日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第20話)『バチスタ手術の荒技』

『バチスタ手術の荒技 
 R . バチスタ  、1996

 

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長) 


  TVドラマや映画「チーム・バチスタの栄光」で知られるようになった、バチスタ心臓手術の話です。ミステリーな部分は原文を読んでのお楽しみとして、ここでは心臓移植を待つしかなかった重症の拡張型心筋症に対して伸びきって収縮力の衰えた心臓の一部をメスで切り取って縫い合わせ、心臓に活を入れるという奇想天外な心臓手術の話です。
 

膨らんだ心臓を縫縮

 

 1996年アメリカの胸部外科学会で、バチスタ先生の手術ビデオ発表を目にして肝を潰しました。当時は重症の肺気腫に対して肺の一部を切除して肺機能を改善させるという肺縮小手術が行われたばかりで、当日も内視鏡下での肺縫縮手術が供覧されたのですが、これに続いて発表されたのが心臓の縫縮手術でした。人工心肺は用いるものの、拍動したままの心臓の薄く膨らんだ壁の部分を切り取って縮小させ縫合するだけで、補助人工心臓の助けもなく回復するという、本当かと疑わせるような意外性をはらむものの、ダイナミックな映像に会場から大きな喚声が上がりました。20回バチスタ手術  図1.png
 ブラジル南西部にあるクリチバという地方都市の小病院のランダス・バチスタ博士が独自に考案した左心室縮小手術で、膨らみ過ぎて風船のように薄くなり弾力性を失った左心室壁の一部を紡錘形に切りとって縫い合わせるものでした。左心室の径を短くし容積を減ずることで心臓の収縮力が増し、その分だけ拍出量が増加して心不全を回復させるというものです。バレーのボールをサッカーのボールに変えるようなものと、さすがはサッカー王国のジョークで締めくくりました(図1左心室縮小手術)。
 アメリカの主要施設でもドナー不足で心臓移植の予定の立たない拡張型心筋症の重症例に追試され、心臓移植の遅々として進まない日本でも葉山ハートセンターの須磨久善先生らが重症の数十例に実施して、症例を選べば一定の効果が得られると評価されました。
 著者が主宰した第50回日本胸部外科学会(1990)のサテライト・シンポジウムとして第1回の日本左心室形成術研究会が東海大・小出司郎策教授によって企画され、バチスタ博士自身も来日されて基調講演を行い、後日個人的にも意見交換する機会がありました(図2バチスタ博士と著者)。20回図2.jpg

「チーム・バチスタの栄光」


 さて、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』は外科医から病理医に転進し、さらにメスを筆に変えた海堂尊氏によるミステリーもので、300万部を超すベストセラーとなり、一方ではTVドラマ化や映画化されて大ヒットを飛ばしました(図3「チーム・バチスタの栄光」)。
 粗筋はバチスタ手術という一般には成功率60%の難手術に新進気鋭の心臓外科医を中心に手洗い看護師、臨床工学技士らがガッチリと手を組んで26連勝という快記録を続け、難攻不落と思われたバチスタ・チームでしたが、突如続けて3例もの手術死が発生してしまいます。重症ゆえのやむを得ない死亡なのか、医療事故なのか、不具合を意図したものなのか波乱の終章となります。320回チームバチスタ図.png
 この難問解決の突破口となったのがオートプシー・イメージング(Ai)です。一般に病気や事故で亡くなっても、解剖に同意されないことが多く、本当の死因がわからない事が多いのですが、この死因解明のために解剖に代わって導入された死後のCTやMRI検査によって心臓とは離れた部位での異変が明らかとなり、事件は思わぬ方向に展開するというメディカル・エンターテインメント・シリーズとなっています。
 そのシリーズの第2弾としてバチスタ手術の9か月後に起きた事件のカギを握るナースに焦点を当てた「ナイチンゲールの沈黙」を、次いで「血まみれの将軍」の異名をとる救命救急センター長の癒着問題に迫る「ジェネラル・ルージュの凱旋」などで、次々と大ヒットを飛ばし、意気軒昂です。


オートプシー・イメージング


 海堂尊先生は、このミステリーをヒットさせる前から機会あるごとに解剖を補完し、ある部分ではそれを凌駕する死後CTの有用性をアピールし、ついにAi学会の設立にこぎ着けました。
 事件による異常死はもちろんのこと病院内での死亡についても、死亡時の真の病態、真の死因を明らかにすべきなのですが、肝腎の病理解剖(オートプシー)の剖検率が年々低下していることが日本だけでなく諸外国でも大きな問題になっています。
 そこで考えられたのが、全国的にも普及しているCTやMRI装置を用いて納棺前に死体を検索してはどうかということです。この死後CTの導入によって、癌の末期と思われていた方の死因が腫瘍以外の原因による腸閉塞であったり、自動車事故による脳損傷が死因と処理されていた例の画像診断で、もともとあった脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血を起こしての失神による事故であったなどの例が明らかになっています。20回図4.jpgのサムネイル画像
 海堂尊先生は「死因不明社会-Aiが拓く新しい医療」などの作品を通して早くからオートプシー・イメージングの導入を提唱し続けており、2000年には病理のほか法医、放射線科の医師らによってオートプシー・イメージング(Ai)学会が設立されましたが、「チーム・バチスタの栄光」のヒットも大きなバネになったようです。
 2006年には海堂先生出身の千葉大でいち早くAiが導入され、2007年には三重大のほか警視庁にも検死CTが導入されました。今年のAi学会でも、死後CTによって外傷死の9割強で死因所見が得られ、主として出血性疾患や心臓関連死を示唆する情報が得られるという利点が報告され、世界的にもオートプシー・イメージング(Ai)運動の高まりが感じられます(図4AiMRI画像)。




 

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