講演2:COVID-19と心不全
日本循環器学会COVID-19対策特命チーム委員長
野出 孝一氏
講演2において野出氏は、COVID-19入院患者(2020年1月1日~5月31日、国内49急性ケア病院、1,518例)を対象とした我が国の多施設共同観察研究(CLAVIS-COVID)で得られた一連のデータを概観すると共に、罹患後症状(遷延症状、後遺症)に焦点を当てたCOVID-19関連心障害に関する我が国の調査研究(TRACE-COVID、31例)の結果も紹介した。また、自らが委員長を務める日本循環器学会COVID-19対策特命チームによる種々の調査や提言などの活動内容などにも触れた。座長は前村浩二氏(長崎大学循環器内科教授/日本循環器学会 基本法・5カ年計画検討委員会副委員長)が務めた。
様々な切り口から解析されたCLAVIS-COVIDの急性期データを概観
COVID-19は、循環器疾患のうち心筋および心膜炎・心筋障害・不整脈・静脈血栓塞栓症/肺塞栓症・脳卒中・心不全/心原性ショック・急性冠症候群などと関連する。様々な切り口から解析された我が国における後ろ向きコホート研究CLAVIS-COVIDのデータからまずわかったのは、循環器疾患及びリスク因子(CVDRF)合併群(693例)では生存退院585例(84.4%)、院内死亡108例(15.6%)と、COVID-19初期のデータ(対象は全員がCOVID-19に対するワクチン未接種)では院内死亡率が高かったことである1)。なおリスク因子は高血圧・糖尿病・脂質異常症。年齢層からみた解析では、CVDRF合併の有無にかかわらずCOVID-19感染者のうち高齢者(65歳以上)の院内死亡率は15%を越えるとのデータが得られた。特に80歳以上では55歳未満より有意に院内死亡率が高かった2)。CVDRF合併群ではBMI(kg/m2)と院内死亡率との間に相関が認められ、BMI 18.5以上25.0未満を参照値1とすると、BMI 25.0以上30.0未満で1.46倍、BMI 30.0以上で3.28倍の院内死亡率になった3)。循環器疾患群において血清LDH (乳酸脱水素酵素、U/L)高値(356以上)は235未満、235以上~355未満と比べて院内死亡率が有意に増加した4)。CVDRF合併群における心房細動新規発症例では、心房細動例及び洞調律例と比べて急性呼吸窮迫症候群(ARDS)・多臓器不全・出血・脳卒中・院内死亡の頻度が増加していた。また心房細動新規発症例では、洞調律例よりもARDS・出血・院内死亡の頻度が有意に増加した5)。性差に関する解析も行われており、CVDRF合併例では80歳以上の高齢男性で院内死亡率が有意に増加した6)。入院中の血栓塞栓症予知には、全身性血栓塞栓症既往・性(男性)・侵襲的機械的換気サポートを必要とする低酸素血症・入院時におけるCRP値及びD-dimer・入院時における胸部X線上のうっ血、の6項目を使ったLASSO解析が有用であり、この新リスクモデルはD-dimer単独より院内での血栓塞栓症予知の点で有意に優れるとのデータも得られた7)。COVID-19関連心障害に関する調査研究(TRACE-COVID)では26%に心臓MRIで心筋炎所見
CLAVIS-COVIDはCOVID-19急性期予後の調査であったが、COVID-19では罹患後症状も問題になる。そこで慢性期におけるCOVID-19関連心障害を調査したのがTRACE-COVIDであり、対象は血中バイオマーカーにより心不全が疑われた症例である(図1)。図1 COVID-19関連心障害に関する調査研究(TRACE-COVID)
そこで得られた結果をまとめる。①COVID-19患者において左室心筋の異常造影効果(Late Gadolinium Enhancement:LGE)を31例中8例(26%)に認めた。図1記載の一次エンドポイントの心障害は31例中13例(42%)に生じた。②右室心筋や心膜のLGEを認めた患者はいなかった。③native T1(造影剤非使用下でT1mappingを撮影し得られた値で評価)の異常を14例中4例(29%)、心筋浮腫を31例中10例(32%)に認め、心臓MRI上の心筋炎の診断基準(modified Lake Louise Criteria)を満たす症例は31例中8例(26%)であった8)。左心機能及び右心機能の有意な低下も認めた。④LGEの局在は左室心筋の基部中隔の中層に多く存在し、LGEの体積は全心筋の15%ほどを占めていた。これらはすべてNon-ischemic patternのLGEであり(心筋全層に炎症がある)、心筋炎に合致する所見であった。LGEの範囲(severity)は中等度だった。これらの結果から、予想以上に心筋異常所見の頻度が高いとの印象を持った。無症状でも血中バイオマーカー高値症例では心筋炎に注意する必要がある。なおmRNAワクチン接種後の心筋炎は1~2.9%で軽度であることが知られている。
厚生労働省が発行した「COVID-19診療の手引き 別冊 罹患後症状」9)では、かかりつけ医等が循環器専門医に紹介するタイミングなどについて紹介している。また、コロナワクチンによる心筋炎が話題になっているなかで、「新型コロナウイルスワクチン接種後の急性心筋炎と急性心膜炎に関する日本循環器学会の声明」が出された(表1)。日本循環器学会は、新型コロナワクチンに伴う心筋炎について厚生労働省に参考人資料(表2)を提供するなどの活動も行った。
表1 新型コロナウイルスワクチン接種後の急性心筋炎と急性心膜炎に関する日本循環器学会の声明(2021年7月21日)
表2 新型コロナワクチンに伴う心筋炎(厚生労働省に提出した日本循環器学会参考人提出資料)
調査や提言など多彩な活動を続ける「COVID-19対策特命チーム」
日本循環器学会のアンケート調査(1,358の循環器研修施設、2020年8月17日)では、特に心不全において43.8%と高率に受診控えによる悪化を示す結果が示された10)。日本循環器学会のデータベース(JROADおよびJROAD -DPC)より匿名化したデータを抽出した検討では、感染拡大期間(COVID-19流行時、2020年1月~3月)では対照期間(COVID-19流行前、2015年~2019年1月~3月)と比べて、循環器急性疾患の入院治療が15.7%、循環器疾患の予定入院治療が11.3%、各々減少した。しかし唯一、静脈血栓塞栓症の予定入院治療が17.9%増加した。この増加は、COVID-19の影響とも考えられる。こうした状況のもとで日本循環器学会は、「心臓病をもつ患者さんに(新型コロナウイルスに関してお伝えしたいこと)」と題して、①症状がある時は受診して下さい(特に悪化する胸痛、動悸、息切れ、失神。まずは主治医に電話連絡を)、②お薬は、必ず継続して下さい、③感染予防に努めましょう、④手術・検査を延期する可能性、というメッセージを発信した(2020年4月17日)。以上のようなCOVID-19をめぐる日本循環器学会の活動は、学会内に設置された「COVID-19対策特命チーム」が、日本循環器連合(日本循環器学会を含む8学会)や感染症分野などの専門家と協力して行われた。前述の心筋炎に関するメッセージも「COVID-19対策特命チーム」により実施されている。続いて、「COVID-19に関する日本脳卒中学会・日本循環器学会共同声明」(2020年4月9日)と日本循環器学会が出した「COVID-19流行期における循環器医療体制維持に関する提言」(2020年4月26日)を取り上げた。前者は①地域医療圏における医療供給情報の共有と有効利用、②COVID-19発生数を減らす有効な対策実現、③脳卒中・循環器病救急医療施設間での院内感染対策を含む情報共有、などについて両学会の見解がまとめられている。後者、これも「COVID-19対策特命チーム」によるものだが、この提言では循環器医療体制を維持するために、①COVID-19院内感染予防の徹底、②診療に必要な個人防護具の確保、③標準予防策の習得、などの内容が盛り込まれており、循環器領域の検査・治療に関しても緊急と待機に分けてまとめられている。 同提言は、2020年6月に改訂版が出され、COVID-19の流行度や地域の医療資源の充足度に応じて診療の優先度を決めることが強調される内容になった。
我々はCOVID-19と戦う循環器専門医に、①防御(自己防御・防護具使用と手術室などの管理・患者スケジュールの管理)、②適応(血栓溶解の第一選択vsプライマリーPCI・VV/VA-ECMO使用・不要な検査の回避)、③連携(感染症制御チーム・集中治療専門医・呼吸器専門医など)、④アップデート(一般:WHO/CDC・心血管疾患特異的:AHA/ACC/ESC/CCS・地域社会)、などといった構成要素の重要性も伝えている11)。このうち連携に関して佐賀県では、県にCOVID-19の特命チームができて、県庁と佐賀大学病院の救急専門医や循環器内科医、医師会、関連病院がほとんど毎日のように一緒に会議を行ってきた。このように司令塔を持つ形の地域連携により、日々、情報を更新することの重要性を実感した。現在、「新型コロナウイルス感染症拡大による受診控えなどの状況も踏まえた循環器病の医療提供体制の構築に向けた研究」(令和3年度厚生労働科学特別研究事業)も進行中であり、同研究でもモデル事業として展開される地域病院、かかりつけ医、脳卒中・心臓病等総合支援センター(都道府県)の連携が重要視されている。
COVID-19ショックによって行動パターンの変化(在宅勤務・インターネットショッピングなどの増加)、ICT(情報通信技術)の活用(遠隔医療・ウェブ会議などの増加)が一層顕著になってきた。COVID-19パンデミック下あるいはパンデミック以後の心不全診療ではデジタルヘルスに一層注目が集まり、治療にとどまらず早期からの健康管理のために普及すると考えられる。予後という点では、広義のヘルスケア(見守り事業・モニタリングサービスなど)の国民の間への更なる浸透に期待したい。佐賀県では、これまでも心不全診療のICT連携を推進してきた。今後とも広くCOVID-19情報も含めた形でのデジタルヘルスに取り組み、「街全体で心不全を見守る」という考え方でsocial capitalism(社会関係資本)に基づく「SAGA SMART HEART TOWN」の構築を目指している。
1)Yamada T,et al.:Circ J 2021;85:2111-2115
2)Matsumoto S,et al.:Circ J 2021;85:921-928
3)Saito T,et al.:J Cardiol 2022;79:476-481
4)Masumoto A et al.:J Cardiol 2022;79:501-508
5)Sano T,et al.:Circ J 2022;86:1237-1244
6)Matsumoto S,et al.:Circ Rep 2022;4:315-321
7)Shibahashi E,et al.:Thromb Res 2022;216:90-96
8)Ferreira VM,et al.:J Am Coll Cardiol 2018;72:3158-3176
9)令和4年度厚生労働行政推進調査事業費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進事業「一類感染症等の患者発生時に備えた臨床的対応に関する研究」研究代表者 加藤康幸:新型コロナウィルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント 第1.1版 2022年6月17日
10)Mizuno A,et al.: Circ Rep 2021;3:100-104
11)Sugimoto T,et al.: Circ J 2020;84:1039-1043