企業、医療者をつなぐ架け橋として、日本循環器学会および日本心臓財団と緊密に連携しながら活動していくことを設立の趣旨に掲げています。
それを実行に移していくための組織として、日本循環器協会には複数の委員会が存在しています。私は患者連携委員会にて、循環器病の患者さんやご家族の窓口となり、患者家族間、医療者、企業との連携を深める活動をすることになりました。

患者連携委員会

協会は、患者や患者会の力に大きく期待していると感じています。しかし、日本の患者会は、アメリカにあるような患者会とは大きく異なり、とても小さな組織、小さな力であるのが現実です。私が関わっている患者会の中心を担っているのは、希少難病の治療を受けている患者さんたちです。アメリカのマルファン協会のように、日本でもより多くの医療従事者のサポートがあれば良いのですが、難しい状況です。例えば私は医師として患者会に参加していますが、そのほかの多職種の医療従事者の方はいないという現実があります。ですから、今後は患者会の紹介なども含め、現状の改善に向け、患者連携委員会で活動していきたいと思っています。

患者さんの声を伝え、想いを生かす

活動の礎になるスキームとして、まず患者さんと家族のニーズを聞き出してそれを解決するということに取り組んでいきたいと考えています。一口にニーズといっても、直接的なもの、間接的なものなどいろいろあり、個々の患者会のニーズ、異なる疾患の患者会にも共通するニーズ、患者会の中の各個人が抱えるニーズと多種多様です。また、高齢化など社会の変化に応じて、高齢者ならではのニーズも生まれることでしょう。
こうしたニーズを、グループ化やマッピング化して体系立て、医療従事者が患者さんの声をより専門的な声へと変容させ公の場においてより伝わりやすくしたり、しかるべき場所へ働きかけたりしながら、国民、医療従事者、医療機関、企業、地方自治体、国とともに循環器病に関する問題を解決する役割を担っていきたいと考えています。

図2 日本循環器協会の目指す「患者会連携の輪」(日本循環器協会ホームページ


連携会員とともに

日本循環器協会では2023年1月から患者会に対して連携会員の募集を開始しました。
循環器疾患の患者とそのご家族で構成される患者会で、患者会としての活動実績をある程度有し、日本循環器協会の理事・評議員の推薦があることを条件とさせていただいています。会費は無料で、活動内容などを判断しながら3年ごとに更新いただきます。
2月時点での連携会員は8団体となりました(表1)。各患者会の設立年度は多岐にわたり、会員数もまちまちですが、皆さん実績をお持ちの会ばかりです。まずはこの連携会員の方々を中心に循環器病の患者会をつなげて「患者会連携の輪」(図2)をつくり、循環器病患者・家族のニーズをまとめて諸課題の解決に向け邁進していきたいと考えています。

表1 日本循環器協会における連携会員(提供:神吉 佐智子氏)


まとめ

循環器病対策は2019年の基本法施行によって計画性と実効性を持って動き出しました。それに期待する声は非常に大きいと思います。法律の制定を受けて、2021年に設立された日本循環器協会では、循環器病の患者会をつなげて連携の場をつくり、循環器病患者・家族のニーズをまとめ、日本循環器学会、日本心臓財団と連携しながら解決に向けて邁進していこうと考えています。
高齢者の心臓病 高齢者の心臓病
CLOSE
ご寄付のお願い