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循環器病治療の最新情報2016

Part Ⅲ 肺高血圧症
肺高血圧症の最新の薬物治療と今後の治療薬開発

講演内容

肺高血圧症の臨床分類と発症頻度

 佐藤氏によれば、何らかの原因により肺の抵抗血管圧が上昇し、その結果、肺動脈圧が上昇することで肺高血圧症が生じる。ニース会議(2013年、第5回肺高血圧症ワールドシンポジウム、フランス)で提案された肺高血圧症臨床分類では、肺高血圧症を5群に分類している。すなわち第Ⅰ群:肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)、第Ⅱ群:左心性心疾患による肺高血圧症、第Ⅲ群 肺疾患および/または低酸素血症による肺高血圧症、第Ⅳ群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)、第Ⅴ群:詳細不明な多因子の機序を伴う肺高血圧症、である(Simonneau G et al. J Am Coll Cardiol 2013)。

 本講演で同氏は第1群に相当するPAHを取り上げたが、同分類ではPAHを、特発性、遺伝性、薬剤および毒物誘発性、結合組織病、HIV(免疫不全ウイルス)感染症、門脈肺高血圧症、先天性心疾患、住血吸虫症に関連するもの、の4つに細分類している。
また第1群の亜型として肺静脈閉塞性疾患(PVOD)および/または肺毛細血管腫症(PCH)、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)を挙げている。

 French National Pulmonary Hypertension registryによれば、PAHの頻度として一番高いのは特発性(39.2%)で、結合組織病15.3%、先天性心疾患11.3%、門脈肺高血圧10.4%、薬剤性(食欲抑制剤など)9.5%、HIV感染症6.2%、遺伝性3.9%と続いた。「PAHは内科的疾患と広く関係しており、すべての内科医はPAHを念頭に置いておく必要がある」と佐藤氏は指摘した。

 PAHに関して我が国では、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「呼吸不全に関する調査研究班」が、臨床調査個人票を使った実態調査を行っている。かつては希少疾患とみなされていたPAHだが、その実態調査によれば経年的に右肩あがりに増えている(図1)。

図1 我が国におけるPAH患者数の推移

図1 我が国におけるPAH患者数の推移 ※1
難病情報センターのホームページ(2017年6月現在)から引用

 PAHの増加に関連して同氏は、「PAH発症には遺伝的背景に加え環境因子も関与する。大気汚染、喫煙などの環境因子がPAH増加に関連している可能性がある。また、PAHが疾患として意識されるようになったこと、それに伴いPAH診断能が向上したことなどもPAHの増加に繋がっていると思われる」と述べた。

肺動脈性肺高血圧症(PAH)の特徴

 特発性と遺伝性PAHの性差や年齢分布を調べた報告では、平均年齢41.9歳と若年発症が多く、男性よりも圧倒的に女性に多かった。しかも女性では、妊娠可能な若い年齢層も多くを占めており、「循環器疾患としてはかなり特異な年齢分布を示している」(佐藤氏)。
急速に進行することも、PAHの特徴として挙げることができるという。

 同氏はPAHの特徴を3点にまとめた。①血管内膜および中膜の平滑筋細胞の異常増殖による肺動脈内腔の狭小化・閉塞により肺高血圧・右心不全を呈する。②希少疾患であるが(2013年の調査では2,587例:図1参照)、妊娠可能年齢の若い女性に好発する。③既に進行したPAHの予後は依然として悪く、薬剤による根治は困難なため臓器移植(肺移植)の適応疾患である。

 続いて同氏は、肺微小動脈が平滑筋細胞の異常増殖によりリモデリングを起こしている組織像を提示したが、内膜や外膜の周囲には多くの炎症細胞の浸潤が認められており、「まさに肺の炎症というべき所見を呈する」と説明した。同氏らがPAH患者(30例)から採取した末梢血では、対照群(10例)に比して様々な炎症性サイトカインが高値を示した(Omura J et al. Circ Res 2016)。これらサイトカインの中には、PDGF(Platelet Derived Growth Factor:血小板由来成長因子)-BBなど血管平滑筋細胞の増殖を促進するものも含まれている。「血中でも高いのだから、肺局所ではさらに高くなっていることが推測される」(佐藤氏)。同氏は、「PAH患者の肺動脈は異常増殖によりリモデリングが生じ、血管内皮の機能が低下してその周囲には炎症細胞が付着している。外膜には線維化に関与する炎症性サイトカインも増えている。これが肺高血圧をもたらす」と分子学的視点からの解説も加えた。

血管の恒常性維持の破綻と肺高血圧症

 続いて同氏は、内皮由来作動物質による血管の恒常性維持機構、この恒常性の破綻と血管リモデリング発症機構について触れた。それによると血流が適度なメカニカルストレスとなり、血管内皮がバランスの取れた収縮弛緩を繰り返すことで、生体は血圧や臓器への血液分配などの循環調節を行い血管の恒常性を維持している。血管内皮の弛緩には一酸化窒素(NO)、プロスタサイクリン(PGI2)、H2O2(過酸化水素)などの活性化が関与し、血管内皮の収縮にはRhoキナーゼなどの活性化が関与しているという。しかし、様々な環境因子等の影響によりこの恒常性の破綻が生じると、血管平滑筋の弛緩が起きなくなり(PGI2、NO、H2O2はCa2+遮断により弛緩をもたらしているが、それができなくなる)、RhoA/Rhoキナーゼの過剰なしかも慢性的な活性化が生じる。その結果、炎症性サイトカインも活性化され平滑筋が癌のように過剰増殖し血管リモデリングが起きて、これらが心血管病発症に結びつくことになる。「肺高血圧症はまさにこうしたメカニズムのもとで発症する」と佐藤氏。

 同氏は肺高血圧症が右心不全に至る流れを示した(図2)。

図2 肺高血圧症が右心不全に至る流れ

図2 肺高血圧症が右心不全に至る流れ ※2

 「肺高血圧症は肺動脈内腔の狭小化・閉塞により生じるが、症状としての右心不全までに数年を要するという時間的ギャップ、あるいは一口に肺高血圧症といっても様々な原因があるというメカニズムの多様性が大きいため、早期診断が難しく治療ターゲットも異なる。このことが予後不良に関連している」という。

肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療

 佐藤氏によれば、現在、PAH治療薬としてエンドセリン経路、NO経路、PGI2経路の3つの経路に作用する薬剤が使われている。各々エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬および可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬、PGI2誘導体製剤が相当し、機序は異なるもののいずれも各シグナル経路の活性化や阻害などを介する血管拡張作用により肺動脈圧と肺血管抵抗の低下をもたらす。

 エンドセリン受容体拮抗薬としてはボセンタン・マシテンタン・アンブリセンタン、PDE5阻害薬としてはシルデナフィル・タダラフィル、sGC刺激薬としてはリオシグアトがある(いずれも経口)。また、PGI2誘導体製剤には経口(ベラプロスト、セレキシパグ)、静注(エポプロステノール)、静注もしくは皮下注(トレプロスチニル)、吸入(イロプロスト)がある。「なるべく早期に複数の薬剤を導入すると予後改善に繋がることも分かっている。しかし既に肺血管リモデリングの完成した重症例では肺移植が必要になることも多い」と佐藤氏。

 同氏は、新規薬剤も混在するPAH治療薬の中でも長い使用実績のあるエポプロステノール(PGI2誘導体製剤)を持続静注したPAH症例を紹介した ※3
同症例は比較的重症だが胸部レントゲン写真では必ずしも重症度が反映されていなかった。しかし、エポプロステノール投与前の平均肺動脈圧50mmHg、心係数2.06L/min/m2、肺血管抵抗906dyne・sec・cm-5から、投与後は各々19mmHg、2.98L/min/m2、205dyne・sec・cm-5に改善した。
「同症例ではエポプロステノール投与により右心不全の改善が認められたが、同薬剤は中心静脈カテーテルを留置して24時間の持続注入が必要なので、患者さん自身が毎日自宅で薬剤を溶解して調合する必要がある。また、留置カテーテル感染などのリスクもある」と佐藤氏は問題点も指摘する。

 特発性PAH患者に対するエポプロステノールの持続静注により、従来治療よりも有意に長期予後が改善したとの報告もあるが(Barst RJ et al. Ann Intern Med 1994)、「最終的には、依然として多くの患者が死亡しているのが現状」(佐藤氏)だという。

 PAHに対してRhoキナーゼ阻害薬を始めとした各種新規治療薬の開発も進んでいる。Rhoキナーゼはセリン・スレオニンリン酸化酵素であり、前述のように心血管病の成因に広く関与していることが分かっている。佐藤氏ら東北大学循環器内科のグループは、これまでRhoキナーゼの基礎研究を進めると同時に、Rhoキナーゼ阻害薬(ファスジル)の開発に取り組み、その有効性を確認し(Fukumoto Y et al. Circ J 2013)、最近、臨床試験も終了したという。

肺高血圧症の新規病因蛋白サイクロフィリンAの研究と臨床応用

 「最新治療によりPAHの予後は改善しつつあるが、依然として悪い。それはPAHの早期診断が難しく、背景には様々なものが関与していると考えられている病因も十分に解明されていないため」とする佐藤氏は、こうした状況を打破するための東北大学の役割に話しを進めた。

 同氏によれば、東北大学病院は、数少ない心臓および肺移植双方の認定施設である。また、肺高血圧症に対する移植は日本有数の件数であり、本邦における肺高血圧症診療の中心的役割を担っている。そしてこれまで、幾つもの基礎研究の臨床応用を進めてきた実績がある。前述のPAHに対する創薬(Rhoキナーゼ阻害薬)もその1つだが、同氏はさらに東北大学のこれまでの主な研究成果を紹介した。

 同大学は肺高血圧症の新規病因候補蛋白のスクリーニングに取り組んできた。これは、肺移植を受けた患者の肺動脈血管平滑筋細胞(PAH細胞)を培養して保存血漿のライブラリー化を進め、そのライブラリーを使って様々な手法で肺高血圧症の新規病因候補蛋白を検索するというもの。すなわちマイクロアレイ法などを使った網羅的変動遺伝子検索、低酸素・酸化ストレス刺激による変動遺伝子検索などにより、これらの重複遺伝子の同定による発現変動遺伝子の統計学的絞り込みが行われてきた。病因候補蛋白の絞り込みには、3段階のフィルターを使用する方法も使われた(図3)。

図3 3段階のフィルターを用いた病因候補蛋白の絞り込み(東北大学)

図3 3段階のフィルターを用いた病因候補蛋白の絞り込み(東北大学)

 こうした方法で、これまでに3種類の新規病因候補蛋白が判明しており、現在、詳細な解析を進めているという。また、長年研究を進めてきたサイクロフィリンA(CyPA)についても同氏は紹介した。CyPAは酸化ストレスにより血管平滑筋細胞から分泌される蛋白で、血管平滑筋細胞の増殖を促進させる。酸化ストレスにより分泌されたCyPAは、Rhoキナーゼ依存性に細胞の外に分泌され、細胞外CyPAも酸化ストレスを誘導することで(細胞外CyPA受容体として膜貫通糖蛋白質ベイシジンを同定)、酸化ストレスの悪循環を形成し血管平滑筋細胞増殖をさらに促進させる。

 一方、佐藤氏らは、CyPA欠損マウスとその受容体欠損マウスでは、野生型マウスと比べて、肺動脈圧低下・リモデンリング減弱・右室肥大軽減などを示し肺高血圧症が重症化しないとのデータを得た。また、CyPAは肺高血圧患者由来の肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進させる様々な炎症性サイトカインの分泌を促進させた。肺高血圧患者群(76例)の血漿中CyPAは、非肺高血圧患者群(29例)や健常対照群(23例)よりも有意に高いこと、肺高血圧患者軍においてCyPA 22.0ng/mLをカットオフ値とすると、CyPA≧22.0 ng/mLでは、CyPA<22.0 ng/mLと比べて長期生存率が有意に低下することも分かった(Satoh K,Shimokawa H et al. Circ Res 2014)。

 こうしたデータを背景に同氏らは、CyPAをターゲットとした全く新しい肺高血圧症治療薬の開発を進めてきた。開発は、①PAH細胞を用いた検索(一次スクリーニング)、②CyPA系発現抑制による絞り込み、③複数の肺高血圧モデル動物による検証、という段階を踏んで行われた。

 ①の一次スクリーニングでは、既に臨床応用されている化合物4,452種からの絞り込みが行われた。細胞播種(ヒト肺高血圧患者由来のPAH細胞を全自動分注機を用いて播種)→細胞刺激(化合物4,452種をHigh Throughput Screening機器を用いて自動分注し、細胞刺激)→MTT assay(マルチウェルプレートを用いた細胞増殖試験)というのがその手順である。細胞増殖抑制率≧20%をヒットクライテリアとした。その結果、113個のヒット化合物が得られた。

この113化合物を対象に、PAH細胞の癌類似の異常増殖性を治療ターゲットとして捉え、迅速かつ効率的な新規治療薬開発のため、既存薬ライブラリー(東京大学創薬機構)を用いたHigh Throughput Screeningによる新規治療薬の開発を開始。CyPA遺伝子あるいはその受容体であるベイシジンの遺伝子発現を遮断する物質をピックアップした。

 そして、低酸素誘発性肺高血圧モデルマウスを使った検討で、PAH細胞におけるCyPA/ベイシジンの遺伝子発現を抑制する三つの化合物で治療効果が証明されたという。
「こうした病因蛋白をターゲットとした肺高血圧症治療薬はこれまでなかった。将来的に臨床での応用化が期待できる時代になってきた」と佐藤氏はいう。

メトホルミンに肺高血圧症発症・進展抑制の可能性

 続いて同氏は、メトホルミンによる肺高血圧症発症・進展抑制の可能性について触れた。糖尿病治療薬であるメトホルミンはAMP(アデノシン一リン酸)の活性化プロテインキナーゼであるAMPKを活性化することが知られている。同氏らは、低酸素誘発性肺高血圧マウスにメトホルミンを投与することで、AMPKが有意に増加し肺高血圧症の病態が改善するとのデータを得た(Omura J et al. Circ Res 2016)。「炎症性サイトカインによる肺血管内皮のAMPK活性化の抑制が、肺血管内皮機能の低下と肺血管平滑筋の異常増殖を引き起し、これが肺高血圧の発症・進展に関与している可能性がある。メトホルミン投与による肺血管内皮のAMPK活性化が、肺高血圧症の発症・進展抑制をもたらすかも知れない。現在、海外の施設で臨床治験が進行中である」(佐藤氏)。

 最後に、肺高血圧症の早期診断技術の開発と薬剤スクリーニングの流れを、佐藤氏は図4のようにまとめた。

図4 新規病因蛋白解明から始まる肺高血圧症の早期診断技術の開発と薬剤スクリーニング(東北大学)

図4 新規病因蛋白解明から始まる肺高血圧症の早期診断技術の開発と薬剤スクリーニング(東北大学)

 討論の場でPAHの早期診断のポイントについて問われた佐藤氏は、「家族性で遺伝子異常がある場合は、発症前の段階で診断を付けることもできるが、そうしたケースは例外的であり、右心不全の症状が現れて初めて診断が付くという例がほとんどだ。 そうした中、早期診断を目指して我々は、本日紹介したような新しい病因蛋白をバイオマーカーとして、右心不全が出現する以前の肺動脈リモデリングの段階で見付けるべく積極的に研究を続けている」と述べた。
 PAHの薬物治療の医療コストをめぐる質問に対しては、「PAH治療薬は高額のものが多い。患者数がさらに増えていけば、医療コストもかさんでいく。今後、廉価であるメトホルミンなどの有効性が立証されれば、医療コストの抑制にも繋がる」と答えた。

  • ※1:我が国での実臨床上の大きな変化として、これまでは、旧来の「原発性肺高血圧症(PPH)」のみが厚生労働省により特定疾患治療研究事業対象疾患にされていたが、2009年10月より「PPH」は「肺動脈性肺高血圧症:PAH」に疾患概念が拡大して再指定されたことが挙げられる。これにより現在、内科的治療法の主体である各種の特異的PAH治療薬が、Eisenmenger症候群や結合組織病に伴う肺高血圧症など「PPH」以外の肺動脈性肺高血圧症に対しても、公費負担のもとで処方可能となった。これは、我が国の肺高血圧に関する臨床に大きく影響し、ガイドラインの作成上、極めて大きな変化であったといえる

    「日本循環器学会:循環器病の診断と診療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2012_nakanishi_h.pdf (2017年6月閲覧)」より引用
  • ※2:2008年のダナポイント会議では、安静時に右心カテーテル検査を用いて実測した肺動脈平均圧(mean PAP)が25mmHg以上の場合が肺高血圧と定義された。(中略)さらに肺高血圧症例中で特に肺動脈楔入圧(pulmonary capillary wedged pressure:PCWP)が15mmHg以下の場合を肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)と定義した

    「日本循環器学会:循環器病の診断と診療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2012_nakanishi_h.pdf (2017年6月閲覧)」より引用
  • ※3:2000年4月よりPAHの在宅医療として携帯用小型ポンプを使ったPGI2持続静脈内注入療法が保険適用となっている。

Part Ⅰ 虚血性心疾患

Part Ⅱ 心不全

Part Ⅲ 肺高血圧症

Part Ⅳ 不整脈

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