第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
不整脈の正確な診断・治療のためには、動悸などの症状が発現した時の心電図が必要となる。しかし、稀にしか起こらない発作性不整脈の場合、病院で症状発現時の心電図をとれることはほとんどない。一方で、発作性不整脈のなかにも、緊急の治療を要するものが含まれているという現状がある。そこで岩永史郎氏らの施設では、こういった発作性不整脈の診療に、患者がいつでも自分で心電図を記録することができる携帯型心電計を活用し、効果を上げている。今回、同氏はその経験を元に、不整脈の薬物治療における問題点、および発作性不整脈治療における携帯型心電計の意義について概説した。
不整脈治療における問題点と特徴
不整脈の薬物治療には、いくつかの問題点と特徴がある。まず、不整脈の種類によって緊急性が異なるという点が挙げられる。不整脈のなかには動悸発作が起こるとすぐに血圧の低下から脳の循環機能低下を招き、意識を失ってしまう重症かつ緊急性の高いものがあるかと思えば、放置していても問題のないものまでさまざまである。さらに一人の患者が複数の異なる不整脈を有していることもある。
一方、薬剤については、不整脈の種類によって治療薬が異なり、抗不整脈薬は他の薬剤と比べ副作用が多いという特徴がある。なかでも不整脈の治療薬でありながら別の危険な不整脈を誘発する催不整脈作用と呼ばれる副作用は、薬物治療における大きな問題である。さらに、不整脈は薬剤で100%抑えられるわけではなく、抗不整脈薬の有効率は70~80%といわれている。
こうしたことから、適切な薬物治療のためには、不整脈の正しい診断とともに、投与した薬剤が効いているかどうかを判定することが極めて重要だ。さらに、不整脈の診断は一度で終わるものではなく、薬物治療を開始してからも新たな別の不整脈が起こっていないかどうか、心電図で監視することが必要となる。しかし、稀にしか起こらない発作性不整脈で、このような監視を行うことは現実問題としてなかなか難しい。
携帯型心電計による伝送・診断システム
岩永氏らの施設では、携帯型心電計をおもに発作性不整脈の診断・治療に役立てている。使用している携帯型心電計は、たばこの箱程度の大きさで軽量、かつ電話伝送機能のついたものだ。患者はこの携帯型心電計をいつでも持ち歩き、症状を自覚すると自分で心電図をとり、その心電図を簡単な操作で医療機関に電話送信できるようになっている。送信された心電図は医療機関のコンピュータが受信し、医師はその心電図をもとに診断し、結果をコンピュータに登録する。患者は電話の合成音声でその結果を聞くことができるというシステムだ(図1)。このシステムを活用すると、医師は患者の心電図を長期に監視することができ、発作性不整脈であっても、発作時の心電図をすぐに確認し、薬剤服用や受診の必要性などの指示を患者に出すことが可能となる。
図1.心電図伝送・診断システム
発作性不整脈の症状と心電図所見は必ずしも一致しない
岩永氏は、実際にこの診断システムを活用した発作性心房細動の一例から、自覚症状と心電図記録との関係を検討した(表)。
送信された心電図を診断した結果、無症状時は正常洞調律が94%、危険性のない軽い不整脈(期外収縮)が6%で、心房細動は0%だった。動悸時の心電図では、心房細動が25%に過ぎず、期外収縮が58%を占め、正常洞調律も17%含まれていた。このことから、たとえ発作性心房細動と診断された患者であっても、動悸発作のすべてが心房細動というわけではなく、軽い期外収縮や正常洞調律でも動悸を自覚する場合があることが分かる。また、同様の発作性心房細動患者8例についての検討からも、動悸時の心電図記録のうち心房細動は35%に過ぎないという結果が得られている(図2)。
これらの結果を踏まえ、岩永氏は「動悸症状が出た時に頓服する抗不整脈薬は、携帯型心電計で発作時の心電図を確認してから服用するよう指示すれば、無効な服薬を防ぐことになり、治療の安全性の向上にもつながる」との考えを示した。
不整脈治療には携帯型心電計を活用した診断システム作りが不可欠
岩永氏らの施設では、2003年4月から9月までの半年間(182日間)で、約200人の患者に携帯型心電計が使用された。その受信記録を集計・解析したところ、時間帯ごとの受信頻度は午前8時~10時くらいが最も多かったという(図3)。これは夜に起こった動悸発作時の心電図を翌日の朝に伝送してくる患者が多いためと考えられる。しかし、なかには心配で結果をすぐに知りたいと夜中に心電図を伝送してくる患者もおり、その場合、医師は24時間体制で診断しなくてはならず、かなりの重労働となる。そこで、こういった問題を解決すべく、最近ではインターネットを介して診断するシステムが開発されている。このシステムで用いられる携帯型心電計は、記録が終わると機器に内蔵されているPHSデータ通信カードによって自動的に受信センターに心電図が送られる仕組みになっており、医師には受信センターから心電図受信メールが送られる。メールを受信した医師はすぐにインターネットにアクセスし診断をすることができ、自宅や休暇中でも迅速な診断が可能になる。
最後に岩永氏は「こうした心電図伝送・診断システムの構築が、不整脈の正しい診断や薬物治療の安全性を高めるために不可欠である」と結んだ。
【目次】
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」