第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
佐藤氏は、新しい画像診断法であるマルチスライスCTの仕組みと実例を紹介し、「血管内の壊れやすいプラークを鑑別することで、心筋梗塞の発症予知はある程度可能である」と述べた。また、マルチスライスCTの長所と短所を概説したうえで、「特性を活かしてスクリーニング的な使い方もできる」とし、冠動脈疾患の新たな治療戦略を示した。
診断には血管の太さだけでなくプラークの性状もカギ
佐藤氏はまず、現在の冠動脈疾患の診断手順を概説した。最初に問診し、症状や危険因子を把握する。次いで、心電図や血液検査といった簡便で患者にとって身体的負担が少ない検査法を用いる。最終的には、血管内部にカテーテルを挿入する心臓カテーテル検査(血管造影検査)が行われるのが一般的である。心臓カテーテル検査では、血管の太さやプラーク(粥腫)の有無を確認することができるが、最近の研究では、それだけでは十分ではないこともわかってきた。急性心筋梗塞を発症した患者を調査すると、そのうちの約7割は、血管がもとの半分以上の太さを保っていたのである(図1)。また、心筋梗塞を起しやすいプラークに関する研究も進められている。つまり、冠動脈疾患の診断では、血管の狭窄度だけでなく、プラークの状態を把握することが重要となるが、心臓カテーテル検査だけでは難しいのが現状である。
新しい診断法-マルチスライスCT
血管の狭窄度だけでなく、プラークの性状も鑑別できるのが、マルチスライスCTである。従来のCTでは、断層画像は1回転で1スライス(1枚)のみであったが、マルチスライスCTでは1回転で複数枚の撮影が可能となり、より立体的な診断ができるようになった。駿河台日本大学病院の実績では、診断感度は94%、特異度は97%と高精度の成績となっている。ただし、日本人にはまれだが、血管内部が強度に石灰化していると狭窄度の評価が難しくなるという問題点もあり、将来の課題となっている。そのほか、佐藤氏は心臓カテーテル検査の費用がかなり高額になる点についても触れ、「患者への身体的負担の面からも医療コストの面からも、非侵襲的なCTによる画像診断が非常に重要となる」とした。画像診断による予知の可能性はある
では、マルチスライスCTで診断すれば、心筋梗塞の予知は可能なのだろうか。佐藤氏は「予知を冠動脈プラークの質的診断と捉えれば、答えはyesである」とし、数例の実例画像を示しながら解説した。壊れやすい(脆弱性)プラークの形態学的特徴(図2)は、(1)脂質の部分(脂質コア)が大きい、(2)表面の繊維性皮膜が薄いなどが知られている。このうち(2)の皮膜については、現在の解像度では限界があり、把握が難しいが、(1)の脂質の計量はCTの得意領域であり、安定狭心症と心筋梗塞になりやすい不安定狭心症との比較では、数値としてはっきりとした差が現れていた。このことから佐藤氏は、「断定はできないが、脂質コアが大きい場合は心筋梗塞の発症リスクが高いと考えられる」とした。また、心筋梗塞を発症した患者のプラーク数の調査結果で、約4割で2~3個のプラークを持っていたこと、複数個の患者の予後が1個の患者に比べて悪くなっていたことなどから、プラークの数も重要なリスクファクターと考えられている。マルチスライスCTによる新たな治療戦略
マルチスライスCTの特徴としては、非侵襲的な検査であり、何度も繰り返し実施可能な点が挙げられる。また、病型も選ばないため適用範囲が広く、例えば狭心症の場合には安定型でも不安定型でも検査可能である。検査により、血管の狭窄度のみならず、プラークの危険性も判断できる。一方、問題点としては機械的な性能の限界が挙げられる。例えば、心臓は一分間に70~80回拍動し、1回の拍動中で拡張と収縮運動を行っているが、マルチスライスCTのシャッタースピードは約4分の1秒、最速で6分の1秒であるため、撮影時には薬物で拍動を遅らせる処置が必要となる。また、解像度にも限界があり、石灰化した血管壁やステント内部の狭窄では判定が困難となる。また、循環器専門医と放射線科医師との連携不足も問題となっている。最後に佐藤氏は今後の治療戦略として「将来は、コレステロール値が高い、肥満、糖尿病、喫煙などといった心筋梗塞のリスクの高い患者に対し、スクリーニング的にマルチスライスCTを実施して、プラークの性状や狭窄度を判定することで、治療戦略を組み立てることが可能になる(図3)」と結んだ。【目次】
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」