日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(67話)『心臓病のSOS信号』



『心臓病のSOS信号

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

67zu-1.jpg船舶がドックに入り定期点検を受けることになぞらえて、短期間の入院で健康状態をチェックする人間ドックと呼ばれる検診が1950年代後半から始まりました。その後に血液検査の自動化や画像診断検診機器の進歩があり、データ処理のコンピュータ化を駆使した自動健診センターも登場しました。さらには陽電子放出断層撮影法(PET検査)を中心にしたがん健診や心臓ドック、脳ドックといった臓器別健診も実施されるようになりました。心臓ドックの目標は心臓からSOSの赤信号の出る前に、狭心症や心筋梗塞の予備軍的な病変をみつけて発症を未然に防ごうというものです(図1)


モールス符号の誕生秘話
 海難などで助けを求める緊急呼び出しや救援要請のモールス無線信号として、SOSが百年近く用いられてきました。しかし、1999年を最後にGPS(全地球位置把握システム、自動車のナビなど)を利用したAIS(自動船舶識別装置)に変わりました。300トン以上の国際航海をする船舶に搭載が義務付けられたもので、船が異常に浸水したり沈没しかかると自動的に危険信号が広く発せられる仕組みになっているものです。
 といいましても、百年もの間馴染んできたSOS信号ですので、簡単には捨てがたく、今でもホテルのトイレや列車の緊急呼び出しにSOS札がぶら下がっているのを見かけます(図2)
 このSOSについては、Save Our Ship(Souls)「我々の船(命)を救ってくれ」などの略とするのは通俗で、緊急の際に最も打診しやすく間違いのないモールス符号の組み合わせということです。短い発信のSと比較的長い発信のOを組み合わせたSOS、実際の打電では()()()(ツー)(ツー)(ツー)()()()と発信され、SOS の文字そのものには特別な意味がなかったことになります。
 この電信用モールス符号はアメリカのS・モース(モールスとも、1791-1872)によって19世紀中頃に考案されたものとされています。S.モースはニューヨークから渡英して絵画を学んでの帰途、大西洋を横断する長旅の船上で電磁石の導線を延伸させて一方の端で電流を遮断させた場合、反対側の磁気が変化する結果として信号を送ることができると確信し、モールス符号を考案したといいます。短い発信(点、ト)と比較的長い発信(線、ツー) を組み合わせてアルファベットや数字を表したものです(図3)
67図2と3.jpg  著者が子供の頃に覚えたモールス符号には、い()(ツー)(イトー)、ろ()(ツー)()()(ロジョーホコ)、は(ツー)()()()(ハーモニカ)、に(ツー)()(ツー)(ツー)(ニュースゾーカー)などがあり、たまたま海辺近くで育ち、伝馬船遊びにもモールス信号をまねていたことで、今でもSOS信号の()()()(ツー)(ツー)(ツー)()()()が自然に出てきます。因みに、これらの「いろは」に対応した和文モールス符号に作り直したのは、勝海舟ら幕府の要人によるものとされています。


心臓病の赤信号
 狭心症や心筋梗塞の症状としては、胸痛・息切れ・動悸の3つが上げられ、それこそSave Our Ship(Souls)「我々の船(命)を救ってくれ」と言っている、SOSに相当する赤信号といえます。とくに胸痛が特徴的で、狭心症や心筋梗塞の代表的な症状です。狭心症では運動中や気忙しく仕事をしている最中に、胸の中央からみぞおちにかけて、漠然とした痛みが生じ、肩、首、腕、顎、歯などに痛みが走ったり、腕の指先にしびれを覚えることもあります。胸の痛い部分をチクチク痛いと指差すような点ではなく、手の平で示すような面での痛みであり、「押されるような」「締め付けられるような」「重苦しい」、時には「焼けるような」痛みなどと表現されます。しかし、我慢できないというほどの強い痛みではなく、安静にしていると通常は5分以内で、長くとも10分以内で治まる発作です。
 一方、心筋梗塞では「死ぬのではないか」という不安や恐怖をともなった強い痛みが、短くとも30分は続きます。痛む部位は狭心症とほぼ同じですが、「胸をえぐられたような」「焼け火箸を突っ込まれたような」など痛みの強さは比較にならないほど強烈で、しばしば左肩や左腕に痛みが放散するとされています。さらには、顔面蒼白、冷や汗、呼吸困難、吐き気などの症状も出ることがあります。心筋梗塞は一時の発作ではなく、心筋組織の梗塞という病理変化が起きてしまったのです。
 原因としては、冠動脈の動脈硬化が進んで血管腔が狭くなり、管腔が1/4 すなわち75%以上に狭くなると血流が不足して狭心症が発症し、血栓が急に血管腔を閉塞してしまうと心筋梗塞が発症します。

心臓ドックの現況
 著者の施設で心臓コースと称している心臓ドックの特徴は、放射性同位元素(ラジオアイソトープ)の13N−アンモニアを用いて行う心臓のPET検査が中心です。診察に続く胸部X線、胸部CT、安静時心電図、心臓超音波、トレッドミル運動負荷心電図(現在では実施せず、ATP不可例のみにエルゴメーターを代用する)の順に行った後、心臓PET検査を行います。長時間心電図はオプションで行います。
67図4と5.jpg  心臓PET検査のうち、運動負荷に代えて行う薬剤のATP(アデノシン三燐酸)負荷では所定のATPを5分間かけて静注し、3分経過後に13N−アンモニアをワンショットで投与します。
 ATPは血管拡張薬であり、副作用として頭痛を訴えることがあり、また気管支の痙攣を誘発することがありますので、気管支喘息治療中の方には薬剤負荷は行いません。
 負荷時の画像と安静時(ATP負荷の影響がなくなった時点)の画像を比較して、負荷時に血流量が低下し、安静時に回復している部位は、心筋虚血を示す部位と考えます。すなわち冠状動脈に狭窄があり、負荷時に血流量が制限されていることで狭心症の発症あるいは予備軍を疑います。(図4)。また負荷時、安静時ともに血流量の低下あるいは欠損を示す部位は、すでに発症してしまった心筋梗塞(壊死)部位を示します(図5)
 右冠動脈は下壁と中隔の下部を潅流し、左冠動脈前下枝は前壁と中隔上部を、左冠動脈回旋枝は側壁を潅流します。したがって、心臓PET画像の所見から、冠動脈の有意病変部位を予測することが可能となります。
67zu-6.jpgのサムネイル画像

その名も『救心』
 心臓病のSOS、Save Our Ship(Souls) 「我々の船(命)を救ってくれ」の俗信で思い当たるものに、その名もずばりの「救心」があります。同じ漢方薬の「六神丸」などとともに、心臓病に効果のある生薬製剤として老舗的な存在となっています。主成分はいずれもシナヒキガエルなどの耳腺の分泌液を集めた蟾酥(せんそ)で、強心性ステロイドを含有することで強心作用のほか解毒効果を持つとされています(図6)
67zu7.jpg  この蟾酥の外用としてはガマの油(膏)が有名、一昔前には筑波山のガマの油売りの口上が一世を風靡しました。香具師(やし)は霊山・筑波山でしか捕獲できない前足が4本、後ろ足が6本、いわゆる「四六のガマ」に鏡を見せると我が身の醜さに驚き、耳の脇からタラタラと流す脂汗を煮詰めた「ガマの油」は万能であると語り、切っ先だけが切れるようにした刀を手にし、半紙を折りながら「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚がーー」と口上しながら、小さく切った紙片を紙吹雪のように飛ばして、刀の切れ味を誇示します。次に予め朱を付けた刀の切れない部分で腕に偽りの赤い傷を付け、その傷にガマの油をこすりつけて消してみせます。この大道芸も、戦後は蟾酥が薬事法にふれることになったため、蟾酥を含まない陣中膏、別名「ガマの油」として認可されましたが、口上はそのままに、専ら郷土芸能、無形文化財として保存に力を入れているようです(図7)
 いずれにしましても、心臓病の多くは動脈硬化が原因です。動脈硬化などは若いときからの生活習慣が原因で起こるものであり、各自の日頃からの心掛けが大事ということです。
 三日坊主に陥らず、継続は力なりと弛まぬ努力が実を結ぶというものです。

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