心筋梗塞で入院する患者さんは年間約7万人います※1。また、心筋梗塞で亡くなる患者さんは年間約3万3千人います※2。
※1『循環器疾患診療実態調査報告書(2018 年度実施・公表)』(日本循環器学会)
※2『平成30年(2018)人口動態統計(確定数)の概況』(厚生労働省)
心筋梗塞の代表的な症状に「胸痛」があります。胸の前側や胸骨裏面の重苦しさ、圧迫感、締めつけられるような感じ、息が詰まる感じ、焼け付くような感じ、などが感じられることが多いのですが、単純な不快感として感じられることもあります。胸痛は「急ぎ足で歩く」「階段を昇る」「重いものを持ったり運んだりする」などの場合だけでなく、安静にしているときも出てきます。心筋梗塞の多くは胸痛が20分以上続きます。呼吸困難、意識消失を伴うこともあります。
また、胸だけでなく、あご、頸部、肩、みぞおち(胃部)、背中、腕に症状が広がる場合や、胸の痛みがなく、胃もたれなど心筋梗塞と気づかれないこれら胸以外の部位だけに症状を感じることもあり、特に高齢者に多いことが知られています。
加えて、糖尿病を患っている人では、このような自覚症状が出ないこともあるので注意が必要です。胸痛にはほかにも急性大動脈解離や急性肺血栓塞栓症など、緊急を要する病気の可能性もあります。強い胸痛を感じたときや違和感があるときは、すぐに医療機関を受診するようにしてください。
息苦しさや冷や汗を伴うような強い胸痛など、心筋梗塞に特徴的な症状が出た場合は、自分で医療機関に行くのではなく、すぐに119番通報して救急車を呼んでください(ご自分で来院している途中に失神や突然死に至る方がいるため)。患者さん本人が通報することが難しい場合には、ご家族や周りの人が救急車を呼ぶ必要があります。特に、狭心症の疑いのある人や高齢者などは、日頃からご家族や周りの人に自分の病状を話しておき、発作が起こったときは救急車を呼んでもらえるように準備しておくとよいでしょう。 また、急に不整脈が起こって心臓の収縮が不十分となり、血圧が出せなくなることによって脳血流が低下し、意識を失って倒れることもあります。その場合は119番通報と同時に、心肺蘇生や自動体外式除細動器(AED)を用いた一次救命処置が必要です。一般の人向けに救急蘇生法の指針が公開されているほか※3、地域で講習会なども行われているので、ご家族や周りの人は受けておくとよいでしょう。近隣でAEDが設置されている場所も確認しておきましょう。
※3 『救急蘇生法の指針2015市民用』(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000123021.pdf
一度心筋梗塞を起こした人は、梗塞部位の心収縮力が低下したり、心筋梗塞を繰り返したりすることにより、心臓の機能がだんだん弱くなり命を縮める心不全に陥るリスクが高いため、しっかりと再発予防をすることが大切です。心筋梗塞や狭心症は心臓に栄養を送る冠動脈の問題です。冠動脈の動脈硬化の進行を抑えるため、生活習慣を改善するとともに、主治医の指示に従って適切な薬物療法をきちんと継続しましょう。
経皮的冠動脈形成術(PCI)を行った場合には、ステント内に血栓が発生して再び血流が止まるステント血栓症が起きることがあります。処方された抗血小板薬をきちんと飲むようにしてください。抗血小板治療には消化管出血などの出血性合併症もあります。胃薬などが合わせて処方されている場合は、こちらも忘れずに飲むようにしましょう。
心筋梗塞を起こした患者さんでは、脳卒中を起こしやすくなることがわかっています。脳卒中とは、脳動脈の問題により発生する脳梗塞、脳出血などの病気の総称です。いずれも動脈硬化が原因といわれており、脂質異常症や高血圧など心筋梗塞と共通のリスクを減らすことも大切です。
また、心筋梗塞の後にうつ病あるいはうつ状態を併発する患者さんもいます。気分がふさぎがちになるなど、気になることがあったら医師に相談しましょう。
急性心筋梗塞では患者さんの状態に応じて、経皮的冠動脈形成術(PCI)、冠動脈バイパス術(CABG)、薬を使った保存的治療などが行われます。
血管が詰まったり狭くなったりしている部分(病変部分)に、「ステント」と呼ばれる血管を広げる網目状の筒を置く治療法です。まず、足の付け根や腕、手首などからカテーテルと呼ばれる細い管を動脈に入れ、血管が詰まっている部分まで進めたら、次にカテーテルの先につけた風船をふくらませ、血管を押し広げます。このとき、ステントを一緒にふくらませ、血管が広がった状態を保ちます。
従来は、ステントを留置したところにも再び狭窄が起こること(再狭窄)がありました。しかし近年は改良が進み、再狭窄ができるのを予防する「薬剤溶出性ステント」の使用が主流になっています。
経皮的冠動脈形成術(PCI)とは異なり、病変部分への治療は行わず、手術によってその部分より末梢に新たな血流路(バイパス)を再建する治療法です。患者さん自身の動脈を冠動脈とつなげたり、足の静脈を採取して大動脈と冠動脈をつなぎ合わせたりすることで冠動脈の血流を回復させます。病変がPCIに適さなかった場合や、PCIが成功しなかった場合などに行われます。
心筋梗塞の再発予防としては、冠動脈の血液の流れをよくしたり、冠動脈を詰まらせる原因となる動脈硬化の進行を抑えたりする薬が使われます。薬は医師の指示通りに飲み忘れがないようにきちんと飲み、自己判断で止めないことが重要です。
血液をサラサラにする薬です。血小板の働きを抑える「抗血小板薬」を主に使います。経皮的冠動脈形成術(PCI)という手術で冠動脈にステントという金属を入れた患者さんでは血栓ができやすいので、2種類の抗血小板薬を基本的に使います。
心不全の兆候がある患者さんなどでは、血圧や脈拍を下げたり、心臓の負荷を軽減させることにより心不全の症状を緩和させたりといった、進行を遅らせる薬を使います。「β遮断薬」「レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬」「ミネラロコルチコイド受容体阻害薬」などの薬があります。
心筋梗塞のリスク因子となる脂質異常症、高血圧、糖尿病などを改善する薬が使われます。
※4 参考:『急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)』(日本循環器学会ほか)
経皮的冠動脈形成術(PCI)を行った患者さんには血栓を予防する薬を生涯飲むことが推奨されているほか、高血圧、脂質異常症、糖尿病など心筋梗塞のリスク因子となる病気を治療する薬も、主治医の指示に従って使い続けることが大切です。外来経過中に採血データが改善してきたからといって薬を自己中断する患者さんがいますが、薬を飲んでいるからこそデータが正常化しているのであり、中断の判断は慎重に行う必要があります。こうした薬を自己判断で中断すると、患者さんに不利益が生じる可能性があります。薬について不安や疑問があるときは、医師や薬剤師に相談してみてください。
退院後の外来通院は、患者さんの状態に応じて医師の判断のもと決められます。入院した病院への診察のほか、近所のクリニックなどかかりつけ医への引き継ぎ〜受診を指示されることもあります。心臓リハビリテーションを外来で続けるための通院も必要になることがあります。再発を予防するためには、定期的に診療を受け、処方される薬をきちんと服用し、医師が勧める検査を受けることが大切です。
肥満(BMIが25kg/㎡ 以上)やメタボリックシンドロームの人は、心筋梗塞を含む心血管疾患のリスクが高まることが知られています※4。そのため、運動や食事など生活習慣を改善して、理想体重に向けて体重を減らすことが勧められています※4。
※4 参考:『急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)』(日本循環器学会ほか)
喫煙は様々な理由で心筋梗塞の発症リスクを高め、タバコの量や種類に関わらず有害であることがわかっています。また、心筋梗塞や狭心症などを発症した後に禁煙した患者さんでは、喫煙を継続した患者さんに比べて心筋梗塞を発症するリスクが低下することがわかっています。心筋梗塞を繰り返さないためには、禁煙が必須です※4。また、受動喫煙もリスクを高めるので、ご家族や周りの人にも禁煙してもらうようにしましょう。
※4 参考:『急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)』(日本循環器学会ほか)
心筋梗塞を含めた動脈硬化性疾患を予防するためには、エネルギー摂取を適切な量とすることが大切です。脂質、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロールなどの摂取は控えるようにしましょう。また、動物性脂肪酸(バター・ラードや肉の脂身など)は避け、植物性脂肪酸(アマニ油、大豆油など)に代替えし、青魚、野菜、果物、海藻、大豆・大豆製品などは積極的に摂ることが勧められます。減塩した日本食パターンの食事は、肉の脂身や動物性脂肪が少なく、大豆、魚、海藻、野菜、きのこ、果物、未精製穀物を取り合わせて食べるため、これらの条件を満たしており、動脈硬化性疾患予防に有用とされています。
年齢や体格、性別、合併している病気や、飲んでいる薬などによっても、気をつける点は異なります。担当医や栄養士の指示に従って、楽しみながら食事療法を続けましょう。
仕事や家事をすることは、患者さんの治療状況や病状にもよりますが、必ずしも強いストレスになるわけではなく、生きがいや楽しみなど、生活の重要な活力になることも少なくありません。また、仕事を辞めるなどの喪失体験が、かえって抑うつ状態など精神的なストレスを増やしてしまう可能性もあります。過労状態に陥るほど働きすぎるのはよくありませんが、心臓に病気があるというだけで仕事を辞めたり、必要以上に制限したりするのではなく、仕事と休息のバランスを調整することが重要です。
また、睡眠不足も心筋梗塞のリスクを高めます。適度に休養をとるように心がけるとともに、リラクゼーション方法など患者さんに合ったストレス対処法を身に付けることが大切です。
運動することは、心筋梗塞の繰り返しを予防する上でも重要です。ただし、原則的に心筋梗塞を起こした心臓はその部分の心機能低下をきたしており、アスリートが行うようなハードなスポーツは避けたほうがよいと思われます。心臓リハビリとしての運動は、スポーツではありません。リスクを評価しつつ、個人個人にあわせた適切な負荷の運動を行うことが大切です。担当医や理学療法士などに相談した上で、プログラムを作成し、また「具合の悪いときは控える」「適切な服や靴を選ぶ」「食後すぐに激しい運動をしない」「限界を知る」「自覚症状に気を付ける」などして、注意深く行うようにしましょう。
重症度や治療の時期によって異なるので、適切な入浴方法を主治医に確認しましょう。
性行為を非常に強い運動と考え、再発作や急死に対する恐怖心を持っている方もいるかもしれません。しかし、性行為は階段昇降と同じくらいの強さの運動と考えられており、軽症・中等症の心筋梗塞の患者さんであれば、特に禁止すべきこととは考えられていません。階段を2階分昇降した程度の運動で症状の出ない患者さんであれば問題ないと思われます。ただし、少しの労作で症状の出やすい方や、過労時、過食後、飲酒時、温度が暑いまたは寒い環境など、リスクが高まる可能性があるときは注意しましょう。
旅行期間、同伴者の有無、患者さんが感じている不安の程度によって異なります。飛行機で行く海外旅行は、病状によっては避けたほうがよいときもあるので、主治医に相談するようにしましょう。