不整脈の薬物治療は、いくつかの仮説とその検証により進歩してきた。その結果分かったことは、「不整脈患者すべてにおいて治療が必要とは限らない」ということである。不整脈の治療では、不整脈を継続的に観察し、患者の生命予後とQOLを考慮しながら治療方法を選択していくことが最も大切だという。しかしその主要な選択肢のひとつである抗不整脈薬には、副作用の多さなどまだ重要な問題が残っている。山下武志氏は、これまでの抗不整脈薬治療の考え方の変遷を紹介しながら、その現状および今後の展望について語った。
心臓突然死の危険因子は左室機能低下を伴う心室期外収縮
図1は過去の古いデータだが、24時間心電図(ホルター心電図)の記録から、どういう人が心臓突然死を起こしやすいかを解析したものである。これを見ると、心臓突然死を起こした人は、心不全で死亡した人や生存者と比べ、1日に起こる心室期外収縮の数が極めて多く、心室期外収縮が3連発以上続く心室頻拍も群を抜く多さとなっている。こういったデータから、1980年代当時は、「心臓突然死を減らすには心室頻拍を減らせばよい」との考え方が主流であった。そこで、抗不整脈薬を投与して心室頻拍を減らし、死亡率を下げようという治療がなされていたのである。しかし、1990年代に入り、さまざまな大規模臨床試験によってこの考えが誤りだということが分かってきた。そのきっかけとなったのがCAST試験である。これは心筋梗塞後で心室性不整脈のある患者を対象に、抗不整脈薬の投与で不整脈による死亡を抑制できるかどうかを検討した試験だが、その結果は、抗不整脈薬投与群はプラセボ群と比べ1年後の死亡率が有意に上昇するという衝撃的なものだった。
一方、ホルター心電図で3連発以上の心室期外収縮がなかった人[VT(−)]とあった人[VT(+)]とで、左室機能と心臓突然死の関係を比較した結果を見ると、突然死が最も多いのはVT(+)の人で、かつ左室機能が低下している人だった。逆に、VT(+)でも左室機能が低下していなければ、必ずしも突然死につながるわけではなかった。
こういった新たなデータが出たことで、「単に心室頻拍があるというだけで抗不整脈薬を投与してよいのか」という問題が浮上し、現在では「誰に抗不整脈薬を投与するか」が治療の重要なポイントとなっている。
本当に治療しなければならない不整脈患者とは
これまでに行われた大規模臨床試験の結果から、心疾患がなければ、心室期外収縮の有無に関係なく予後は良好であることが分かっている。したがって、そういう人には薬物治療の必要はなく、そのことをきちんと説明し、安心してもらうことが最も大切な治療となる。本当に心室頻拍の治療が必要なのは、心筋梗塞後24時間以上経過した人、とくにそのなかでも左室機能が悪い人である(表1)。さらに閉塞性肥大型心筋症を有する若年者も心室頻拍が予後不良因子となる。これ以外の心室頻拍は基本的には問題がない。
不整脈は症状と生命予後というものがまったく別に存在する疾患であり、したがって治療の目的も、QOLの向上なのか、生命予後改善なのかを別々に考える必要がある。その治療選択肢として、患者教育、ペースメーカーなどのデバイス、抗不整脈薬などの薬物療法があるということになる。
洞調律の維持と正しいワルファリンコントロールが心房細動や脳梗塞を予防する
高齢化社会が進み、新たに注目されてきた不整脈に心房細動がある。日本循環器学会の調査によると、現在、日本の心房細動患者は70万人以上。心房細動は高齢になればなるほど増えるため、やがて100万人を突破するだろうといわれている。
「心房細動の人は正常な脈の人より脳梗塞の危険が4〜5倍高まる」という疫学調査もあり、2000年までは「心房細動を治療して脳梗塞を予防する」という考え方が主流であった。その当時は、心房細動治療の効用として、脳梗塞の予防、心不全の予防、QOLの改善とともに、脳梗塞予防に用いられるワルファリンが不要になると考えられていた。
しかし、この考え方も2000年代に入ってから、欧米で行われたいくつかの大規模臨床試験によって誤りだということが分かってきた。2002年に報告されたAFFIRM試験では、心房細動を抗不整脈薬などで正常な脈(洞調律)に維持した群と、心房細動はそのままに心拍数のみを調節した群とで予後を比較したが、死亡率は心拍数調節群の方がむしろ低い傾向となり(表2)、脳梗塞発症は両群で差がないという結果だった。さらに別の試験からも、抗不整脈薬は心房細動患者の生命予後を改善しないという結果が次々と報告された。それら複数の試験結果をまとめてみても、抗不整脈薬で心房細動を治療してもしなくても、生命予後にはほとんど差がなく、改善効果が期待された脳卒中にいたっては、むしろ治療しない方が発症リスクが低いという傾向が認められる。
しかし、山下氏は「この結果には理由がある」という。1つはワルファリンの服用状況である。前出のAFFIRM試験では、両群とも、脳卒中を発症した人の大半はワルファリンを飲んでいなかった人たちだった。
では、心房細動が治ったのなら、ワルファリン服用の有無に関わらず、なぜ脳梗塞を予防できないのか、という疑問が生じる。これに対して山下氏は、「そこには無症候性心房細動という落とし穴があるからだ」という。つまり、心房細動は自覚症状のないことも多いため、症状だけで治ったと思っても、実際は治っていない可能性がある。AFFIRM試験のデータから、生命予後の改善のためには、正常な脈(洞調律)にする方がよく、さらに無症候性心房細動の可能性もあるのでワルファリンを飲み続けた方がよいことが分かっている(表2)。
しかし、心房細動患者にとって大切なのは生命予後だけではない。動悸発作で苦しんでいるのなら、抗不整脈薬で洞調律にした方がQOLが向上し、自覚的幸福度が高まる。したがって、抗不整脈薬にはさまざまな問題があるが、それらを十分認識した上で、患者教育をしながら、必要な患者にのみ抗不整脈薬を投与するというのが現状なのだという。
不整脈薬物治療の展望
最近、不整脈治療の新たな流れとして、不整脈になる前にその原因を治してしまおうという考え方が出てきた。
2005年に報告されたVal-HeFT試験では、洞調律の心不全患者に降圧薬であるアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を投与し、心房細動がどの程度発症するかを調べた(図2)。その結果、ARBを投与した人の方が心房細動になりにくいという結果が出た。これと同様の結果はいくつか報告されており、それによって、現在では不整脈が起きる前の、ずっと上流を治療するという「不整脈を起こさせない治療」に目が向けられている。また、副作用の少ない抗不整脈薬の開発、例えば心房のみに効く薬物の開発も進められている。
一方、これまでは欧米の試験結果が日本の臨床に応用されてきたが、それでは日本の現場に即した不整脈治療の展望は開けないとの思いから、日本心臓財団の班研究として心房細動患者を対象にJ-RHYTHMという試験が2003年に始まり、現在その報告が待たれている段階であるという。その他にも致死性の心室性不整脈患者を対象としたNIPPON試験が進行中で、さらに心房細動の起こる前の上流治療に関する試験も企画されている。
最後に山下氏は、「今後、これらの試験から日本人独自のデータが出てくれば、我々の不整脈に対する薬物治療の考え方は変わるのではないか」と述べ、講演を終えた。