日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第46話)『アルコールに舞う心臓』

『アルコールに舞う心臓 


川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)


 

  全くお酒が駄目で下戸(げこ)と呼ばれる人がいる一方で、アルコールに滅法強い酒豪もいます。大方の人はアルコールが入ると、胸が高鳴り心臓が踊り出します。酒に強いといっても二日酔いは別物で、アルコールが分解されてできるアセトアルデヒドが原因です。このアルデヒドの分解酵素の多い少ないは生まれつき決まっていて、アジア人の半数は無いに等しいのです。鍛えて強くなるというものでもなく、一気飲みなどは以ての外とういことになります。


悪酔いの元凶はアルデヒド
 普通アルコールを飲むと、一時的ですが血圧が下がり脈は増えて心臓が舞い上がります。吸収されたアルコールが分解されてセト・アルデヒドが血液中に増え、血管を広げ脈を早めるからです。ところが、長い間飲み続けると、高血圧の原因になってしまいます。血管の収縮反応が高まるほか、アルコール飲料に含まれるカロリーによって体重が増えることや塩辛いつまみをとることも関係しているようです。酒は程々にということでしょう。
 胃や腸から吸収されたアルコールは肝臓内のアルコール分解酵素によってアセト・アルデヒドへと酸化分解され、次いでアセト・アルデヒド分解酵素によって酢酸に分解され、さらに水と炭酸ガスとなりそれぞれ腎臓と肺臓から排出されます。このように、脳の中枢を酔わせ、自制心のブレーキを外すのはアルコール自体の麻酔効果によるものですが、心臓が舞っているような感じや真赤な顔面、それに頭痛、悪心、嘔吐などの悪酔い症状を起こすのは分解途中のアルデヒドが原因です。


アジア人の半数は下戸46図1.jpg
46図2.jpg このアセト・アルデヒドの分解が速いと悪酔いが少なくなるわけですが、その分解を左右するアセト・アルデヒド脱水素酵素の多少は人種によって異なることが判明しています。日本人、中国人、韓国人などのモンゴロイド(類黄色人種)では半数だけが通常の分解能力をもっているだけで、45%では1/16の力しかなく、残りの5%には全く代謝能力が認められません。これに対し、欧米コーカソイド(類白人種)やネグロイド(類黒人種)は誰もが酒に強いタイプなのです(図1)。
 お尻に青い蒙古斑のあるアジア人の半数がアルコールに弱いということになりますが、国内で見ましても、通常の分解酵素を持っていて酒に強い人の割合は東日本と九州に多く、秋田県民が最多の77%、鹿児島と岩手県人が71%であるのに対して三重県人は最少の40%、愛知県人は41%となっています。それでも経験によって多少酒量は上がるようですが、5%の人は粕漬けや奈良漬を口にしただけで大変なことになってしまいます(図2)。
 酒の飲めない人を下げ戸(げこ)といい、酒を嗜む人、酒を沢山飲める人を上戸(じょうご)と呼んでいます。かつて律令制の課税単位に家族の人数や資産によって大・上・中・下戸の四等戸が決められており、上戸八瓶下戸二瓶などと婚礼に用いる酒の瓶数も決められていたことから、酒の飲みっぷりについても大ざっぱに上戸、下戸と呼ばれるようになったのだといいます。他にも、秦の始皇帝が万里の長城を築いた時に風とともに寒い山上の門(上戸)を警備する兵士に体を温めるよう酒を振る舞い、平地の門(下戸)を守る兵士には甘いものを支給したことから辛党、甘党が生まれたという説もあります。昔から「上戸かわいや丸裸」と身上(しんしょう)をつぶす人は多々あっても、「下戸の建てたる倉もなし」と酒を惜しんだからといって財産は残らなかったようです(図3)。 46図3.jpg


一気飲みとアルコール中毒
 杯に受けた酒を周囲の「一気」の囃し声に合わせて一気に飲み干させることがあるようですが、先の5%に相当する諸君には以ての外です。大学の入部コンパなどでは新入部員が一気のみを強いられ、急性アルコール中毒を起こして緊急搬送されるなど大学入学式のある春先の新聞記事によく見られます。このような人命に関わることのある飲酒の強要は犯罪に他なりません(図4)。
 中毒といっても、アルコールそのものは有毒ではありませんが、血中納度が高くなるにつれて酔いがまわり、脈が早くなって時には心臓がドキンドキンと踊りだします。酒の飲める人といっても、アルコール濃度が0.05~0.10%で顔面紅潮し、理性も失われて多弁となり、0.15~0.25で千鳥足となり(中等度の酩酊状態)、0.25~0.35で歩行困難となります(高度の酩酊状態)。0.35~0.45で泥酔となり急性アルコール中毒と呼ばれる状態になり放置すると危険です。さらに0.45以上になると心臓麻痺・呼吸麻痺により死亡するとされ、通常、ボトル一本のウイスキーを1時間で空けると、この濃度に達する可能性があります。
 日常的な多飲による慢性のアルコール中毒(単にアル中とも)は肝機能障害、意識の低下がみられ、アルコールが切れると幻覚、手足の震えなどを伴うことから、つい飲み足すということで、「アルコール依存症」とも呼ばれます。46図4.jpg
 チャンポンとヘベレケ46図5.jpg
 もともとチャンポンは長崎の名物料理ですが、麺類・肉・野菜などを一緒に煮込んだもので、オランダや中国それに日本料理の混合ということでチャンポン(china-japon)に由来するともいわれていますが、根拠のない話です。実際は、アルコール度の異なる2種類以上の酒をほぼ同時に飲むことで、口当たりはよいのですが適量がわからなくなって飲み過ぎてしまうということのようです。
 ひどく酔っ払ってぐでんぐでんになり、正体を無くしてしまった様を、大酒を飲んで「へべれけ」になったと表現することがあります。ぐでんぐでんと同じに擬態語かと思いましたが、これがギリシャ神話に由来するというのです。主神ゼウスとヘラの娘が青春の女神とされるヘーベ(Hebe)で、オリンパスの神々の宴会では楽神アポロンが竪琴を奏で、ヘーベが不老不死の食物というアンブロシアを器に盛り、これも不老不死の霊・ネクタルのお酌をする給仕係だったといいます。神といえども、絶世の美女のお酌で飲み過ぎて前後不覚に酔っ払う神様が続出したとか。このため、ギリシャ語のerryeke、には「勢いよく注ぐ」意味があり、ヘーベのお酌(Hebe erryeke、ヘーベ エリュエーケ)が早口で「ヘベレケ」になったのだというのですが、どうでしょうか。酒の席で美人にお酌されたからといって、へべれけになって深酒をしないよう、くれぐれもご用心を(図5)!
 
 
 
 
 


 

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