第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
不整脈の薬物治療は、いくつかの仮説とその検証により進歩してきた。その結果分かったことは、「不整脈患者すべてにおいて治療が必要とは限らない」ということである。不整脈の治療では、不整脈を継続的に観察し、患者の生命予後とQOLを考慮しながら治療方法を選択していくことが最も大切だという。しかしその主要な選択肢のひとつである抗不整脈薬には、副作用の多さなどまだ重要な問題が残っている。山下武志氏は、これまでの抗不整脈薬治療の考え方の変遷を紹介しながら、その現状および今後の展望について語った。
心臓突然死の危険因子は左室機能低下を伴う心室期外収縮
図1は過去の古いデータだが、24時間心電図(ホルター心電図)の記録から、どういう人が心臓突然死を起こしやすいかを解析したものである。これを見ると、心臓突然死を起こした人は、心不全で死亡した人や生存者と比べ、1日に起こる心室期外収縮の数が極めて多く、心室期外収縮が3連発以上続く心室頻拍も群を抜く多さとなっている。こういったデータから、1980年代当時は、「心臓突然死を減らすには心室頻拍を減らせばよい」との考え方が主流であった。そこで、抗不整脈薬を投与して心室頻拍を減らし、死亡率を下げようという治療がなされていたのである。しかし、1990年代に入り、さまざまな大規模臨床試験によってこの考えが誤りだということが分かってきた。そのきっかけとなったのがCAST試験である。これは心筋梗塞後で心室性不整脈のある患者を対象に、抗不整脈薬の投与で不整脈による死亡を抑制できるかどうかを検討した試験だが、その結果は、抗不整脈薬投与群はプラセボ群と比べ1年後の死亡率が有意に上昇するという衝撃的なものだった。一方、ホルター心電図で3連発以上の心室期外収縮がなかった人[VT(-)]とあった人[VT(+)]とで、左室機能と心臓突然死の関係を比較した結果を見ると、突然死が最も多いのはVT(+)の人で、かつ左室機能が低下している人だった。逆に、VT(+)でも左室機能が低下していなければ、必ずしも突然死につながるわけではなかった。
こういった新たなデータが出たことで、「単に心室頻拍があるというだけで抗不整脈薬を投与してよいのか」という問題が浮上し、現在では「誰に抗不整脈薬を投与するか」が治療の重要なポイントとなっている。
本当に治療しなければならない不整脈患者とは
これまでに行われた大規模臨床試験の結果から、心疾患がなければ、心室期外収縮の有無に関係なく予後は良好であることが分かっている。したがって、そういう人には薬物治療の必要はなく、そのことをきちんと説明し、安心してもらうことが最も大切な治療となる。本当に心室頻拍の治療が必要なのは、心筋梗塞後24時間以上経過した人、とくにそのなかでも左室機能が悪い人である(表1)。さらに閉塞性肥大型心筋症を有する若年者も心室頻拍が予後不良因子となる。これ以外の心室頻拍は基本的には問題がない。不整脈は症状と生命予後というものがまったく別に存在する疾患であり、したがって治療の目的も、QOLの向上なのか、生命予後改善なのかを別々に考える必要がある。その治療選択肢として、患者教育、ペースメーカーなどのデバイス、抗不整脈薬などの薬物療法があるということになる。
表1.非持続性心室頻拍と生命予後
Demosthenes G et al. Eur Heart J 2004; 25: 1093
洞調律の維持と正しいワルファリンコントロールが心房細動や脳梗塞を予防する
高齢化社会が進み、新たに注目されてきた不整脈に心房細動がある。日本循環器学会の調査によると、現在、日本の心房細動患者は70万人以上。心房細動は高齢になればなるほど増えるため、やがて100万人を突破するだろうといわれている。「心房細動の人は正常な脈の人より脳梗塞の危険が4~5倍高まる」という疫学調査もあり、2000年までは「心房細動を治療して脳梗塞を予防する」という考え方が主流であった。その当時は、心房細動治療の効用として、脳梗塞の予防、心不全の予防、QOLの改善とともに、脳梗塞予防に用いられるワルファリンが不要になると考えられていた。
しかし、この考え方も2000年代に入ってから、欧米で行われたいくつかの大規模臨床試験によって誤りだということが分かってきた。2002年に報告されたAFFIRM試験では、心房細動を抗不整脈薬などで正常な脈(洞調律)に維持した群と、心房細動はそのままに心拍数のみを調節した群とで予後を比較したが、死亡率は心拍数調節群の方がむしろ低い傾向となり(表2)、脳梗塞発症は両群で差がないという結果だった。さらに別の試験からも、抗不整脈薬は心房細動患者の生命予後を改善しないという結果が次々と報告された。それら複数の試験結果をまとめてみても、抗不整脈薬で心房細動を治療してもしなくても、生命予後にはほとんど差がなく、改善効果が期待された脳卒中にいたっては、むしろ治療しない方が発症リスクが低いという傾向が認められる。
しかし、山下氏は「この結果には理由がある」という。1つはワルファリンの服用状況である。前出のAFFIRM試験では、両群とも、脳卒中を発症した人の大半はワルファリンを飲んでいなかった人たちだった。
では、心房細動が治ったのなら、ワルファリン服用の有無に関わらず、なぜ脳梗塞を予防できないのか、という疑問が生じる。これに対して山下氏は、「そこには無症候性心房細動という落とし穴があるからだ」という。つまり、心房細動は自覚症状のないことも多いため、症状だけで治ったと思っても、実際は治っていない可能性がある。AFFIRM試験のデータから、生命予後の改善のためには、正常な脈(洞調律)にする方がよく、さらに無症候性心房細動の可能性もあるのでワルファリンを飲み続けた方がよいことが分かっている(表2)。
しかし、心房細動患者にとって大切なのは生命予後だけではない。動悸発作で苦しんでいるのなら、抗不整脈薬で洞調律にした方がQOLが向上し、自覚的幸福度が高まる。したがって、抗不整脈薬にはさまざまな問題があるが、それらを十分認識した上で、患者教育をしながら、必要な患者にのみ抗不整脈薬を投与するというのが現状なのだという。
表2.AFFIRM Study登録患者の生命予後規定因子
The AFFIRM Investigators. Circulation 2004; 109: 1509
不整脈薬物治療の展望
最近、不整脈治療の新たな流れとして、不整脈になる前にその原因を治してしまおうという考え方が出てきた。2005年に報告されたVal-HeFT試験では、洞調律の心不全患者に降圧薬であるアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を投与し、心房細動がどの程度発症するかを調べた(図2)。その結果、ARBを投与した人の方が心房細動になりにくいという結果が出た。これと同様の結果はいくつか報告されており、それによって、現在では不整脈が起きる前の、ずっと上流を治療するという「不整脈を起こさせない治療」に目が向けられている。また、副作用の少ない抗不整脈薬の開発、例えば心房のみに効く薬物の開発も進められている。
図2.ARBによる心房細動の発症抑制効果
一方、これまでは欧米の試験結果が日本の臨床に応用されてきたが、それでは日本の現場に即した不整脈治療の展望は開けないとの思いから、日本心臓財団の班研究として心房細動患者を対象にJ-RHYTHMという試験が2003年に始まり、現在その報告が待たれている段階であるという。その他にも致死性の心室性不整脈患者を対象としたNIPPON試験が進行中で、さらに心房細動の起こる前の上流治療に関する試験も企画されている。
最後に山下氏は、「今後、これらの試験から日本人独自のデータが出てくれば、我々の不整脈に対する薬物治療の考え方は変わるのではないか」と述べ、講演を終えた。
【目次】
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」