日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第54話)『キリンの高血圧、象の巨大心』

『キリンの高血圧、象の巨大心  

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

 
 キリンは長い首、象は長い鼻が特徴です。長い首で遠くのものがよく見え、高い所にある木の葉を自由に口にできるとしても、頭の天辺まで血液を押し上げるには高い血圧が必要で心臓も大変なことでしょう。一方、命の綱とされる象の長い鼻は重要な働きをする割には多くの血液を必要としないものの、あの巨体に血液を巡らすには大きな心臓が必要となります。54図1.jpg
 
キリンの長い首
 キリンの身長は5mほどあり、地上から3mのところにある心臓は、さらに2mの高さにある脳に大量の血液を押し上げる必要があります。他のほとんどの動物は首が短く四足歩行ですので、脳と心臓の高低差はわずかで、このような問題はおこりません。因みに、首の長いキリンですが他の哺乳類と同様といいますかヒトとも同じに頸椎は7個で構成され、一つ一つが大きく長い頸椎と発達した筋肉に支えられているのです。さらに舌は40cmも延び、高い所にあるアカシアなどの木の葉をからめ取るようにして食べています。また、木の葉からの水分摂取で充分で、オアシスなどの水を飲まなくても済むことから、アフリカに住むキリンの多くは乾期になっても移住をしないということです(図1)
  ヒトの静脈圧は数cmほどですので水柱の高さで測定できるのですが、動脈圧の方は水柱ですと150cmにも達し、高血圧例では200cm以上になって天井よりも高い水柱管が必要となります。そこで、比重が13.5と重く、常温では液状にある唯一の金属である水銀が用いられ、マンシェット型の血圧計で計りますと正常血圧で120mm程度の高さの水銀柱となり、高血圧の方では160(mmHg)などと表示します(図2)
 哺乳動物の血圧を比べてみますと、ウサギ110、イヌ112、ネズミ113、ヒト120、ウシ160、ブタ169、ネコ171、ゾウ240、そしてキリンが260mmHgと突出しています。しかし、キリンは首の天辺にある脳に十分な血液を送り込むために高い血圧が必要という自然の摂理からで、キリンが高血圧症に悩まされているわけではありません(図3)。54図2.jpg
 
ワンダーネットの秘密
 ところで、キリンが頭を下げて水を飲む時の動作ですが、心臓から水面までの3m分のといいますか首の血圧内の血液の重さに相当する静水圧(30000/13.5)220が加わり、このままでは先の血圧260と合わせると480mmHg もの圧力が一度に頭に加わる計算になります。また、急に頭を上げると0から一気に5mの高さまでの変化ということで、今度は(50000/13.5)370もの血圧下降が一瞬に起こることになります。これでは、おちおち水も飲めませんし、急に頭を持ち上げると脳貧血を起しかねません。
 そこは良くしたもので、キリンの首の静脈にはところどころに逆流防止の静脈弁があり、さらに後頭部にワンダーネット(奇驚綱)と呼ぶ網目状の特殊な毛細血管の塊があって、緩衝装置として働くことが明らかにされています。つまり、キリンが首を下げて水を飲もうとすると、ワンダーネットが血液を取り込んで脳の方に一度に大量の血液が流入するのを防ぎ、反対に首を上げた時はワンダーネットから血液が放出されて血圧の急激な下降を防いでいるというわけです。
 首の短いヒトでも逆立ちや倒立をすることがありますが、10秒ぐらいは良いとして逆流防止弁やワンダーネット装置がありませんので、長くなると脳血管に加わった静水圧のために血管壁が破れる危険性もあり、また目が充血して眼底を痛めることもあります。逆立ちといいますと、『笛に吹かれて逆立ちすれば山が見えます——』ではじまる美空ひばりのヒットソング『越後獅子』が有名ですが、越後の神社の祭礼で七、八歳の子供が頭巾や袴姿で時には獅子頭を持ちながらとんぼ返りや逆立ちなどの曲芸を演じるもので、現在では郷土芸能の文化遺産として保存されているとのことです。これらの逆立ちは練習で許容時間が伸びるのかもしれませんが、ヒトが手を地面につけての全身の倒立となると、キリン並みの静水圧が加わるわけですから大変な修行が必要と思われます(図4)54ず3.jpg

 54図4.jpg象の巨大心臓
 遠目には鼻の長い象も首の長いキリンに似ていて、象の鼻は生命を支えるために重要な機能を果たしているというのですが、首の先にあるキリンの頭脳ほどの血液は必要としません。象が長い鼻を頻繁に上げ下げしても、頭部の血圧や血流にい大きな影響はないということになります。象の鼻は器用にできていて、先端は指のように二つに分かれ、小さなものでも上手に掴んで口に運びます。水に潜ったら鼻をシュノーケルのように用い、一回で8リットルもの水を吸い上げて口に運び、体にかけて皮膚を乾燥から守っています。さて、主な動物の心臓の重さといいますと、体重が5トンもあるアフリカ象の心臓は20kgもあり、1トンのキリンで10kg、馬で4kgほどです。ほかに桁は違って、モルモット4.8g、イヌ135g、ヒト300gなどとなります。
  かつてボストンでの学会の折に、土佐から漂流したジョン万次郎ゆかりのフェアヘーブンというアメリカのかつての捕鯨基地を訪ねたことがありましたが、市内の捕鯨博物館ではマッコウクジラの実物大模型の大きさに驚いたものです。動物中最大のシロナガスクジラとなると体長30m、体重100トンにも達し、オキアミを一日に4トンも食べ、巨体を支える心臓はなんと640kgと小型車並みといいますから驚きです。

一生の心拍数
  動物の大きさに見合った心臓の大きさや血圧の違いを見てきましたが、脈の数、心拍数についてはどうでしょうか。1分間の心拍数は多いものから、ハツカネズミ450?550、モルモット200?312、ウサギ150?280、イヌ60?180、キリン150、ヒト50?120、ウマ32?44、ライオン40、アフリカゾウ?30などと、小さな動物ほど心拍数が多く、体の大きな動物になるほど少ないことがわかります。また、心拍数が多い動物ほど寿命が短いという研究もあります。たとえば心拍数の多いハツカネズミの寿命は1年半から2年と短命で、ウサギ3?4 年、イヌ13、キリン30、ヒト82、ライオン25?29、アフリカゾウ60?80年などとされています。
  このように哺乳動物の一生の間の心拍数は決まっていて、例外はありますがゾウでもヒトでもネズミでも心臓の大きい小さいに関係なくおおよそ20億回打って生涯を終えるという興味深い結果が出ています。 
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