第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
近年、自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator:AED)が日本全国に普及し、院外で心停止した患者を一般市民が救命する場面が増えている。心肺蘇生法(CardioPulmonary Resuscitation:CPR)に関する新たな報告も多く発表され、2010年には「心肺蘇生法と緊急心血管治療のための国際ガイドライン」も改訂された。今回、長尾氏は院外で心停止した患者に対する救命処置の最新動向について解説した。
最新ガイドラインでは胸骨圧迫の重要性を強調
院外で心停止した患者に対して一般市民がCPRを施行する割合は、2~3割以下と報告されている。院外でCPRが施行されにくい主な理由として、「口対口人工呼吸を感染の恐怖等から実施できない、したくない」こと、「気道確保・口対口人工呼吸・胸骨圧迫という一連の手法が複雑であると感じられている」ことが挙げられる。
2010年、CPRの国際的な指標である「心肺蘇生法と緊急心血管治療のための国際ガイドライン」が5年ぶりに改訂された。2010年のガイドラインでは、CPRの手順がA−B−C(Airway:気道、Breathing:呼吸、Compressions:胸骨圧迫)からC-A-B(胸骨圧迫、気道、呼吸)に変更され、また、市民が救助する際の気道確保後の呼吸評価として「見て、聞いて、感じて」と、呼吸がない場合に行う2回の人工呼吸が削除された(表)。
CPRの中で胸骨圧迫が重要視され、その回数や深さの基準が改められるなど、一般市民が施行しやすいCPRが勧告されている。
人工呼吸を省いた胸骨圧迫のみのCPRが効果的
近年、胸骨圧迫のみのCPRについて多くの研究結果が報告されている。長尾氏らの研究では、胸骨圧迫のみのCPRを施行した場合、従来のCPR(胸骨圧迫+人工呼吸)に比べ生存退院率が高い傾向にあることが示されている(図1)。同氏は、胸骨圧迫のみのCPRを施行することで、「換気が生じ、蘇生時の肺血流量や冠動脈血流量、脳動脈血流量が多く保たれ、動脈血酸素運搬能も保持される。また、心停止時には酸素消費量が低下していることなどから、胸骨圧迫のみのCPRは従来のCPRより良好な転帰をもたらすという結果が得られたと考えられる」と解説する。
2008年に米国心臓協会(American Heart Association:AHA)から胸骨圧迫のみのCPRの効果に関するステートメントが発表され、2010年、米国で、心停止の患者に対し胸骨圧迫のみのCPRを施行する群と従来のCPRを施行する群を比較する無作為試験が行われた。その結果、心臓性心停止の患者では、胸骨圧迫のみのCPR施行群で有意に良好な神経学的退院率が高かった(図2)。2011年には、わが国全体の院外心停止患者のうち心臓性心停止である場合や、心停止からCPRが開始されるまでの時間が短い場合には、胸骨圧迫のみのCPRは従来のCPRと同等の効果(1カ月間の神経学的転帰)が得られたことが報告された(Ogawa T, et al. BMJ 2011; 342: c7106)。長尾氏は、「これらの報告のデータは日本全国から集積された大変貴重な資料であり、日本が誇る宝である」と述べた。
一方、小児の院外心停止の事例は成人に比べて少ないものの、小児の非心臓性の心停止に対しては人工呼吸を含む従来のCPRが効果的であることが報告されている(Kitamura T, et al. Lancet 2010; 375: 1347-54)。
胸骨圧迫とAEDを迅速に行い心停止患者の救命を
近年、AEDの普及に伴い、院外心停止患者に対する一般市民のAED施行率は向上している。AEDによる除細動を一般市民に施行され、心停止30日後に神経学的転帰が良好となった心停止患者の割合が24.4%(2005年)から34.3%(2007年)に向上していることも報告されている(図3)。これには、心停止からCPRあるいはAED開始までの時間が短縮したことが影響していると考えられる(図3)。同時にAEDの普及や胸骨圧迫のみのCPRによる迅速な処置が、心臓性心停止患者の救命率を上げている。
ただし、院外で心臓性心停止に陥った患者が社会に復帰する割合は2007年時点でもまだ低い。長尾氏は、「心停止患者が救命され社会復帰に至るには、低体温療法や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を専門家が行う前に、一般市民が119番通報、胸骨圧迫、AEDを迅速に行うことが大切である」と一次救命処置の重要性を強調し、講演を締めくくった。
INDEX
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」