大動脈拡大の治療
健康診断で、57歳の母が心臓の病気にかかっていると診断されました。
聴診器の診察で明らかに逆流しているとみられる雑音が確認できたとのこと。後日、エコー、CT検査の結果、大動脈弁閉鎖不全症、上行大動脈拡大と診断されました。
上行大動脈拡大は通常30mmが55mmになっており現内科医の診察ではすぐに手術が良いのではとの見解でした。また丸1日胸に機械を付けて心電図検査も行いましたが、そちらは異常なしとのことでした。
担当医の話では、とりあえず手術できる病院を選択し、その後今回のCT等を外科医でみてもらい、新たに外科療法の説明があるとのことでした。手術の時期は医師によって見解が違い、半年から1年様子を見てなど判断されることもあるかもといわれました。
大動脈弁閉鎖不全症と上行大動脈拡大とは2つの病気が発生しており、手術も2種類行うということになるのでしょうか?そうなると手術のリスクは何%くらいなのでしょうか?大動脈弁閉鎖不全症では3?5%程と認識していますが、上記の2つだとさらに難しい手術ということになるのでしょうか?
上行大動脈拡大とは、風船の原理で考えるのと同じで、血管が広がって薄くなっており、切れてしまうと一瞬で終わるといわれましたが、この55mmという数字はその可能性がどれほどなのでしょうか?
本人はいたって変わりなく元気そうなのですが、無理しているのでは、と心配です。
回答
患者さんは、57歳の女性で上行大動脈拡大を合併した大動脈弁閉鎖不全症である、ということなので、まず上行大動脈拡大、ついで大動脈弁閉鎖不全症、最後に治療について説明いたします。
1) 上行大動脈拡大
成人の上行大動脈の内径は、約30mmです。その内径が55mmだとすれば、約1.8倍に拡大し、円周は1.8倍に伸びています。断面積は3.4倍に拡大し、大動脈の壁の厚さは恐らく1/2ぐらいに薄くなっています。また、大動脈壁にかかる張力(応力)は、血圧が変わらないと仮定しても、やはり1.8倍に上昇しています。したがって、大動脈内径が拡大すればするほど、張力は増大し、ますます破裂しやすくなります。破裂してしまってからでは、手遅れということになります。
また、上行大動脈拡大を伴っていれば、大動脈弁に異常がなくても、弁尖と弁尖が完全に接着せず、弁尖と弁尖の間に隙間が生じて、大動脈弁逆流を招来し、いわゆる大動脈弁閉鎖不全を呈することになります。
2) 大動脈弁閉鎖不全症
大動脈弁閉鎖不全症は、大動脈弁自体に病変がある場合も、ない場合も含めて、大動脈弁逆流を呈する疾患でありますが、本例の場合は大動脈弁輪拡張症(AAE)による大動脈弁閉鎖不全と考えられます。大動脈弁閉鎖不全においては、収縮期に左心室から大動脈へ拍出された血液の何%かが、拡張期に弁閉鎖不全の大動脈弁口の隙間を介して、左心室へ逆戻りする病態であります。
大動脈弁逆流が存在する場合、拡張末期において、左心房からの流入血と大動脈弁口からの逆流血が、左心室内で合流するので、左心室内の血液量が増加して、左心室末期容量が増大し、心拡大をきたすことになります。左心室の拡大が進行すると、大動脈弁口も拡大し、逆流量が増加して左心室の容量はますます増大して行き、その結果、心機能低下を招き、究極は心不全を招来して、心筋に障害をきたすことになります。
3) 大動脈弁輪拡張症(AAE)の治療
根本的な治療としては、外科手術しかありません。手術は、大動脈弁を人工弁に置換し、上行大動脈を人工血管に、同時に置換する手術、すなわち、Benthal(ベントール)手術、または、その変法であるCabrol(キャブロール)手術のいずれかの方法が行われます。ベントールの手術は、起始部にあらかじめ人工弁を逢着した人工血管と上行大動脈および大動脈弁を同時に取り換える手術であり、ベントール手術もキャブロール手術も1回の手術で可能です。手術時期については、左心機能障害が高度にならないうちに、また薄くなった大動脈が破裂しないうちに施行するのが肝要です。