日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(65話)『ヨガがAF発作を止める』





『ヨガがAF発作を止める

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)


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 心房細動(AF)は高齢者の10人に一人はかかることのある不整脈で、自然に消えたり再発したりと繰り返す発作型と、慢性化した持続型のAFに分けられます。心臓弁膜症や甲状腺機能亢進症に現れるAFは別格として、健常な人でも高齢や肥満のほか、過労、飲酒、喫煙などが誘因となって突発的に起こることがあります。AF発作の起こった一両日は動悸などの訴えがありますが脳梗塞の併発が僅かに見られ心配です。  
 そこで、抗不整脈薬とともに抗凝固療法が行われ、積極的な治療法としてカテーテルアブレーションが行われるのですが、なんと東洋の伝統的なヨガやハリ、指圧がAF発作を止める効果があるという報告が相次いでいます。しかも、日本不整脈学会誌の巻頭を飾る評論欄に掲載されたのですから、補完代替医療の一つだったヨガも堂々たる「御墨付き」を得て近代の医療法の仲間入りを果たしたということでしょう(図1)。


AF発生とPET画像
 AFの発生と持続に自律神経の興奮が関係していることが初めて報告されたのは1978年のことでしたが、1997年になってAF発作の約90%は肺静脈の左心房との接合部にある僅かな心筋組織からの異常興奮がトリガーとなって発生していることが明らかにされました。そこで、AFの積極的な治療として、この部位を狙って焼灼や凍結などを加えるアブレーション法が開発されました(図2)。
 さらに、AF例には心房外膜側に脂肪組織の多いことが知られるようになり、しかも熱産生を引き起こす褐色脂肪細胞の機能があり、血中CRP、IL-6などが上昇していることがAF 発症に関係していることも考えられます。  たまたま、著者らは1994年以来日本で初めてのEDG-PET(陽電子放射断層撮影法)を用いたがん4 4 検診を実施してきましたが、たまたま慢性AF例に限って右心房壁に強くC字型のFDG集積を認めることを世界で初めて報告しました。未だ心房壁へのPET集積の原因については明らかにされていませんが、PETがん検診で、AF例がみつかるという奇妙な話です。今日的には慢性の持続型AF例では心房外膜側の脂肪組織が増加し、多くの褐色脂肪組織を含むとの見解を裏付ける所見と思われます(図3)。

65図2と3.jpgのサムネイル画像

ヨガの基本ポーズ
65図-4.jpg  ヨガの修行では心の作用を止滅させる精神集中の準備として、①制戒(不殺生など仏の定めた禁制)・内制(満足、苦行、学修に専念し、内外ともに清浄であること)を実践し、②正しい坐法で坐して、③調息(ちょうそく)により呼吸を整え、④ 制感によって感覚器官を制御し、⑤総持(そうじ:善を持して失わず、悪を起こさないようにする)により心を一か所に結び、⑥静慮(せいりょ:心を静めて考える)によって念じる対象と一体となり、⑦三昧(さんまい:一つのことに心を専注する)によって対象のみが輝いて心は空のようになる。⑧そして対象に完全に束縛されず、心作用の余力を滅し去った状態を真のヨガというと説いています。ヨガの基本は呼吸の調整、調息にあるようです。
 これらから発展したポーズとして、①前に屈める、②後ろに反らせる、③左右に倒す、④ねじる、⑤逆転させる、⑥バランスをとる、⑦呼吸法、⑧瞑想法に従ってポーズをとり呼吸を整えるのが一般的なアシュタンガ・ヨーガとされています(図4)。

ヨガがAF発作を抑える
 アメリカ中部のカンザス大学病院では、症状のある発作性AF103例のうちヨガ実施前後のデーターのそろった49例でヨガによる治療効果を検討しました。3ヶ月間の自然経過観察の後、次の3ヶ月間は週2回、1回60分、インストラクター指導の下あるいは自宅でヨガを実施した結果、症状のあるAF発作がヨガ治療前の3.8回から2.1回へと有意に減少したというものです。1回60分のヨガの内容としては、10分間の片側の鼻孔を通しての腹式深呼吸、10分間のウオーミングアップ運動、30分間の座法、10分間のリラックス運動からなり、週2回、3ヶ月間続けた結果を比較しました。この報告の他にも鍼灸(しんきゅう)のハリ・お灸や指圧など、東洋発のいわゆる補完代替え療法がAF発作や不整脈発作を抑える効果があるという、ニュースが続いています。
 ヨガでは調息といって呼吸法が中心をなしていますが、片側だけの鼻孔を通しての呼吸ということでは、陽圧呼吸と同じ原理で肺での酸素化効率を上げ、静脈還流と心拍出量を少し抑えるなど心臓にも影響を及ぼしています。心臓拍動と違って呼吸運動は自分の意思で自由に調節できますので、ヨガによる調息が自律神経に影響を及ぼしAF発作を抑えているものと考えられます。

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ハリも除細動後の再発を予防
 中国の伝統的な鍼灸のハリ、それに日本の伝統的な指圧が、AFの電気除細動後の再発予防に抗不整脈薬アミオダロン(Ⅲ群に属し、他剤が無効な致死性心室性不整脈や肥大型心筋症に伴う心房細動が適応)に比しても劣らぬ効果があったというイタリア・ミラノ大からの報告です。慢性AF80例について、毎週1回で計10回3か所のツボに針をおいた17例とアミオダロン投与だけの26例、ツボより2cm離れた部位に針をおいた8例、無処置24例で3ヶ月後と6ヶ月後に比較したものです。
3か所のツボは、⑥ナイカン/内関(PC-6):心膜に通じる経絡で、手首の中央から指3本分肘よりにあり、動悸を静め胸部圧迫感を収め自律神経を安定させる。腸の不調も和らげます。⑦シンモン/神門(HT-7):心臓に通じる経路で、手首の小指側にあって、心を平成に保ち、心拍・不整脈を整える。⑮シンシュウ/心兪(BL-15):膀胱に通じる経路で、背中の左第5肋骨の関節と脊椎の間にあり、自律神経の変調効果を示すとされています(図5a,b)。因みに、「膏肓(こうこう)に入った病」を治すツボの(38)コーコー/膏肓(BL-38)は、⑮心兪近くの斜め上になります(図6)。
65図6.jpg  ハリ治療では針を置くツボを親指で圧迫するのが日本独特の指圧療法で、ハリと同様のAF発作の予防効果があるとの報告もあります。
 現在、一般的に行われている西洋医学を中心にした近代医療以外の医療行為を補完代替え医療/オルターナティブ・メディスン、alternative medicineと呼んでいますが、アジアの鍼(ハリ)、灸(きゅう)、漢方、日本の指圧、アメリカ中心のカイロプラクティック、ドイツ中心のホメオパシー、インドのアーユル・ベーダなどが含まれます。ホメオパシーの理論や効果が疑問視される中で、ヨガやハリは心房細動治療において、堂々たる「御墨付き」を得たということになります。

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