第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
これまでSASは呼吸器疾患として認識され、呼吸器科医が治療にあたってきた。わが国のSAS研究の第一人者である成井浩司氏は、本講演で呼吸器科医の立場からSASの実態を紹介。持続陽圧呼吸(CPAP)療法による治療が重要としながらも、SAS患者の多くが高血圧をはじめとする循環器疾患などの合併症を有していることから、呼吸器科医と循環器科医、さらには糖尿病専門医との連携が求められていると提言した。
健康に欠かせない深睡眠の重要性
睡眠には人生の約3分の1の時間が費やされ、人が生きていくうえで非常に重要な要素である。夜に寝て、朝に起き、光を浴びて体内時計をリセットする、という一連のアクティブなプロセスを取ることが「良い睡眠」であり、健康につながる。
健康人は、浅い睡眠(REM睡眠)と深い睡眠(Non REM睡眠)を一晩に3~4サイクル繰り返している(図1)。「深睡眠」にはその深さに応じて1~4までのステージがあり、なかでもステージ3と4は成長ホルモンの分泌を促すトリガリングファクターとなっており、さらには深部体温や免疫機能とも関与している。
睡眠中の無呼吸・低呼吸の増加が深睡眠を妨害する
その深睡眠を妨げるのが、睡眠時無呼吸である。睡眠時無呼吸とは、睡眠中に10秒以上呼吸が止まることを指す。この状態が1時間に5回以上あるいは一晩で30回以上起こる場合をSASと診断する。また、SASの重症度は1時間当たりの無呼吸・低呼吸(換気量が通常の半分以下に落ち込んだ状態が10秒以上続くこと)の回数(AHI:無呼吸・低呼吸指数)で分類され、5~15だと軽症、15~30だと中等症、30以上が重症とされる。
睡眠中の無呼吸・低呼吸が増加すると、血中の酸素濃度が低下するため、苦しさを感じて目が覚めるなどして、睡眠が深睡眠のステージに達しないという現象が起こる。その結果、昼間に眠気を感じる、頭が重い、記憶力・集中力が低下する、性的機能が低下する、などの症状が現れる。SASによる睡眠不足が交通事故や労働災害を引き起こすことは、社会問題としてたびたびマスコミで報道されるとおりである。
さらに、血中の酸素濃度の低下は交感神経活性の亢進をもたらし、これが血管の収縮を伴うため、早朝高血圧を引き起こす原因となる。健康人は朝方に血圧が降下する(dipper)が、SAS患者の24時間血圧を計測した研究によると、朝方でも血圧が降下しない(non dipper)傾向があることがわかっている(図2)。なお、睡眠時の無呼吸には、上気道の閉塞による「閉塞型無呼吸(OSA)」と、気道は閉塞せずに呼吸をつかさどる脳の中枢部分の働きが異常を呈して起こる「中枢型無呼吸(CSA)」の二つのタイプがある。この研究では、non dipperのほとんどがOSAであったことが報告されている。
SAS患者の約40%がメタボリックシンドローム
図4.SAS患者273例におけるメタボリックシンドローム合併頻度
図5.SAS(AHI 20以上)患者4,814例の肥満度
SAS患者は肥満や糖尿病、高脂血症を合併している割合が高い。これに、無呼吸によって引き起こされる高血圧が加わる。これらの疾患によって動脈硬化や血栓形成が進展し、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞の発症に至る危険性が示唆される(図3)。以上を考慮すると、メタボリックシンドロームの診断基準に合致するSAS患者は多いと考えられる。虎の門病院で治療を受けたSAS患者273人を解析した結果、全体の38%がメタボリックシンドロームと診断されている(図4)。さらに、SASの重症度が高い患者ほどメタボリックシンドロームを合併する割合も高いことが明らかになっている。
メタボリックシンドローム診断の指標となる肥満・高血糖・高血圧・高脂血症のなかでも、特に肥満は気道の狭窄と関係が深く、OSAを引き起こす直接の原因となる。虎の門病院でAHIが20以上のSAS患者4,814人のBMIを調査した結果、25≦BMIの患者が70%を占めることが明らかになっている(図5)。これにより、肥満を呈している人はSASになりやすいと言える。
SASにはCPAP療法が有効だが合併症にも留意を
図7.SAS患者の長期予後
図8.SAS患者の合併症
SASの治療法では、CPAP療法が知られている。CPAP療法とは、睡眠の際、鼻にマスクを装着し、そこへCPAP装置から加圧された空気を気道に送り込んで気道の閉塞を防止し、無呼吸を起こさずに睡眠を持続させる治療法である。虎の門病院では、SAS患者にCPAP療法を行うことで、無呼吸のみならず早朝高血圧の改善も観察することができた。早朝高血圧群の収縮期血圧をCPAP療法実施前と実施後で比較すると、実施前は早朝に血圧の上昇が見られるのに対し、実施後は上昇が抑えられている(図6)。
また、SAS患者の長期予後を観察すると、重症であればあるほど心血管系イベントが発生しやすいとの報告がある。しかし、CPAP療法を行うことで、重症のOSA患者でも心血管系イベント発生率を低下させることができるという(図7)。
SASの治療には、メタボリックシンドローム対策も重要である。虎の門病院のCPAP治療患者の合併症有病率を調査した結果、63.8%が高血圧、51.1%が脂質代謝異常、24.6%が高尿酸血症、17.7%が糖尿病を合併していることがわかっている(図8)。
成井氏は、「SAS患者を健康に導くためには、CPAP療法も有効だが、決してそれだけではなく、合併症に対しても留意する必要がある。呼吸器科医・循環器科医・糖尿病専門医が連携して治療を進めるべきだ」と述べて講演を終えた。
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」