日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第14話)『赤いハートは聖杯から』

『赤いハートは聖杯から』
-イエス・キリスト 4B.C.?28A.D.-

川田志明(慶応義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

 動脈を赤に静脈を青に色分けすることがあります。たしかに、静脈は薄い壁を通して青みがかって見えますが、動脈の壁は厚くて中を流れる血液が透けて見えることはありません。今でこそ、CT法で心臓を輪切りにすると、いわゆるハート形が描出されますが、心臓手術などではこのようなハートを目にしたことはありません。それにしても、トランプの赤いハートなど昔の人たちはどのようにして心臓の形を知ったのでしょうか。

 

動脈は赤、静脈は青
 解剖図や手術記事などでは、動脈を赤に静脈を青に色分けされていることがあります。たしかに、皮膚から透けて見える静脈は手術で露出しても、中を流れる赤黒い静脈血が薄い壁を通して青みがかって見えます。しかし、比較的深いところを走る動脈の方は厚い壁をもち、露出しても中を流れる赤い血液が透けて見えることはなく、白っぽい壁のままで拍動しています。このように、動脈は赤く静脈は青いというのは血管の色ではなく、その中を流れる血液の色をいっているのです。14-01.jpg

 

 一般に心臓から出て拍動している血管を動脈といい、真っ赤な動脈血を全身に運びますが、ずっと先の毛細血管で酸素を組織に送った後は赤黒い静脈血となって吸い上げられるように静脈を通って心臓にもどります。実際、心臓や血管の手術記録では、赤と青で動静脈を表し右心系と左心系の区
分も行っているのです(図1)。


 わが国で初めての心臓手術として動脈管開存症手術が行われた昭和26年頃の逸話です。大動脈と肺動脈の間にある動脈管が出生時の「オギャー」の一声で閉じてしまうのが通例ですが、開存し
たままで残ると肺への血流が多すぎて心不全を来すことがあり、この管を縛るか切断するかの手術が必要になります。ところが、当時は血の通っている生の動脈管を見た者はおらず、教科書に図示されている通りに紫色の管を探したものの、なかなか見つからなかったという話が残されています。動脈管が紫色に描かれていたのですが、漸く見つかった管は近くの大動脈と同じ白っぽい色のままだったからです(図1)

 

理髪店のサインポール
 理髪店の店先には赤・青・白と三色のらせん模様のポールが回転しているのを見かけます(図2)。遠い昔、12世紀のヨーロッパでは理髪師の中に外科医を兼ねた理髪外科医もおり、傷の処置や血液を体から抜く瀉血を行っていたことから、赤は動脈を、青は静脈を、そして白は包帯を表す当時の名残を看板にしたものとされてきました。しかし、血液循環が発見されたのはずっと後の17世紀のことであり、未だ動脈静脈といった考えのない時代のことですから「この看板には偽りあり」の可能性が出てきました。

 

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 当時は「身体の悪い部分には悪い血が集まる」という考えから、その部分の血を抜き取る瀉血が流行し、患部を切開して血液の抜き取るには風呂上がりが好都合で、銭湯の一角で散髪のかたわら瀉血も行ったようです。


 血で濡れも目立たないようにと赤い色の棒を握らせ、ランセットと呼ばれる小刀で切開した皮膚から流れ出た血は棒を伝って受け皿に集まるようにしていたのです。治療が終わって洗浄した赤い棒と白い包帯を干しておいたものが、棒に巻き付いて螺旋状に赤白の模様になったことから、これが原形となって赤白2色の螺旋看板であるサインポールが生まれたようです。

 

 ところが、18世紀半ばになって理容師と外科医のユニオンが分裂した際に、外科医の目印は赤白に、理容師は青を加えることが定められ、今日の3色のポールになったとされていますが、イギリスなど多くの国では赤白二色のままのポールもみられます(図3)。


 因みに、この瀉血や種痘に用いる小刀をランセットと呼びますが、イギリスの外科学会が編集している古くからの有名な週刊医学雑誌ランセット、「Lancet」の誌名にもなっています。

 

 

トランプの赤いハート14-04.jpg
 愛の使者キューピッドの放った黄金の鋭い矢が命中するのもハートであり、ハートマークというと誰もが心臓の形を思い浮かべます。今では、コンピュータ断層撮影(CT)で心臓を横断しますと、綺麗なハート形が描出されます。外来診療などでCT画像を見ながら、見事なハートが写っていますというと、皆さん微笑まれます(図4)。

 

 しかし、数多くの心臓を手掛けてきた心臓外科医であっても、手術中にハート形に直面することは先ずありません。ここで思い当たるのは、肉食だった欧米では早くから鳥獣の臓物の一つである心臓をハツとして口にしてきた歴史があり、14-05.jpgその下拵えのときにCT検査と同じに心臓を横切りにしたことでハートマークを知ったのでしょうか。トランプの赤いハートマークは美しいのですが、刀剣の形とされるスペードに似て先が尖っていて実物の心臓の形には程遠く、以前から気になっていました(図5)。

 


 調べてみますと、現在のトランプの紋標がハートのほかクラブ、ダイヤ、スペードの4種類になったのは15世紀のことで、それまでは聖杯、棍棒、貨幣、刀剣などが複雑な絵柄で、それぞれ聖職者、農民、商人、騎士などの身分階級を表すものだったとされています。それがハート、クラブ、ダイヤ、スペードとお酒落で一目で種類が分かるようにデザイン化されたのです。14-06.jpg


 

 このように古くからハートはキリストの血を受けた杯、聖杯と関連させ、聖杯を図形化した逆三角形をさらにデザイン化したものがトランプのハートだったのです。スペインのヴァレンシア大聖堂の礼拝堂に安置されている聖杯の杯部はメノウ製で直径9cmの半球状のもので紀元前のものと証明され、持ち手が両側にあってハート型の豪華な台の部分は13?14世紀に作られたものとされています。ハートはキリストの聖杯であり、そのハートが赤いのは最後の晩餐に用いた赤ワインの色でありキリストが磔刑で流した血の色でもあったのです(図6)。

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