腹部大動脈瘤の治療方針
69歳の母についてご相談します。
昨年末、夕方に背中に激痛、息ができなくなり救急外来を受診し、胸部大動脈解離および腹部にも動脈瘤が見つかりました。腹部大動脈瘤は44ミリ、胸部の解離は閉塞していました。腹部大動脈瘤の手術は、合併症の危険もあり、保存治療のほうがよいとの主治医の判断で、血圧コントロールにより様子を見ています。
このまま様子を見ていてよいのでしょうか。地元の医療機関では手術は難しいので、ステント治療もできる病院でみてもらったほうが良いのでしょうか。
セカンドオピニオンを家族が受ける場合、複数の医療機関へセカンドオピニオンを受けに行くことも可能でしょうか。その場合、主治医の先生どのように依頼すればよいのでしょうか。
回答
69歳女性の腹部大動脈瘤の治療方針に関する質問と見受けます。
はじめにお断りしておきたいのですが、大動脈瘤の画像診断は専門性が強く、瘤径の測定にしても医師により異なる数字になることがあります。また、腹部大動脈瘤の形態や範囲によっても治療の選択肢や危険性が大きく異なってきます。ですから、あくまでも
1)通常の部位(腎動脈下腹部大動脈瘤といって、腎臓へ行く血管から2?3cm下方から拡張がはじまるもの)に存在する
2)大動脈の次にある左右総腸骨動脈には瘤病変はない
3)44mmという測定値が正しいものである
との前提で回答いたします。
大動脈瘤の手術適応は、基本的に瘤径で決定します。なぜならば、破裂の危険性は概ね瘤径によって決まるからです。大動脈瘤は通常は無症状ですので、手術の目的は専ら「破裂による突然死を予防する」ことにあり(手術により元気が出たり体調が改善したりする訳ではありません)、一方手術にはそれなりの危険が伴うことから、「破裂の危険性>手術の危険性」となって初めて「手術をするほうが分が良い」ことになります。
腹部大動脈瘤の手術適応は径5cm以上が基準ですので、おかかりの先生のおっしゃるとおり現時点で積極的に手術を勧めることはありません。ただし、4?4.5cmでも若年者であれば手術の危険性も少ないうえに、「いつかは5cmになるのだから、早く手術して安心して日常生活を送りたい」と考える患者さんには手術を行います。ちなみに、欧米では5.5cmが基準です。
健康で活動度の高い69歳女性でしたら、ご希望次第では手術の選択肢はあると思います。
なお、繰り返しますが「44mmならば破裂しない、大丈夫」という保障ではありません。あくまでも「このまま経過観察するほうが、手術の危険性より分が良い」ということです。
ステント治療は、現時点では日本においては「全身状態のあまり良くない高齢者には向いている」との認識です。治療後2?5年程度でいろいろなトラブルを生じてしまうことが非常に高率です。ただし、この欠点は使用するステントの改良により急速に改善しつつあります。アメリカでは患者さんの1/3?1/2程度が手術でなくステント治療を受けています。これは、アメリカでは手術の危険性が日本よりきわめて高く(手術死亡率はアメリカの6%程度に対し日本は1?2%)、また高度肥満の患者さんが多いこと、さらにステント治療は病院にとって高い収入につながること、など様々な理由があります。
現在では保険適応承認もとれ、熟練した医師により改良された道具が使用されるのであれば、一考の価値ありと考えます。なお、血管の形態により適応不可能なことがあります。
主治医の先生には、ありのまま「**病院へ話を聞きに行きたいので紹介状と資料をお願いします」と伝えれば大丈夫でしょう。