第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
特定健診・特定保健指導に対する総論的評価
山口(座長) 岡山先生が指摘されていたように、従来は健診しか行われていなかったところに、新制度で保健指導が加わったことは、大きな前進であると思います。このほか経済的なインセンティブが働くように保険者に動機付けを行ったことも新しい点だと思います。こうした点に、反対の立場の先生方からご発言をお願いします。
山科 こうしたシステムは必要だと思いますし、早期に疾患予備群を発見して指導することも重要と思います。なかでも、国民全体に健康に対する関心を喚起することで予防を促すポピュレーションアプローチが求められています。ただし、そのためにこれほど大規模な施策を講ずるという方針には疑問を抱きます。
鈴木 個々人においては、リスクファクターを排除するために肥満を改善することなどは正しいことで、もちろんメタボリックシンドロームでも同様です。ところが、特定健診・特定保健指導で国がメタボリックシンドローム対策をその柱にしたために、極めて重要な高血圧などのリスクファクターへの介入が従来と比較して困難になったと感じています。
山口 賛成の立場の久代先生からもお願いします。
久代 特定健診・特定保健指導により心血管系疾患が減少するとは言い切れないと思います。また、日本人のメタボリックシンドロームと心血管系疾患リスクとの関係も未だ判明していません。
一方で、特定健診で肥満が最上流に位置付けられたのは、肥満への早期介入が高血圧および糖尿病の新規発症の予防に有用というエビデンスが確立しているためと認識しています。ですから、糖尿病、高血圧症、脳卒中の予防という観点から考えると、特定健診・特定保健指導は試案のひとつと言えます。
特定健診・特定保健指導による医療費抑制の実現可能性
山口 久代先生は、特定健診・特定保健指導が国を挙げての壮大な実験であると評価されていましたが、果たしてこの施策で医療費を抑制することができるのでしょうか。
久代 特定健診・特定保健指導で糖尿病の新規発症を1年で2割減少させられると仮定すると、10年間の累積糖尿病患者数は大幅に減少し、腎不全患者も減少することが予測されるため、透析に費やされる医療費が圧縮されると考えます。高血圧も、2割減少できればそれに伴う疾患の医療費も抑えることが可能でしょう。
ただし、保険者に新たな負担が課されたことによって、がん検診などに費やされてきた予算が削減され、がんの予防に影響を与える可能性があります。また、山科先生よりご指摘があったように、リスクの低い患者を掘り起こしてしまい、逆に医療費が増えてしまうというデメリットも考えられますが、こうした議論が進むことで将来的には良い方向に向かっていくのではないかと思います。
鈴木 医療費抑制の成否は、後期高齢者の医療費をどれだけ圧縮できるかにかかっていると思います。国は、後期高齢者の入院を抑制して在宅療養の割合を増加させるとしており、これを医療費抑制の本丸とするならば、今回の特定健診・保健指導はあくまでもその周辺部という位置付けと認識しています。
山科 医療費は年代別で大きく異なるため、それぞれを分けて考えなければならないはずです。そもそも、40歳代、50歳代、60歳代を同じ基準で保健指導することは理にかなうものかどうか疑問です。
岡山 これから高齢者が増えていくこの時代に、総医療費を削減することは不可能です。しかし、一人あたりの医療費を減少させ、伸びを抑えることは可能です。医療がより必要な人に対して医療費を費やすことができるよう、特定健診・特定保健指導を行うことで、将来に多額の医療費を要することが見込まれる方々を減らしていくことが現実的と思います。
メタボリックシンドロームを核とした健診基準の妥当性
山口 健診と保健指導の実施については異論はないと思いますが、問題はメタボリックシンドロームが柱となった新制度の健診基準が適切かどうかです。この点についてはいかがでしょうか。
山科 血糖値と腹囲径の基準はかなり厳しいと思います。現実的には、男性は50歳になるとほとんどの人の腹囲径が85cm以上になります。ここはぜひ再検討していただきたい点です。肥満に対するポピュレーションアプローチとしては、国民の皆さんが「肥満は恥ずかしい」と思うようになっていただくことが疾患予防にも効果的と考えますので、マスメディアでも大いにこの話題を取り上げていただきたいと思います。
久代 血糖値に関しては、「糖尿病罹患者を減らすためには基準値を厳しく設定した方がよい」という糖尿病の専門家の先生方の意見が反映されたと認識しています。私の専門は高血圧ですが、正常な血圧の範囲内でも高い部分を「正常高値」と設定して、この指標を高血圧の予防を考える際に利用したいという考えは納得できます。正常高値の130~139mmHgに該当する方は国民の2~3割とも言われており、厳しい基準であることは確かですが、予防を行うことを考慮すると、意味はあると思います。
岡山 「集団の平均値」と「スクリーニングの最適値」は意味が異なります。健診の基準については、これらが混同されたままになっている点が問題です。集団のリスクと個人のリスクとは分けて評価し、基準の妥当性についても再度議論を行う必要があると思います。
山口 特定健診・特定保健指導は4月1日からスタートしますが、実際に軌道に乗るのは2008年度中と考えられています。同制度のコストパフォーマンスなどの問題点についての議論は制度の運用開始以降に活発化すると思いますので、また本テーマを取り上げる機会をいただけましたら幸いです。
INDEX
- 第24回『心房細動』の診断・治療における最新トレンド―AIや家庭で取得したバイタルデータを活用した早期発見の可能性―
- 第23回 日常に潜む脳卒中の大きなリスク、『心房細動』対策のフロントライン―心不全の合併率も高い不整脈「心房細動」の最新知見―
- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」