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循環器病治療の最新情報2016

Part Ⅱ 心不全
重症心不全に対する再生治療の現状と展望

講演内容

心不全パンデミック時代の到来

 最初に宮川氏は、「心不全パンデミックの時代が到来している」として日本における心不全患者数について紹介した。それによると心不全患者数は年々増加しており、2015年の患者数は約120万人だが、2030年には130万人になることが予想されている。また、心不全患者の多数が薬剤抵抗性であるという。しかし現在、埋め込み型人工心臓は年間100例、心臓移植は年間30例ほどの実施に過ぎず、「重症心不全例において、自己心臓をいかす新規治療への期待が高まっている」とした。

自己筋芽細胞シート治療をめぐって

 こうした状況下で宮川氏ら大阪大学心臓血管外科チームは、心不全に対する筋芽細胞シート治療の開発を進めてきた。筋芽細胞とは、骨格筋が挫滅した時に増殖・分化する細胞で、最終的には骨格筋へ分化して損傷した骨格筋を補填する性質を有する細胞である。患者の大腿部より採取した骨格筋から筋芽細胞を分離し、温度応答性培養皿で培養し細胞が増殖し密着した状態(コンフルエント)になって単層を形成した時点で培養温度を落とすと、1枚のシート状の細胞集団を得ることができる。このシートを培養皿の外で重ね合わせて積層化し、より厚い組織体を作成したのが筋芽細胞シートである。このシートを心臓の表面に移植するのが自己筋芽細胞シート治療だが、「移植と言っても、実際は単に心臓の表面に置いて貼るだけ」(宮川氏)だという。

 自己筋芽細胞シート治療は、どういった機序で重症心不全によってダメージを受けている心筋組織を修復するのか╶╴。
 宮川氏によると、移植した筋芽細胞シートから肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、間質細胞由来因子(SDF)-1などの様々なサイトカインが分泌され、移植された心臓表面で血管新生が起きてくる。このうちSDF-1からは骨髄間葉系幹細胞が移植部位に誘導され、この幹細胞からさらに様々なサイトカインも分泌される。血管新生は虚血部位への血液供給の増加に繋がる。また血管新生だけでなく、左室壁厚が肥厚することで壁応力が低下して、拡大していた左室の退縮(左室リバースリモデリング)が生じることも、自己筋芽細胞シート治療による心筋組織修復のメカニズムと考えられるという。

大阪大学における自己筋芽細胞シート臨床研究の成績(虚血性心筋症)

 続いて同氏は、大阪大学における自己筋芽細胞シート治療の臨床研究の成績を紹介した。今回紹介された成績は虚血性心筋症(19例)を対象としたものである*1。

 同臨床研究のプロトコール(適応基準)にあるように(表)、対象の虚血性心筋症例(20-75歳、≧NYHAⅡ度、左室駆出率≦35%)は、全ての内科的治療、外科的治療を行っても心不全症状が残存する患者である。これらの患者の治療4カ月後にシート移植を施行した。移植後に薬剤の変更はないので、種々の項目の変動は移植シートのみによるとみなすことができる。
「倫理的にコントロール群を設けることが難しい臨床研究なので、移植後に薬剤の変更はしないなどの工夫をして有効性を検証しようとしている」(宮川氏)。

表 自己筋芽細胞シート移植術のプロトコール(大阪大学心臓血管外科)

適応基準

  • 虚血性心筋症
  • 年齢20-75歳
  • NYHA Ⅱ度以上
  • EF≦35%
  • すべての内科的治療、外科的治療を行っても心不全症状が残存する患者。治療後4ヵ月後にシート移植施行。移植後薬剤の変更なし。
    →種々の項目の変動は移植シートによる

評価項目

  • 安全性:手術手技関連合併症、重篤な心血管関連イベント
  • NYHA分類、BNP値
  • 6分間歩行距離
  • LVEDD、LVESD、LVEF
  • 右心カテーテル検査
  • 心不全入院イベント

 虚血性心筋症(19例)の患者背景は次のごとくである。年齢(年):53.5歳±14.4(22-72)、男性:17(89.5%)、NYHA心機能分類(ポイント):2.9±0.5、デバイス治療:CRT-D(両室ペーシング機能付き植込み型除細動器)3例、ICD(植込み型除細動器)4例、心臓治療歴:PCI(経皮的冠動脈インターベンション)13例、CABG(冠動脈バイパス術)10例、6分間歩行(m)409±125(200-635)、左室駆出率(%):26.4±5.4、左室拡張末期径(mm): 66.8±6.1。

 手術(自己筋芽細胞シート移植術)の実際について宮川氏は、「培養皿に作成された筋芽細胞シートを、手術室の側にあるクリーンベンチ内で皿から剥がし、移植しやすいように手術糊をかける。これを手術室に持ち込み、患者の左側横(第5肋間あたり)を開胸し、左室の前壁から側壁にかけて、なるべく広範囲にシートを敷きつめていく」と説明する。

 同氏によれば、この19例での移植シートにおける筋芽細胞数は4.5±2.7×108cellsであった。自己筋芽細胞シート移植術の結果、手技関連合併症は認められず、全例、一番危惧していた致死的不整脈を含め周術期合併症はなく、自宅退院となったという。

 同氏らは、表にある評価項目ごとに治療効果の検討も行った(術後平均観察期間2.78±1.59年)。NYHA心機能分類は術前2.9±0.5ポイントだったが6カ月後2.1±0.5ポイント、12カ月後1.9±0.3ポイントと各々有意に減少した(各々P<0.01)。6分間歩行は術前409±125mから6カ月後470±116mに有意に増加した(P<0.05)。BNPは術前308±278から6カ月後191±218まで減少し、12カ月後には188±196と術前より有意に減少した(P<0.05)。左室駆出率は術前26.4±5.4%だったが12カ月後30.9±6.2%と有意に増加した(P<0.05)。左室拡張末期径は術前66.8±6.1mmから12カ月後64.6±7.0mmへと有意に減少した(P<0.05)。「CT画像によっても多数の症例で左室収縮能の改善が認められた」と宮川氏。

 心カテーテル検査で得られた肺動脈圧は術前29.1±14.7mmHgから6カ月後22.6±12.0mmHgまで減少し、肺血管抵抗は術前228±136 dyne・sec・cm-5から6カ月後157±54dyne・sec・cm-5と有意に減少した(P<0.05)。
 心臓同期CTによる壁応力も、術前378±76kdynes/cm2から6カ月後336±51kdynes/cm2へと有意に減少した(P<0.05)。「この壁応力の改善が、今回の左室収縮能の改善をもたらしたものと思われ、さらには将来的な左室線維化抑制にも繋がることが期待される」(宮川氏)。

 同氏によると心不全入院イベント発生率も術前0.84回/患者・年から術後0.15回/患者・年まで有意に減少した(P<0.01)という。「心不全入院イベント発生率の低下は、筋芽細胞シート治療の評価項目の1つと考えられる治療費の軽減にも繋がる」と同氏はみている。今後、具体的な治療費についても計算する予定だという。

 2000年代に東京女子医科大学(岡野光夫教授)と共同開発を始め、2016年には「ハートシート」(テルモ株式会社)*2として保険診療が可能になった筋芽細胞シート開発の歴史を、同氏は図1のようにまとめた。図1にあるように虚血性心筋症に対する企業治験や臨床研究だけでなく、拡張型心筋症さらには小児心筋症に対する医師主導型治験も行っており、将来的な適応拡大を目指しているという。

図1 重症心不全に対する筋芽細胞シートの開発

図1 重症心不全に対する筋芽細胞シートの開発

iPS細胞由来心筋細胞シートの開発

 著明な線維化が起こり、心筋細胞を大量に喪失した重症心不全では、自己筋芽細胞シートを用いたサイトカイン分泌による心筋再生で対応することは難しい。そこで細胞源を筋芽細胞からiPS細胞(induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞)に変え、多分化能を持つiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導するiPS細胞由来心筋細胞シートの基礎的研究が進められている。

 同研究は2012年にノーベル生理学医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授との共同研究であるが、患者から得た体細胞(皮膚・毛髪・血液など)に山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を加えることでES細胞(胚性幹細胞)様の多分化能を持ったiPS細胞が誘導される。このiPS細胞に様々な分化誘導剤を加えることで、心筋細胞に生理的・微細構造的に類似した心筋細胞を得ることができる(Yu T et al.Circ J 2013)。

 宮川氏らはこうして得られた心筋細胞の臨床応用を目指しているが、有効性をあげるために必要と考えられる細胞数(約3×108個)を得るため、東京女子医科大学(松浦勝久准教授)との共同研究で大量培養装置であるヒトiPS細胞用3次元浮遊攪拌バイオリアクターを開発した。8連ある培養装置の1個のフラスコ内を調べてみると、多数の心筋細胞の固まりの球(胚葉体)がくるくる回っており、各胚葉体では自己拍動の繰り返しが観察された。また、トロポニンT染色により1つの胚葉体には多数の心筋細胞が含まれていることも分かった。

 同氏らは、ヒトから採取したリンパ球を基に、前述の方法でiPS細胞を誘導し心筋細胞を得て、さらに3次元浮遊攪拌バイオリアクターを用いて得た多量の心筋細胞から心筋組織を作成した。この心筋組織を、筋芽細胞シート作成の時のように温度応答性培養皿で培養し、自己拍動する心筋組織を作ることにも成功しているという。

 兵庫県にある大型放射光施設SPring-8を用いたin vivo imagingによる検討で、移植した心筋細胞はin vivoにおいてアクチン・ミオシン重合により収縮弛緩運動を示し、作業心筋として機能する可能性があること、この運動はレシピエント心(ラット)と同期していることなども同氏らは確かめている(Higuchi T et al. Cell Transplant 2015)。

 ブタ慢性期心筋梗塞モデルに対するiPS細胞由来心筋細胞シート移植により、術前と比べて術後では有意に心収縮能が改善し、左室内腔拡大も抑制されているとのデータも得ている。移植した部位の心筋組織における細胞シートの生着も認めている。

 宮川氏によれば、iPS細胞治療における一番の問題は細胞の造腫瘍性である。「この造腫瘍性をいかにして克服するかが、iPS細胞治療の大命題になっている」とのことだが、同氏らは既にその方法論を確立しているという。

 同氏らは、腫瘍になりやすい未分化細胞の表面抗原にはCD30の発現が高いことに注目。このCD30に有効な薬剤を求めて種々の検証を進めたところ、抗体医薬である抗CD30抗体結合薬剤Adcetris®に行き着いた。同薬剤はCD30陽性リンパ腫を適応疾患として既に我が国の臨床で使われている。同薬剤を腫瘍原性のあるようなiPS未分化細胞に入れると、薬剤はCD30と結合して微小管重合*3を阻害し未分化細胞を駆逐した。実際in vitroの検討で、抗CD30抗体投与により未分化細胞の有意な減少が認められた。また、同薬剤で処理したiPS心筋細胞シートを重度免疫不全モデルであるNOGマウスに移植すると、未処理例では高率に腫瘍形成が生じていたのに対し、処理例では全く腫瘍形成を認めなかった。「Adcetris®を用いた腫瘍原性のコントロールは十分に機能するとのデータが得られたので、臨床応用したいと考えている」(宮川氏)。

新しい心不全外科学の創造(まとめ)

 最後に宮川氏は、“新しい心不全外科学の創造”(図2)について次のように述べた。 「既に筋芽細胞シートは保険収載となって臨床で使われている。基礎研究が進んでいるiPS細胞由来心筋細胞シートは、来年あるいは再来年には臨床研究もしくは治験の段階を迎えるものと思われる。また、今回は触れなかったが我々は、iPS細胞を用いた創薬、筋芽細胞シートより創薬した新規薬剤の開発・臨床応用も進めている。このような再生治療・薬剤と先人が開発した既存手術との混合術式の開発も行っている。もちろん新しい人工心臓の導入、世界各国で試みられている再生医療技術を使って心臓そのものを創るバイオ人工心臓の実現に向けても日夜基礎研究を行っている」。

図2 新しい心不全外科学の創造(まとめ)

図2 新しい心不全外科学の創造(まとめ)
※:両心室ペーシング機能付植込み型除細動器

 討論の場で、筋芽細胞の採取方法などについて質問された宮川氏は、「全身麻酔下で患者の大腿部の内側広筋から5g程度を採取し、cell processing centerで3×108個ほどになるまで培養する。これには3~4週間ほどを要する。その後、ストックのため一時冷凍する。手術が決まれば、これを解凍後、シート状にして患者に移植する」と説明した。また、「左側横開胸で行うが、得られている視野のなるべく広い範囲に移植するのがポイント。移植範囲が広いほど有効率も高い」と述べた。
 自己筋芽細胞シート治療はどのような症例に有効なのかという質問には次のように答えた。
 「まだ明確ではないが、高齢者よりも若年者、そして心筋梗塞後2~3年以内の症例のほうが、慢性期例よりも有効性が高い。左室著明拡大例や肺高血圧症を合併するような重症例は、効果を得るのが難しい。しかし、さほど左室が拡大していない症例も、やはり効果を得るのが難しい。このように自己筋芽細胞治療は、治療に反応する患者群の探索が必要である。PETなどで心筋のviability(生存能)があれば、シート治療が有効である可能性が高い」。同氏は、「筋芽細胞シート治療に相応しい症例をみつけるには診断学が重要になる」とも述べた。

  • ※1:同氏らは既に、虚血性心疾患による重症慢性心不全7例を対象にした第Ⅱ相試験で、筋芽細胞シート治療の安全性と有用性を報告している(Sawa Y et al. Circ J 2015;79:991-999)。
  • ※2:「ハートシート」は、患者からの細胞採取のためのAキットと、培養した骨格筋細胞をシート化するためのBキットで構成される。Aキットは医療機関において採取した骨格筋をテルモへ輸送するために用いる組織輸送液が充填された骨格筋容器、採取した血清をテルモへ輸送するための血清分離機具類からなる。Bキットは患者自身の骨格筋芽細胞をテルモで培養して増殖させた後に凍結保存した凍結保存細胞、医療機関において骨格筋芽細胞シートの調製を行う際に解凍した細胞の洗浄・骨格筋芽細胞シートの調製・試験検査に用いる培地類、骨格筋芽細胞シートの調製・包装・試験検査に用いるシート調製機具類からなる。このうち保険収載のAキットが2016年5月下旬に発売された(2016年5月30日付けのテルモ株式会社プレスリリースによる)
  • ※3:微小管は細胞骨格を形成している蛋白質である。蛋白質のαチューブリンとβチューブリンの二量体が集合して微小管ができる過程を重合という。細胞分裂のためにはこの重合が必要となる。

Part Ⅰ 虚血性心疾患

Part Ⅱ 心不全

Part Ⅲ 肺高血圧症

Part Ⅳ 不整脈

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