講演3:心不全のパンデミック対策

九州大学大学院医学研究院循環器内科学教授
日本心不全学会理事長
筒井 裕之氏

講演3において筒井氏は、まず心不全パンデミックをCOVID-19パンデミックとの関連で考察した。続いて心不全のパンデミック対策を、発症・増悪の予防、最適な治療、疾病管理の3方向から日欧米の心不全ガイドラインに基づきながら概観した。さらに2021年春にスタートした心不全療養指導士認定制度についても紹介した。座長は平田健一氏(神戸大学大学院医学研究科内科学講座・循環器内科学分野教授/日本循環器学会代表理事)が務めた。

心不全パンデミックをめぐって

まずパンデミックについて考察してみると、14世紀のペストに始まり、19~20世紀のコレラ、1918年のインフルエンザ(スペインかぜ)、2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)そして2020年から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と、感染症の全面的・世界的大流行に見られたような、災害と同じように医療体制や社会生活に大きな影響を及ぼす状態がパンデミックと称されている。一方、心不全パンデミックという呼び方もされている(2015年10月号「日経メディカル」が特集で使用)。我々循環器内科医もこの言葉を使っているが、心不全はパンデミックを起こすような感染症なのかと疑問を呈する方々もおられるかも知れない。もちろんそうではなく、心不全は心血管病・腎臓病の連鎖(Cardiovascular and Renal Continuum)の結果として生じる1)。しかし、心不全もまたパンデミックと呼びうるものだと、我々循環器内科医は思っている。というのも、心不全は次のような特徴を持つ疾患であるからだ。①患者数が多い(世界の心不全患者数は6,000万人超であり2)、がん患者数の3.5倍である3)。40歳以上の5人に1人が心不全を発症する4))。②死亡率が高い(心不全患者50%が5年以内に死亡5))。治療の進歩にもかかわらず死亡率は男性の前立腺・膀胱がん、女性の乳がんより高いほどである6)。③入院治療が必要で再入院を反復する(心不全は65歳以上患者の入院の原因として第一位7)。30日以内の心不全再入院率は24%8)。1年以内の再入院率は60%9))。我が国でのデータでも心不全患者数は増加を続けており、2025~2030年には130万人に達する10、11、12)。この増加は人口の高齢化による。心不全による入院患者数が増加しているとの我が国のデータもあり(2020年の新型コロナウイルス感染症以前の調査)、急性心筋梗塞よりも心不全の方が入院患者数多く、増加の割合も大きい13)。我が国における全国規模の大規模心不全入院患者レジストリ(JROADHF研究、13,238例)では、院内死亡率7.7%、1年間の総死亡率22%・心血管死率14%・心不全再入院率29%、4年間の総死亡率44%・心血管死率24%・心不全再入院率48%、と予後不良であることが示されている14)。2007年から2015年に行われた日本の急性心不全レジストリ(ATTEND、WET-HF、REALITY-AHF)に組み込まれた急性心不全日本人患者(9,075例)を対象とした調査でも1年以内に20%が死亡、25%が再入院を必要としており、院内死亡率は低下しており治療の効果は上がっているものの、1年死亡率・再入院率は上昇傾向にあると報告されている15)
医療従事者に新型コロナウイルス感染が広がることで、人手が足りない状況に陥ることが新聞などで報じられている。仮に患者数が変わらないとしても、こうした状況では医療が逼迫することが予想される。これを心不全に当てはめると、心不全医療には非常に人手が必要で、在院日数も急性冠症候群の2~3倍を要する。病院内でも多職種の管理が必要になる。こうしたなか、日本の人口は超高齢化と少子化の同時進行のなかで今後更に減少し2040年頃には医療・福祉分野で100万人程度の人材不足が推定されている(令和4年版厚生労働白書、現時点では未公表)。このように超高齢社会を迎えて、患者数が増加している、再入院を反復する、悪化時には緊急入院が必要、といったことから心不全医療が対応しきれない危険性があり、これはまさしく「心不全パンデミック」と呼ぶ状況と言えよう。

日欧米の心不全ガイドラインに基づいた心不全のパンデミック対策

次に心不全のパンデミック対策を取り上げるが、これは①発症・増悪の予防、②最適な治療、③疾病管理の3つが重要な柱となる。これらについて日欧米の心不全ガイドラインに基づいて考察する。
「日本循環器学会(JCS)/日本心不全学会(JHFS)合同ガイドライン:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」(2018年)16)では、「心不全とそのリスクの進展ステージ」(図1) 16)が紹介されている。同ステージは心不全リスクと症候性心不全に二分されており、前者はステージA(器質的心疾患のないリスクステージ)、ステージB(器質的心疾患のあるリスクステージ)にわかれる。すなわちリスクの段階から心不全のステージに組み込むことで予防の重要性を強調している。これはCOVID-19に対するワクチンによる予防と同じ考え方で、心不全に対する予防ワクチンがない現在、高血圧・糖尿病・動脈硬化性疾患などのリスク因子の管理こそが予防に繋がるということになる。ステージAでは危険因子のコントロール・器質的心疾患の発症予防、ステージBでは器質的心疾患の進展予防・心不全の発症予防が治療目標となる。ステージC(心不全ステージ)では心不全の標準的治療を行うことになる。ステージD(治療抵抗性心不全ステージ)では治療の見直しを行い、補助人工心臓の使用なども考慮する。


図1 心不全とそのリスクの進展ステージ
(厚生労働省.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会. 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について(平成29年7月). より改変)

心不全治療の目標は死亡の回避・心不全による入院の抑制が最も重要であり、これらはハードなエンドポイントと言えるが、個々の症例では運動能力・QOLの改善など、患者さんが実感できる症状の改善も重要となる17)。死亡を回避し、心不全による入院を抑制する治療は多くの場合、臨床症状・運動能力・QOLの改善などに繋がっている。
大規模臨床試験のエビデンスを踏まえて、日米欧で最新の心不全診療ガイドラインも出ている。「JCS/JHFS合同ガイドライン:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」は、2021年3月に「フォーカスアップデート版」を出した18)。2021年4月には米国心不全学会(HFSA)/欧州心不全学会(HFA)/日本心不全学会(JHFS)が共同で「心不全の定義と分類に関する国際コンセンサス」19)。2021年8月には欧州心臓病学会(ESC)が「急性および慢性心不全診療ガイドライン」20)、2022年4月には米国心臓病協会(AHA)/ 米国心臓病学会(ACC)/ 米国心不全学会(HFSA)が「心不全管理ガイドライン」21)を出した。この2年ほど治療の進歩が非常に早く、2021年に出た3つのガイドラインに関しては、それらの発表に前後して新たなエビデンスの出ることが続き、現状では2022年4月に出た米国の「心不全管理ガイドライン」が最新情報を盛り込んだものになっている。
これらガイドラインの内容を紹介する前に、心不全の分類について触れる。心不全の治療指針は左室駆出率(心臓が1回拍出時に駆出する血液量の割合:LVEF)に基づいているが、前述のHFSA/HFA/JHFSの国際コンセンサスでは心不全を、LVEFが低下(40%以下)した心不全 (HF with reduced EF: HFrEF)、LVEFが軽度低下(41-49%)した心不全 (HF with mildly reduced EF:HFmrEF)、LVEFが保たれた(50%以上)心不全(HF with preserved EF:HFpEF)、LVEFが改善(ベースライン40%以下から10%以上改善し40%超)した心不全(HF with improved EF:HFimpEF)の5つに分類している19)。なおHFmrEFは、それまではLVEF 低下と保持の中間型ということでHF with mid-range EFと呼ばれていたが、HFrEF に対する薬物治療が中間型にも有効である可能性が高いとのデータが示されて、こちらの名称に変更となった。ただ略語表記はHFmrEFと変わりはない。薬物治療により心臓のリバース・リモデリングが起きてLVEFが改善したHFimpEFは、HF with recovered EF(HFrecEF)より変更されたもので、LVEF の改善であって回復ではないことが強調されている。
次にガイドラインが示す心不全の最適治療について紹介する。「2021年 JCS/JHFSガイドラインフォーカスアップデート版」では、慢性心不全に対する標準治療のアルゴリズムが示されている(図218)


図2 心不全治療アルゴリズム
(日本循環器学会/日本心不全学会.2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療.URL(https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf).2022年10月閲覧)

LVEF に応じた薬剤選択が示されているが,「フォーカスアップデート版」で特に新しくなったのはステージC(心不全ステージ)におけるHFrEF の箇所である。そこではACE阻害薬/ARB+β遮断薬+MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)を基本治療薬とし、次の段階でのACE阻害薬/ARBからARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)への切り替え、そして糖尿病の有無にかかわらずSGLT2阻害薬の導入の考慮などが示されている。またこれらの薬剤への併用薬として、うっ血に対し利尿薬、洞調律で75拍/分以上でのIfチャネル阻害薬イバブラジン、必要に応じジギタリスや血管拡張薬、などがあげられている。この「フォーカスアップデート版」の後、2021年8月に出たESCの「急性および慢性心不全診療ガイドライン」では、SGLT2阻害薬のエビデンス(ダパグリフロリジンに加えてエンパグリフロジン)を踏まえて、死亡率の減少のためすべてのHFrEF患者に対して、ACE阻害薬/ARNI・β遮断薬・MRA・SGLT2阻害薬の4 剤投与を強く推奨した(推奨クラスⅠ)。また、心不全入院・死亡率減少のために、特定の患者での治療薬及びデバイス治療の選択も提示している20)。2022年4月に出た米国の「心不全管理ガイドライン」では、HFrEFのステージC・Dにおける薬剤やデバイスの選択が治療ステップの形で示されており、ステップ1(ARNI=NYHAⅡ-Ⅲ度およびACE阻害薬またはARB=NYHAⅡ-Ⅳ度・β遮断薬・MRA・SGLT2阻害薬/必要に応じて利尿薬、を強く推奨:推奨クラス1)からステップ6までいずれのステージの場合でも定期的な再評価とともにGDMT(診療ガイドラインに基づく標準的治療)の継続、用量・アドヒアランスおよび患者教育の適正化、治療ゴールの明確化などがうたわれている。また同ガイドラインではHFrEFに対するGDMT最適化後の追加の薬物療法(イバブラジン・可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬ベルイシグアトなど)やデバイス治療(重症・二次性僧帽弁閉鎖不全症に対するMitraClip®:経皮的僧帽弁接合不全修復システムなど)も取り上げている。HFmrEFやHFpEFに対する治療薬にも触れているが、我が国やESCのガイドラインと大きく異なるのは、EMPEROR-Preserved試験におけるエンパグリフロジンの最新エビデンス22)を踏まえてSGLT2阻害薬をHFmrEFとHFpEFに対しても中等度推奨していることである(クラス2a)21)

2021年春に心不全療養指導士認定制度がスタート

以上のようなGDMTを行っても、心不全増悪による再入院が起きてくる。その誘因としては、塩分や水分制限の不徹底・感染症・治療薬服用の不徹底・過労・不整脈などといった患者側や医学的な要因があげられる23)。こうした要因の予防には心不全の疾患管理プログラムが必要で、そのプログラムは多職種によるチームアプローチ、専門的な教育を受けた医療従事者による患者教育や相談支援、包括的心臓リハビリテーションによるプログラムの実施、などを特徴とすることが我が国のガイドラインでも述べられていた16)。そうしたなか2021年春に心不全療養指導士の認定制度がスタートした。心不全療養指導士は病院・地域・在宅における心不全療養指導のエキスパートで、対象職種は看護師・保健師・理学療法士・作業療法士・管理栄養士・薬剤師・臨床工学技士・公認心理師・歯科衛生士・社会福祉士などである。また心不全療養指導士は各領域の専門知識・技術と基本的共通知識のもと、チーム医療/多職種連携という形で医師(循環器専門医・かかりつけ医・在宅医)や各専門資格を有するスタッフ(慢性心不全看護認定看護師、慢性疾患看護専門看護師、急性・重症患者看護専門看護師、病態栄養認定管理栄養士、NST(栄養サポートチーム)コーディネーター、心臓リハビリテーション指導士など)と一緒に患者と向かい合うことになる。心不全療養指導士に期待されるのは、①心不全療養指導に従事する医療専門職の知識および技能の向上、②数多くの医療専門職によるチーム医療の推進、③病棟・外来・在宅、そして地域での幅広い活動による医療連携の促進、である。これにより、我が国における質の高い心不全医療の推進と、国民全体の医療・福祉の向上に貢献すると考えられる。2021年には1,771名、2022年には1,649名が資格認定証とピンバッジを授与された。
前述の「2021年 JCS/JHFSガイドラインフォーカスアップデート版」は英語版が日本循環器学会誌(Circulation Journal) 24)と米国心不全学会誌(Journal of Cardiac Failure) 25)に同時掲載され、後者はEditorial Comment付きで掲載された26)。Editorial Commentでは、同ガイドラインの最も重要な特徴は「心不全療養指導士の役割」が述べられていることであり、2016年の「脳卒中・循環器病克服5カ年計画」の人材育成の取り組みとして、日本循環器学会によって2020年に創設された、と紹介されている。
心不全のパンデミック対策において、発症・増悪の予防はかかりつけ医、最適な治療は循環器内科医、疾病管理は多職種チーム・心不全療養指導士が主な担い手になる。こうした医療連携はCOVID-19のパンデミック対策の中で学ぶことにもなったと思われるが、これをサポートするのが日本循環器学会/日本脳卒中学会による「脳卒中・循環器病克服5カ年計画」(脳卒中と循環器病の年齢調整死亡率を5年で5%減少させる、健康寿命を延伸させる)、今後、自治体が取り組んでいく「循環器病対策推進計画」(2040年までに3年以上の健康寿命の延伸、年齢調整死亡率の減少を目指して、予防や医療、福祉サービスまで幅広い循環器病対策を総合的に推進する)である。今後とも、医師、多職種チーム・心不全療養指導士、関連学会、自治体すべてが連携して我が国における心不全のパンデミック対策に取り組んでいく必要がある。
文献
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