第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
岡山氏は、これまでわが国の保健事業の柱となってきた地域保健と職域保健の問題点を提示し、新たにスタートする特定健診・特定保健指導の概要から意義、今後の論点を紹介した。岡山氏は、同制度を「健康診断を40歳以上の国民に義務付けたことは、国民の健康管理を医療保険の枠組みで実施することを意味し、従来の制度から大きく転換した」と評し、保険者の行う保健事業の方向性についてさらなる議論が必要との考えを示した。
健康診断が中心だった従来の保健事業
これまで、国民の健康づくりは「地域」と「職域」という2つの場で行われてきた経緯がある。
地域保健においては、老人保健事業により2008年3月まで40歳以上の国民全員に健康診断の機会が提供されてきた。国の指導のもと、住民に最も身近な市町村が主導して事業体制が整備されたことは大きな成果と言える。しかし、保険者が健診を希望者のみに行っていたことと、健診効果の有無ではなく受診者の数によって国からの補助金交付額が決定されていたことは問題であった。さらに、これまでの保健事業は健康診断が中心であったため、保健・健康教育を十分に行うことができず、健康状態が悪化した人が生活習慣を改善しないまま「有病者」になっていくプロセスを踏みとどまらせる仕組みがなかったことも大きな問題であった。
職域保健においても、これまではやはり健康診断が中心であったが、近年は労働者の健康に対する企業の責任が大きくなってきた。「過労死」という観点から、生活習慣病も労災認定されるようになったためである。しかし、本来、生活習慣病は個々人の生活習慣をベースとした症候群である。果たしてその予防に企業が責任を持つ義務があるかどうか、保険者と事業者の責任をどのように分担するかなど、責任の所在が不明確なまま職域保健はこれまで続けられており、その効果にはかねてから疑問が呈されていた。
「メタボリックシンドローム」概念導入で大きく変わる保健事業
今回創設された特定健診・特定保健指導制度では、保険者が40歳以上の全国民に健診を行うことが義務付けられた。これは、国民の健康管理を医療保険の枠組みの中で実施していくということを意味する。つまり介護保険制度の創設と同様に、国の補助金による措置制度から社会保険への移行を実現する、大きな転換点と言える。医療制度改革においても「生活習慣病対策の推進」が掲げられているほか、国が推進する医療費適正化計画のなかでも重要な位置を占めている。
同制度で最も重要な点は、メタボリックシンドロームを取り上げ、リスクの重複に着目した疾病概念が導入されたことである。従来の健康管理では高血圧を重視していたが、この新たな疾病概念の登場によって「高血圧だけ見ていてもだめだ」という認識が広がり、肥満や糖尿病も含めたいわゆる「八ヶ岳型のリスク」に対して国を挙げて立ち向かっていく姿勢が鮮明となっている。
このほか、健康管理を通して保険者と被保険者に一対一の関係性が築かれることにより、保険者が被保険者の健康管理状況を直接把握できるようになったことも特徴的である。
有病者の減少につなげるために検査項目の十分な議論を
特定健診・特定保健指導をめぐっては、義務的な検査項目に血清クレアチニン値などの重要項目が含まれないことの是非について今なお盛んに議論されている。本制度を疾患の有所見者および有病者の減少、ひいては医療費の適正化にまで結び付けていくためには、個々の義務的項目の議論は避けて通れない(図2)。また、義務的項目とならない保険者独自の検査項目についても十分な議論が行われたうえで実施されることが望ましい。
※後期高齢者医療制度については、2008年3月時点の内容です。
INDEX
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- 第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―
- 第21回 健康を支える働き方改革「スローマンデー」の勧め―血圧と心拍数が教える健康的な仕事習慣―
- 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~
- 第19回「足元のひえにご注意! 気温感受性高血圧とは?」~気温と血圧、循環器病の関係~
- 第18回「2015年問題と2025年問題のために」~循環器疾患の予防による健康寿命の延伸~
- 第17回「ネット時代の健康管理」~生活習慣病の遠隔管理から被災地支援まで~
- 第16回「突然死や寝たきりを防ぐために…」~最新の動脈硬化性疾患予防ガイドラインから~
- 第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?
- 第14回日本心臓財団メディアワークショップ「コール&プッシュ!プッシュ!プッシュ!」?一般人による救命救急の今?
- 第13回日本心臓財団メディアワークショップ「心房細動治療はこう変わる!」
- 第12回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい高血圧治療ガイドライン(JSH2009)」
- 第11回日本心臓財団メディアワークショップ「CKDと循環器疾患」
- 第10回日本心臓財団メディアワークショップ「特定健診・特定保健指導と循環器疾患」
- 第9回日本心臓財団メディアワークショップ「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」
- 第8回日本心臓財団メディアワークショップ「動脈硬化を診る」
- 第7回日本心臓財団メディアワークショップ「新しい循環器医療機器の臨床導入をめぐる問題点」
- 第6回日本心臓財団メディアワークショップ「不整脈の薬物治療に未来はあるか」
- 第5回日本心臓財団メディアワークショップ「メタボリックシンドロームのリスク」
- 第4回日本心臓財団メディアワークショップ「高血圧診療のピットホール:家庭血圧に基づいた高血圧の管理」
- 第3回「突然死救命への市民参加:AEDは革命を起こすか」
- 第2回 「心筋梗塞は予知できるか」
- 第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」