心筋症とは
百村伸一
さいたま市民医療センター病院長
自治医科大学名誉教授
心臓はおもに筋肉でできており、その筋肉が一拍ごとに律動的に収縮することによって有効に全身や肺に血液を送り出すことができます。
心筋症とは心臓の筋肉自体に異常があり、その結果心臓の働きを維持できなくなる病気の総称です。
心筋症にはいくつかのタイプがあり、肥大型心筋症、拡張型心筋症、拘束型心筋症、不整脈原性右室心筋症などに分類されます。またアミロイドーシスやサルコイドーシス、ファブリ病など全身の病気に伴って心筋の障害を起こす場合は二次性心筋障害とも呼ばれます。
肥大型心筋症
高血圧や心臓弁膜症では心臓の負荷が増加した結果、適応現象として心臓の筋肉が厚くなり心臓肥大が起こりますが、そのような理由もないのに左心室または右心室の心筋の肥大(厚くなること)が起こり、心臓の機能が損なわれるのが肥大型心筋症です。肥大型心筋症にはさらに左心室の出口(左室流出路)の筋肉が厚くなり血液が全身に送られるのを妨げる閉塞性肥大型心筋症、左心室の先端の心尖部と呼ばれるところの心筋が特に肥大する心尖部肥大型心筋症、収縮力が低下して後述の拡張型心筋症と類似の病態を呈する肥大型心筋症拡張相などのタイプがあります。
肥大型心筋症の原因の約6割は心筋を形成する様々なたんぱく質の遺伝子の変異によるものです。
【症状】
軽症では無症状のことが多く、健康診断の心電図異常がきっかけとなって診断されることがよくあります。しかし、心筋が厚くなると心臓の血液の"ため"が悪くなり全身に血液を送り出しにくくなるので、その結果、息切れや呼吸困難などの症状がおこることがあります。また心筋症には不整脈を合併しやすいため動悸もよくみられる症状の一つです。閉塞性肥大型心筋症では脳に十分血液が送られなくなる結果、立ち眩み、失神などの症状も起こります。身体所見としては特に閉塞性肥大型心筋症の場合には狭くなった左室流出路を血液が流れる際に特徴的な心雑音が聴取されます。また僧帽弁閉鎖不全による収縮期雑音、肥大を反映するIV音などもしばしば聴取されます。
【診断】
心電図:心電図では左心室の筋肉の肥大を反映する左室肥大の所見(左側胸部誘導における高電位、ST低下など)が主体です。心尖部肥大型心筋症では左側胸部誘導の巨大陰性T波が特徴的とされています。
心エコー:肥大型心筋症の診断に最も役立つのは心エコーです。心エコーで左室の心筋の肥厚を詳しく観察することができます。左室の肥厚があり高血圧などその原因となる病気が無い場合には肥大型心筋症を疑います。閉塞性肥大型心筋症ではドップラーという血流を調べる方法で、狭くなった左室流出路(左室の出口)の前後で圧の差があることがわかります。閉塞性肥大型心筋症では、僧帽弁が狭い左室流出路に吸い込まれることによって起きる僧帽弁閉鎖不全や僧帽弁尖の収縮期前方運動(SAM)も特徴的です。
心臓MRI:心臓MRIも左室の画像診断に有用な情報をえられる検査法です。ガドリニウムという造影剤を用いたMRI検査では心筋の傷害の程度も評価できます。
心臓カテーテル検査:左心室の形態、血行動態などの情報が得られるほか、冠動脈造影によって虚血性心疾患との鑑別を行ったり、心筋生検によって心筋のサンプルを採取し診断に役立てます。心筋生検で得られた心筋細胞の錯綜配列といった肥大型心筋症に特徴的な所見が得られ、肥大をきたす他の疾患との鑑別にも有用です。
【治療】
閉塞性肥大型心筋症に対しては流出路狭窄を改善するためにβ遮断薬、カルシウム拮抗薬、ジソピラミド、シベンゾリンなどの心筋の収縮力を抑制する作用のある薬剤が用いられます。これらの薬物の効果が不十分な場合には流出路の筋肉を削り取る手術、冠動脈内にアルコールを注入し肥厚した筋肉を壊死させるカテーテル治療(経皮的中隔心筋焼灼術PTSMA)、メースメーカー治療などが行われます。
最近、心筋の主要構成タンパクであるミオシンの働きを抑えるミオシン阻害薬が閉塞性肥大型心筋症の流出路狭窄の程度をやわらげ、症状を改善するということが海外から報告されています。
【予後】
肥大型心筋症の予後はさほど悪いわけではなく年間死亡率は0.5~1.5%とされていますが、死因としては突然死や心機能が悪化して心不全でなくなる心不全による死亡、脳卒中などがあります。
拡張型心筋症
心臓の筋肉の収縮力が低下するために心臓全体の収縮が低下し、心臓は拡大し、心不全症状を呈します。冠動脈疾患や他の疾患でも同様の病態を呈し、これらとの鑑別(見分け)が必要となります。
肥大型心筋症と同様に心筋を構成するたんぱく質の遺伝子変異によって起きる場合もありますが、肥大型心筋症ほど多くはなく、心筋の炎症を伴うもの、心筋に対する自己免疫反応が関与するものなどもあると考えられています。
我が国での正確な頻度は不明ですが、我が国に120万人いると言われる心不全患者のうち約30%は心筋症によるものとの報告もあり、その多くは拡張型心筋症と推定されます。
拡張型心筋症そのものの予後に関する正確なデータはありませんが心不全患者の年間死亡率は7~8%、一度心不全で入院した患者が1年間に再入院する割合は25%程度と考えられます。主な死因は心不全の悪化による心不全死、重症不整脈が原因となる心臓突然死などです。
【症状】
ある程度進行するまでは無症状で経過しますが、進行すると心機能が低下し、労作時の息切れ、倦怠感、足のむくみなどの慢性心不全症状がみられます。また急激に悪化すると起坐呼吸、手足の冷感、意識障害、等の急性心不全症状を呈します。
【診断】
心電図:左室高電位あるいは低電位、陰性T波、ST低下、異常Q波、QRS幅の延長など様々な異常が見られます。また心房細動、心室期外収縮、心室頻拍などの不整脈の合併も多くみられます。
胸部X線:心臓は拡大し、心不全の所見として肺うっ血、胸水などもみられます。
血液検査:心不全を反映し、重症度に応じて利尿ペプチド(BNPや NT-proBNP)の上昇がみられます。また心筋細胞が壊れたときに血中に出てくるトロポニンが上昇していることもあります。
心エコー:左室サイズの拡大、左室収縮の低下(左室駆出率の低下)が基本で、ドップラー検査では拡張期の血流の異常や僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全などもみられることがあります。
その他の画像診断:MRI、CT、PETなども必要に応じて行われます。冠動脈CTは冠動脈疾患との鑑別に有効でPETは二次性心筋症であるサルコイドーシスの診断に役立ちます。
心臓カテーテル検査:冠動脈造影は虚血性心疾患の診断に必須であり、また心筋生検は心筋の線維化や炎症の有無などの評価のみならず、サルコイドーシスなどの診断にも有効です。
【治療】
拡張型心筋症の治療は心不全の治療とオーバーラップしますので詳細は述べませんが、生存率を高めるためのβ遮断薬、ミネラロコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、ACE阻害薬、ARB、サクビトリル・バルサルタン、SGLT2阻害薬などに加えて、うっ血に基づく呼吸困難や浮腫などの症状をとるための利尿薬などが用いられます。また突然死を予防するためのICD(植え込み型除細動器)、左室全体の動きを同期させて収縮力を高めるために特殊なペースメーカーを埋め込むCRT(心臓再同期療法)も必要に応じて植え込みが行われます。心機能が低下した結果生じる僧帽弁閉鎖不全が重症の場合には僧帽弁をクリップで挟んで逆流を減らすMitraClipも最近行われるようになりました。
これらの治療が功を奏さない場合には一定の条件のもとにLVAD(左室補助人工心臓)の植え込みや心臓移植も考慮されます。
運動療法を中心とした心臓リハビリテーションも心不全の悪化による入院や死亡を予防することがわかっています。
拘束型心筋症
心筋組織に線維化が起き、心臓の筋肉組織の弾力性が低下し、拡張期に血液をためる機能が低下し心不全に陥いった状態です。稀な病気です。
二次性心筋症
二次性心筋症の主なものは以下のとおりです。
1) 心アミロ―ドーシス
アミロイドーシスはトランスサイレチン (TTR),Amyloid A蛋白(AA)などで形成されるアミロイドという物質がいろいろな組織に蓄積されることにより起こります。心筋組織が厚くなり拡張期に血液を心臓にためる機能が低下しますが、やがて収縮力も低下してきます。
最近まで原因的な治療法が見つかっていませんでしたが近年TTRが蓄積するタイプのアミロイドーシスに対して有効な薬も開発され我が国でも使えるようになりました。
2) サルコイドーシス
全身の炎症性疾患であるサルコイドーシスが心臓にも及ぶと心臓の収縮機能が低下したり不整脈が起こります。診断にはPETの信頼性が高く、ステロイドが有効です。
3) ファブリ病
ファブリ病はX 染色体の遺伝性の疾患でαガラクトシダーゼAという酵素の欠損によってグロボトリアオシルセラミドという物質が蓄積されることにより様々な臓器に障害を起こす病気です。収縮力が徐々に低下します。女性では比較的軽症です。全身の症状の一つとして心臓には左室肥大を起こし、肥大型心筋症との鑑別が必要となります。
早期に診断できると酵素補充療法が有効です。
(2023年8月掲載)
妊娠と期外収縮、小学校の心電図検診でQS型といわれた、不整脈と弁膜症で心不全に、狭心症の疑いなど、日本心臓財団は7,500件以上のご相談にお答えしてきました。