日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第2話)『爆薬が心臓病を癒す』

『爆薬が心臓病を癒す』 
−アルフレッド・ノーベル、1881年−

 


川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
 

 

セレンデイピティーの産物


最近は日本からも時々ノーベル賞受賞者が出るようになりましたが、その偉業の多くが意図的な結果というよりも偶然の発見によるもの、いわゆるセレンディピティーの産物といわれています。もちろん、幸運だけでなく研究者の洞察力が生かされて、偶然を必然に変える力が生まれたのでしょう。 

ところで、セレンディピティーという言葉は、今のスリランカ、かつてのセイロンがセレンディップと呼ばれていた頃の昔話「セレンディップの3王子」から生まれたと言うことです。3王子が、それぞれに決められた宝捜しに出かけたものの、たまたま躓いた石ころが巨大なダイヤだったなど、全くの偶然から予期しないものが次々と手に入るといった話の筋から、後にイギリスの作家が創出した言葉です。

02-01.jpgさて、スウェーデンのアルフレッド・ノーベルがダイナマイトを発明したのもセレンディピティーの為せる業だったようですが、製品化された爆薬が世界の近代鉱業の発展に寄与したことは有名です。しかし、戦場で弾薬に用いられて多くの人命を犠牲にしたことから、平和利用を願って遺言されたのがノーベル賞の創設でした。1901年からはじまり、毎年ノーベルの命日である12月10日に賞金、金メダル、賞状が贈られ、今年が第106回ということになります(図1)。

 
青息吐息の月曜日

 
ダイナマイトの原料となる一触即発のニトログリセリンが狭心症の特効薬であることが分かったのも、まさに瓢箪から出た駒でした。いわば破れかぶれの心臓に発破をかけて病を治すとい 02-02.jpgう奇想天外な思いつきは、全くひょんな事から生まれたものでした(図2)。

20世紀初頭にイギリスの火薬工場で、週日の作業中は何も起こらないのに休みが終わって月曜日の仕事が始まると決まって胸痛を訴える工員が何人もいることが話題になりました。最初は工場で扱っている爆薬が原因で起こる病気を疑ったのですが、もともと持病に狭心症のあることがわかりました。 

それというのも、原料であるニトログリセリンの粉塵が工場内に舞い、露出した皮膚や粘膜からある成分が吸収されて狭心症が抑えられていたものが、週末に休みをとることで粉塵にふれることもなく薬がきれて、月曜日に力仕事を始めることで狭心痛が起こったと推理されたのです。

痛む胸を押さえて、それこそ青息吐息の月曜日になったことから、「ブルーマンディ」という言葉が生まれたようです。今日では休日明けで、仕事や学校に行くのが億劫になる月曜日の憂鬱、月曜病の走りとなりました。

その後すぐに、ニトログリセリンに冠状動脈拡張作用のあることは証明されましたが、狭心症の特効薬として普及するには時間がかかりました。といいますのも、そのまま薬を飲み込んだのでは胃液で分解されて効果が少なくなり、つい量を取り過ぎて頭痛や吐き気などの副作用ばかりが目立って薬効の一定しないのが玉に疵でした。

 

心臓に発破をかける

 
現在、用いられているニトロール錠などは飲むのではなく舌下に含むよう指示されていますが、爆発を恐れてそっと忍ばせているわけではなく、舌の裏の静脈から直接吸収させるもので、静脈注射と同じほど即効的です。因みに、火薬の原料02-03.jpgといっても、一錠中に含まれるニトログリセリンの量は僅か0.2㎎程度と微量であり、間違って錠剤を噛み砕いたり床に落としても爆発する心配はありません。 
最近では体に貼るだけで効果の出る経皮吸収剤も開発されています。爆薬工場で実証されていた通りに粘膜や皮膚からの吸収の方が優れていることに、早く気づくべきだったのですが、100年もたってアポロ宇宙計画の一端として時間的に調節できる酔い止めや睡眠剤の開発が急がれました。薬のための水もままならない無重力の船内で、時間になると自動的に皮膚から吸収される何種類もの薬剤を多層に封じ込んだテープ剤が次々と開発され、月着陸や宇宙遊泳の成功に一役買ったのです(図3)。

飲み込んだのでは効果がなくなってしまう狭心症薬には福音で、早速に心臓病用の貼布薬が開発されました。心臓の真上に貼っている患者さんもいますが、胸に貼ってもお腹に貼っても効果は同じです。「良薬は口に苦し」と言っていた時代にくらべますと一見横着に見えるテープ剤ですが、たとえ毛の生えた心臓であっても、多少厚くなった面の皮の持ち主であっても、それなりに効果が期待できるというものです。

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