日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第17話)『ポックリ病のおかしな心電図』

『ポックリ病のおかしな心電図』
P&L.ブルガダ 1992年

 

川田志明(慶応義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)


 失神発作のために、時にはペースメーカーや除細動器の植え込みが必要となる不整脈を特徴とする症候群が沢山あります。アダムス・ストークス症候群、大動脈炎症候群、ブルガダ症候群、頸動脈洞症候群、右室流出路起源心室頻拍症候群、ロマノ・ワード症候群、QT延長症候群、洞不全症候群、WPW症候群など実に多彩です。
 因みに、症候群(シンドローム)というのは病気で表れる症状、ここでは不整脈や目まい、失神、低血圧などですが、これらの症状を特徴とする一連の病態をいいます。一方では、困った社会現象や流行を病気になぞらえて症候群と呼ぶこともあります。
 今回は、特徴的な凹凸波形の心電図所見から発作前に診断できることがわかったポックリ病のブルガダ症候群とトルサード・ド・ポアンツという「ねじり菓子」のような波形を示すQT延長症候群についてのべます。
 

凸凹が特徴のポックリ病
 

 働き盛りの健康そうな男性が睡眠中に唸り声を上げてポックリと突然に亡くなってしまうことからポックリ病と呼ばれて恐れられ、心臓性突然死の約1割を占める病気があります。死亡時の状況から急性の心臓停止が推測されますが、心臓や主要臓器に死因を特定する変化のないことから、50年ほど前に東京監察医務院がポックリ病と命名したものです。
 諸外国でも散見される病気ですが、1992年になってスペインのブルガダ(ペドロ、ヨセフ)兄弟がたまたま発作前の心電図波形に凹凸の特徴が見られることを報告したことで、ブルガダ症候群と呼ばれるようになりました(図1)。図1ブルガダ写真2.jpg
 非発作時の心電図に右脚ブロック所見とともに右胸部誘導のSTに凹凸を示す特徴的な変化が認められ、Coved typeとSaddle-back typeの2種類の波形が診断の決め手になるというものです。Covedコーブドの方は「弓形に曲げた」の意味があり、一般には椅子のもたれや棚の支えなどの弓状の凸形構造を示し、ここでは心電図のST波が弓状凸形に下降することを意味しています。一方のSaddlebackサドル・バックは「鞍の背」のことで、ST波の中央部が鞍状に凹形を示すものです(図2)。
 わが国ではポックリ病、東南アジアでは夜間突然死症候群と呼ばれているものですが、心室細動の初発は15歳から40歳前後までで、圧倒的に男性に多く、しばしば親兄弟にも突然死がみられます。運動中よりも深夜睡眠中などの安静時に出現するという特徴があります。
 最近の研究では心筋の細胞膜のイオンポンプの遺伝子に異変がみつかるなど常染色体遺伝例が20%程度に見つかっています。ポックリ病の成因が特定できないまま、過労やウイルス感染、睡眠時無呼吸症候群などに疑いがかけられていたのですが、その関連が否定されたことは大きな進歩でした。図2.jpg
 

お菓子に似た不整脈
 

 もう一つ、QT延長症候群の中に常染色体優性遺伝によるものと分かっているロマノ・ワード症候群があります。一過性、つまり短時間で止んでしまう痙攣を伴う心室細動が特徴的なことから、つい最近まで癲癇発作と間違われることもありました。
 癲癇は脳の外傷や腫瘍あるいは代謝異常などが原因で起る痙攣発作ですが、よくいわれてきた癲癇で死亡したとされる人は舌をかんだためではなく、その多くが癲癇に似た痙攣発作を起こす不整脈が原因になっての死亡だったと考えられます。その特徴的な心電図がトルサード・ド・ポアンツtorsades de と呼ばれるものです。
 心電図のQRS軸が5~20心拍を周期として徐々に変動するもので、心室波の振幅は漸次増大した後に減少し、その後は再び増大して、以後、同様のリズムを繰り返します。直ちに適切な処置を取らないと容易に心室細動に移行するという極めて危険な不整脈の一つです(図3)。
 このようなQT間隔の延長は諸々の疾患のはか薬剤で誘発されるものもあり、心筋のイオン・チャンネルの遺伝子異常が見出だされた例に報告が相次いでいます。
 このトルサード・ド・ボアンツはQRS波の先端(pointes)が上下に揺れて基線の回りを巻く様(torsades)に注目し、1996年フランスの学者デッセルタンがフランス語で命名したものです。図3.jpg
 フランス語のトルサードtorsadesには「編んだ髪、捩じり紐、モール」などの意味がありますが、心電図波形との関係が今一つ理解できませんでした。たまたまフランス語圏を旅行中のドライブインで見覚えのあるハリボー社製のトルサードTORSADESを見つけ、一袋買ってみました。黒い棒を捩じったガムが数本入っており、甘草エキス入りのグミキャンディと分かりました。味は今一つでしたが、TORSADESに本場で会えたことで、心電図のトルサードがねじり菓子の形を意味することが実感として分かりました(図4)。図4.jpg
 

鉢巻と病気平癒
 

 トルサード・ド・ポアンツの命名者がお菓子のトルサードにヒントを得たかどうかは明らかでありませんが、国内にもトルサードに似た和菓子の「ねじり」や「ねじり飴」があります。また形だけで似たものというと、「ねじり鉢巻」や横綱の土俵入りの「綱」があり、大きなものでは鳥居の「しめ縄」があります。
 さて、手拭を捩じって頭にまく「ねじり鉢巻」は労働用のほか祭礼の稚児の礼装用としても用いられ、近年まで病人や産婦が鉢巻をする習俗もありました。
 時代劇では、殿様が左のこめかみ辺りを結び目にした紫色の鉢巻をしていることがあります。これは病(やまい)鉢巻きといって紫色の原料だったムラサキ草に解毒・解熱作用があることから、心理的に癒し効果を期待したもののようです。一方、歌舞伎では「助六」が蛇の目傘を片手に、結び目を反対の右にした紫鉢巻をたらして登場しますが、この姿が粋な格好として定着しているようです。
 ところで、孫悟空の金箍(きんこ)は三蔵法師が呪文を唱えると頭を締め付けて懲らしめるものですが、最近では頭痛の痛み具合を表すのに鉢巻や孫悟空の金箍を締めたようだと言っていますから、紫鉢巻以外は病気平癒どころではないようです。図5.jpg
 つい最近も近くの大鳥居をくぐりながら、しめ縄が中程にかけて段々と太く捩じれる様が不整脈のトルサード・ド・ポアンツの波形にそっくりにみえて、思わず身を引き締めたものです。それにしても甘いお菓子に似た、おかしな不整脈があったものです(図5)。

 

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