耳寄りな心臓の話(第45話)『変身心臓病薬の逆襲』
川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
薬にはなんらかの副作用がつきものですが、副作用の方が注目されだし、能書を書き替えてから売れるようになった薬もあるのです。解熱鎮痛剤から畑違いの抗血小板薬になったものや、降圧剤からなんと育毛剤に生まれ変わった薬もあります。さらには狭心症や高血圧などの心臓病薬としては全く目立たなかったのに、朝立ちが注目されて心機一転その道の特効薬として日の目を見るに至った薬もあるのです。しかも、NO(一酸化窒素)の遊離が血管平滑筋を弛緩させることを明らかにしたことでノーベル賞を受賞するというお墨付きもあって、一気に世界市場に躍り出ました。このように、ニトログリセリンを材料にダイナマイトを発明し冨を築いたノーベルに縁の深い受賞となりました。ところが、同じNOの放出ということで狭心症薬としては先輩格のニトログリセリンなどとの相乗効果が強いために、一緒に飲むと血圧が下がり過ぎてショックになることがあり、警告付きの薬となっています。心臓病薬としては卯建(うだつ)が上がらなかった二流薬が変身して、かつての先輩薬に逆襲しているようにも思えます。
解熱剤から抗血小板薬へ
アスピリン@はドイツのバイエル社が世界で初めての合成薬として開発したアセチルサリチル酸の薬品名で、鎮痛・解熱剤、抗炎症剤として100年以上もの歴史があります。ところが、リュウマチや慢性の痛みでアスピリンを常用している人で抜歯した後の出血が止まりにくいことや、心筋梗塞の発症が少ないことが注目されたのです。その後、アスピリンには血液凝固を阻止する抗血小板凝集作用のあることが証明され、正式に心筋梗塞や脳梗塞の予防に用いられるようになりました。これらの予防には毎日81mgの服用が適量とされ、通常の100mgとは別に81mgの錠剤も販売されています(図1)。
一時ピリン疹で問題になったピリンに名前は似ていますがアスピリンは含まれず、解熱・鎮痛剤のアンチピリン@(ミグレニン@)、スルピリン@(メチロン@)などがピリン系に該当します。
降圧剤から育毛剤へ
はじめ狭心症薬として開発されたミノキシジル(ニコランジル@、シグマート@など)でしたが、1980年頃、アメリカの医師が禿げた男性を経口薬のミノキシジルで治療して、頭皮に新しい毛胞の育っていることに気付いたのです。成分の中に毛細血管を拡張して発毛を促す作用のあることが明らかになったことで、降圧剤から改めて育毛剤として歩み始めた薬剤です。アメリカでは早くからミノキシジルの外用薬ロゲイン@として用いられ、少し遅れて日本国内でも外用薬リアップ@が市販されました。少しは元々の冠拡張作用もありますが、頭部へ塗るだけでは、心臓への影響は少ないとされています。
もう一つ薬理作用の異なる育毛剤としてファイナステリドを主成分としてプロペシア@があります。男性ホルモンのテストステロンに拮抗する作用があることから前立腺肥大症の治療薬として使用されていたものですが、毛根を縮小させる変化を妨ぐ効果のあることから増毛効果に期待され、男性の脱毛症の内服薬プロペシア@として再出発したものです。女性ホルモンに近い製剤のため、前立腺の腫瘍マーカーである前立腺特異抗原(PSA)値を半減させますので前立腺癌の診断時には注意が必要です。
NOでノーベル賞
NOといえば一酸化窒素で、光化学スモッグや酸性雨を引き起こす大気汚染物質として知られる窒素酸化物であり、いまでは排出規制の対象になっている「有害物質」の一つです。ところが体内では重要な働きがあり、微量のNOが血管壁の平滑筋を弛緩させて血圧を下げる仕組みが明らかになりました。心臓手術後に発生することのある一過性の肺高血圧には通常の降圧剤では効果がなく苦労したものですが、救世主として登場したNOの吸入が肺動脈の平滑筋を拡張して著効を示したのです(図3)。
性的刺激がNO(一酸化炭素)を遊離して海綿体の血管平滑筋を弛緩させることで降圧剤だったバイアグラが勃起障害(ED)にも有効なことや狭心症薬ニトログリセリンがNOを放出して冠動脈が拡張することなどを明らかにしたことで、1980年アメリカのファーチゴットら3名がノーベル賞を共同受賞しました。
もとはといえば、冠拡張剤バイアグラ@の服用中に、血管拡張作用による朝立ちが注目され、「瓢箪から出た駒」となった薬です。性腺が刺戟されることで遊離したNOが動脈壁の平滑筋を弛緩して海綿体への血液流入量が増加するとともに静脈が圧迫されることで血液が流出しにくくなって充実するからです(図4)。早速、ファイザー社が1998年3月に糖尿病などによるEDの治療薬としてFDA(米国食品医薬品局)の承認を得て、4月から米国内で医師の処方箋のもとに菱形の青い錠剤バイアグラ@を市販しました。有効性が高く簡単に使用できる経口薬として、大変なヒット薬剤となりました。
因にバイアグラ(Via-gra)の命名についてですが、俗語では男性自身(balls)をナイアガラの滝(Niagara falls)ということもあって、これに精力(Vigor)をかけたもののようです(図5)。
二流心臓病薬の逆襲
評判を聞いたバイエル社がレピトラ@を、次いでイーライリリー社がシアリス@を開発し、前二者が4~5時間の効果に対し後者は36時間も効くというもので、2004年度だけで全世界での販売額が24億ドルにも達したということです。
問題は、もともと降圧剤だった薬ですから、服用すると全身の血圧もいくらか下がるのですが、NOの遊離という同じ作用機序をもつニトログリセリンなどの狭心症薬を服用していると相乗効果が強く出て酷い血圧低下を招くことがあり、急死例が報告されてアメリカでは大きな社会問題となりました。日本でも未承認の段階から個人輸入や購入ツアーなども企画されるなど一大ブームを巻き起こし、厚生省は99年1月に医師の処方箋が必要な医療用医薬品としては異例の速さで承認を決定したものでした。
狭心症や心筋梗塞例ではバルーンやステント、それにバイパス術後の順調な場合でも、舌下錠やテープ剤として併用禁忌とされているニトログリセリン製剤(ニトログリセリン舌下錠、ニトロペン舌下錠、バソレーター軟膏/テープ、シドレンテープ、ニトロダームTTS、ミニトロテープなど)や一硝酸イソソルビド製剤(アイトロール錠、アイスラール錠、タイシロール錠)などを服用していることが多いので、服用前に厳重注意が必要です。もともとニトログリセリンも強力な爆発物であるダイナマイトの原料であったものが、工場での粉塵が狭心症に有効なことから血管拡張作用に注目され大通りを走るようになった心臓病薬でした。今回は裏街道を走っていた二流薬が大通りに躍り出て、相乗効果を逆手に取って先攻薬に逆襲しているようにも思えます。